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第18話 夢の中へ

「えー、エフダッシュいち、イコールリミット」


 くそ眠い……。


 テストは先月に終わっているし、後は冬休みを迎えるだけの俺ら。

 みんな髪を染めていたり、ピアスを開けていたり、香水をつけていたりするような外見の揃いだが、一応ここは進学校に入る。受験に向けての勉強くらいは各々しているだろう。


 俺も勉強は、頭を冷やすついでに利用している。

 といっても妃色さんのことを考えた後って、すごく頭が冴えるんだよな。恋に現を抜かしても勉強がはかどるとか、本当まじ女神だわ。


「ごめん大雅、消ゴム借して?」

「ん」

「さんきゅー」


 そう言えば麻生って、実は結構頭いいんだよな。この間の小テストだって、しれっと満点取っていたし。

 ふぅ。来年は受験か……。妃色さんはどこを受けるんだろうか……。

 いやいや、どこだっていいよ! 俺が猛勉強して、どの希望校でも合わせられるようにしたら済む話だ!


「消ゴムありが……怖っ。どうした大雅。目が爛々としてんだけど?」


 麻生は俺を見てギョッとした。麻生が座る椅子からも、ギィーっと悲鳴が聞こえる。


 やば。また表に出してしまったか。


 俺は慌てて顔を正し、適当に「昼飯のこと考えてた」と誤魔化す。

 そうすると麻生のやつは、なぜか急にふて腐れた。「ばーか」と言ってきた。


 なんだよ馬鹿って。癪に触ることでも言ったわけでもねぇのに。


「そこ、静かに」

「「へ~い」」


 担任は俺らの返事が気に食わなかったらしく、黒板に書かれた問題を解くはめになった。でも二人とも余裕で答えたものだから、担任は苦虫を食したような顔になってしまう。


 まぁ、これくらいわな。


 席に戻るがてら、俺は妃色さんをこっそり愛でようと黒目だけを動かしてみた。

 するとまさかまさかの、妃色さんも俺を見ているっていう。


 やばいやばい。


 体の内側から喜びが込み上げてくる。今にも感情が溢れてしまいそうだ。

 でも、わかってはいる。黒板の前に立ったんだから当前だろう。

 だがしかし、事実には変えられないのも確かだ。


 何だかんだ、いいように捉えてしまう俺。

 俺は顔がにやけないよう細心の注意を払いながら、脳内に生息する小さな俺を、感情の赴くまま踊らせる。小さな俺は祝福のファンファーレが鳴る中、柄にもなく飛び跳ねたり駆け回ったりしていた。


 もう理解出来ている数学の話を聞くよりも、俺の脳は妃色さんを専攻したいらしい。だから俺は脳内で、対自分へのゼミを開始する。

 内容は、妃色さんと過ごしたバイト帰りの一択だ。特に電車での、あの場面は盛り上がる。

 無論このゼミは、昨日も幾度となく無制限に繰り返されていた。今眠いのは、つまりそういうこと。


 席に着いた俺は、伸びをするふりをして、なんとか妃色さんをコソ見した。

 そして、その遠慮がちな視線を追った。


 ……あれ、なんとかしねぇと。


 一番前の真辺と妃色さんの前に座る野島が、担任の目を盗んで楽しそうにアイコンタクトを取っていた。妃色さんはそれに入れない。

 妃色さんは健気に目を細めたりして、必死に表情を取り繕っていた。加わっているように見せているのだろう。

 その笑顔があまりにも痛々しくて、胸がすげぇ締め付けられた。


 くそ。少しでも俺が傍にいて、辛い時間を減らさないと。

 取りあえず休憩時間に入ったら消ゴム転がして、また妃色さんの近くへ行こう。さっきはシャーペンだったし、別に変じゃないよな、うん。


 それともう一つ気掛かりなのが、弟の勇介くんのことだ。

 自分のこと差し置いて悩んでいるんだ。なんとかしてあげたいと思う。


 あ~どうすれば。どうすれば、どうすれば……。


 昨日もこうやって、電車での思い出に耽った後に繰り返し考えてみたけど、結局名案が浮かばずに寝落ちしてしまったんだ。


 けど、そんなことじゃだめだ。絞り出せ俺!


 そう自分を奮起させながら思考を巡らせるも、俺は再び夢の中へと迷走していくのだった。

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