『大雅くんが、また決めたよ~!』
『あいつ、すげぇな。強豪チーム相手にハットトリックだぞ』
俺を讃える声が、どこからともなく聞こえてくる。
理想的なゲームメイクでチームに貢献し、最高の気分を味わった。それにも関わらず俺は、駆けよって来るチームメイトに向かって飛び込むことが出来なかった。
それはみんなの前で格好付けているわけでも、シリアスな局面だからでもない。前々から違和感があった股関節に、激痛が襲ったからだ。
俺はシュート時に振り上げた右足を戻せないまま、背中側から全身を強打してしまう。
『ってぇ……!』
あまりの痛さに意識が飛びそうになった。しかし鼻をそっとくすぐるシャンプーの香りが、俺を現実へと引き戻す。
『綾瀬くん大丈夫⁉』
そこに現れたのは、ここにいるはずのない未来のフィアンセだった。
『な、なんで妃色さんが』
『弟に聞いて、心配で駆け付けたの。あ……綾瀬くんって笑うと幼くなるね。ヒーローみたい……』
『お
俺の義理の弟、勇介くんは、なぜか相手チームのユニフォームを着ていた。
『待って。勇介くんって確かレギュラー外されたんじゃなかったの? と言うか、そもそも俺と年齢が全然違うのに奇妙だな……』
『綾瀬くんったら、ここでそんな正論どうでもいいよっ』
『ね?』と妃色さんに両手を包まれ、俺は有無を言うことなく『だね!』と即答した。
『綾瀬くんって勇介と同じ年の時に、地元のサッカーチームで10番着てたんでしょ?』
『けどお兄さんは、練習のしすぎが原因で怪我をしちゃってることに気付かず、痛みは下手な証拠だからって、我慢しながら馬鹿みたいに練習し続けていたって聞いたよ? だからサッカー人生を断たれて、絶望の淵にいたんだよね?』
『それで、そこから綾瀬くんのスカした人生がスタートしたっていうお話は本当なの?』
『ま、待って二人とも。俺、質問攻めなんですけど』
てか、なぜそれを?
~~♪
しかも急に曲! プリンスレンジャーのテーマ、キター!
『綾瀬くんはこういうの嫌い? わ!』
『妃色さん!』
突然、二体のバケモノが現れた。妃色さんを襲う!
『綾瀬くんは、そういうの嫌いじゃないよ』
『むしろ大好きだよー』
オカメインコのような化粧を施し、スパイシーなにおいを放つバケモノと、野暮ったい眼鏡をかけ、どす黒いオーラを纏っているバケモノの二体が、読み上げソフトのように抑揚を付けずにそう言った。
むしろ大好きって……。確かに嫌ではなかったが、妃色さんだからアリなんだ。勘違いしては困る。
俺は弟を探すため周りを見渡すと、既に遠くで小さくなっている勇介くんが目に入る。そして『ゲームをしに行かなきゃ』と言って、妃色さんを置いて姿を眩ました。
どこへ行こうが、無事ならいい。妃色さんはこの俺が助けてみせる!
『綾瀬くんっ、足が痛いんでしょ? 私は大丈夫だから逃げてっ』
『妃色さん! あ、いや、痛みはもう……大丈夫なんだ』
子供の姿をしていたはずの俺は、いつの間にか元の高校生の体へと戻っていた。
『それならなんで綾瀬くんは、サッカーから逃げているの?』
『なっ』
両腕をバケモノに掴まれながら、妃色さんは必死に俺に語り掛けてくれる。
『それは……』
『それは?』
確かに俺は、サッカーから逃げている。
この怪我の痛みは治りにくいものだったけど、真面目にリハビリを続けていたこともあって、成長と共にそれも消えて無くなった。だからもし今、力いっぱいシュートを打ったとしても、痛むのではないかなんて怯えたりはしない。
だけどきっと俺は、当時の苦い思い出から逃げているのだろう。
怪我をしたあの日以来、俺はチームのみんなと同じ景色を観ているのが、すごく辛くなった。
今までのように練習メニューを熟す元チームメイトの様子を、ひとりベンチに座ってただ眺めていなければならない歯がゆさも、もちろんそうだけど、それだけじゃなくて。
あーでもないこーでもないと不確かな勝利に向かって模索しながら、疑いもなく、みんなで一つの夢を見るというのが、どうしても出来なくなった。
俺にサッカーとの距離が出来ると、チームのみんなとも距離が生まれた。
また練習すれば良かっただけかもしれないけど、サッカーに対しての熱が俺から消え失せてしまったんだ。
そう言えば怪我がわかったあの日。迎えに来た母さんが、気付けないでごめんって泣いていたっけ……。
『きゃあぁぁ』
『妃色さんっ! 今そっちに!』
妃色さんへの想いがそうさせたのか、足元から徐々に長いマントを靡かせる、プリンスレンジャーのスーツへ変貌していく。
『──ろ、おい』
合体でもしたのか、いつの間にかバケモノが、一体の呂律の回らない中年男に進化していた。
だが、こっちも仕上げに顔へマスクが覆えば……変身完了だ! よしっ!
『綾瀬、顔を上げろ』
妃色さんは、スカすことしか出来ない俺の、つまらない日常に彩りをくれたんだ。
偶然入ったバイトだったし、偶然そこでマスク着けたまんま妃色さんと仲良くなっただけだけど、でも。
一から努力することの価値や、体を使って表現することの楽しさを、妃色さんはもう一度思い出させてくれたんだ。
ダサいくらい失敗しても、ずっと見ていてくれて応援してくれたから。嬉しそうに笑ってくれたから。だから変われたんだ。
俺は、その笑顔を、妃色さんの笑顔を守りたい!
『俺様を怒らせた? フッ。なら!』
「起きろっ、綾瀬!」
ガタッ! パチンッ☆
「グリッタージャスティス!」
ん? なんだ、この静けさは……。
「た、大雅……」
麻生の声で俺は我に返る。
目をカッと見開くと、誰もが俺を見て、ぽかーんとしていた。その中で真辺だけは眉をぐにゃりと曲げて、信じられないものを見るような蔑んだ目をしていた。
俺ぇぇぇぇ!
眼前に立ちはだかる敵……じゃなくて、俺を起こしに来た担任の背が低いお陰で、教室全体が見渡せた。
状況を把握する。冷や汗が全身の毛穴から一気に吹き出しては、猛スピードで流れ落ちていく感覚がした。
俺、やったわ! まじやってるわ!
どうやら俺は、寝ぼけながら立ち上がり、担任に必殺技を発動している模様。最悪だ!
そんな俺を、脳内に消えずにいた小さい俺が笑う。仰向けで転がり、足をバタつかせながら腹を捩らせて笑っている。
頭ん中は相当テンパっているのだが、俺はここへ来ても冷静を装い、首の凝りを
目が合う。妃色さんは小さな可愛らしい口を開き、他のクラスメイト同様に、ぽかーんとしていた。
次第にざわつき始める教室の中、俺は指鳴らしのために振り上げた右手をどうすればいいのかもわからず、只々背筋を凍らせながら担任に必殺技を浴びせていたのだった。