「えー、エフダッシュいち、イコールリミット」
くそ眠い……。
テストは先月に終わっているし、後は冬休みを迎えるだけの俺ら。
みんな髪を染めていたり、ピアスを開けていたり、香水をつけていたりするような外見の揃いだが、一応ここは進学校に入る。受験に向けての勉強くらいは各々しているだろう。
俺も勉強は、頭を冷やすついでに利用している。
といっても妃色さんのことを考えた後って、すごく頭が冴えるんだよな。恋に現を抜かしても勉強がはかどるとか、本当まじ女神だわ。
「ごめん大雅、消ゴム借して?」
「ん」
「さんきゅー」
そう言えば麻生って、実は結構頭いいんだよな。この間の小テストだって、しれっと満点取っていたし。
ふぅ。来年は受験か……。妃色さんはどこを受けるんだろうか……。
いやいや、どこだっていいよ! 俺が猛勉強して、どの希望校でも合わせられるようにしたら済む話だ!
「消ゴムありが……怖っ。どうした大雅。目が爛々としてんだけど?」
麻生は俺を見てギョッとした。麻生が座る椅子からも、ギィーっと悲鳴が聞こえる。
やば。また表に出してしまったか。
俺は慌てて顔を正し、適当に「昼飯のこと考えてた」と誤魔化す。
そうすると麻生のやつは、なぜか急にふて腐れた。「ばーか」と言ってきた。
なんだよ馬鹿って。癪に触ることでも言ったわけでもねぇのに。
「そこ、静かに」
「「へ~い」」
担任は俺らの返事が気に食わなかったらしく、黒板に書かれた問題を解くはめになった。でも二人とも余裕で答えたものだから、担任は苦虫を食したような顔になってしまう。
まぁ、これくらいわな。
席に戻るがてら、俺は妃色さんをこっそり愛でようと黒目だけを動かしてみた。
するとまさかまさかの、妃色さんも俺を見ているっていう。
やばいやばい。
体の内側から喜びが込み上げてくる。今にも感情が溢れてしまいそうだ。
でも、わかってはいる。黒板の前に立ったんだから当前だろう。
だがしかし、事実には変えられないのも確かだ。
何だかんだ、いいように捉えてしまう俺。
俺は顔がにやけないよう細心の注意を払いながら、脳内に生息する小さな俺を、感情の赴くまま踊らせる。小さな俺は祝福のファンファーレが鳴る中、柄にもなく飛び跳ねたり駆け回ったりしていた。
もう理解出来ている数学の話を聞くよりも、俺の脳は妃色さんを専攻したいらしい。だから俺は脳内で、対自分へのゼミを開始する。
内容は、妃色さんと過ごしたバイト帰りの一択だ。特に電車での、あの場面は盛り上がる。
無論このゼミは、昨日も幾度となく無制限に繰り返されていた。今眠いのは、つまりそういうこと。
席に着いた俺は、伸びをするふりをして、なんとか妃色さんをコソ見した。
そして、その遠慮がちな視線を追った。
……あれ、なんとかしねぇと。
一番前の真辺と妃色さんの前に座る野島が、担任の目を盗んで楽しそうにアイコンタクトを取っていた。妃色さんはそれに入れない。
妃色さんは健気に目を細めたりして、必死に表情を取り繕っていた。加わっているように見せているのだろう。
その笑顔があまりにも痛々しくて、胸がすげぇ締め付けられた。
くそ。少しでも俺が傍にいて、辛い時間を減らさないと。
取りあえず休憩時間に入ったら消ゴム転がして、また妃色さんの近くへ行こう。さっきはシャーペンだったし、別に変じゃないよな、うん。
それともう一つ気掛かりなのが、弟の勇介くんのことだ。
自分のこと差し置いて悩んでいるんだ。なんとかしてあげたいと思う。
あ~どうすれば。どうすれば、どうすれば……。
昨日もこうやって、電車での思い出に耽った後に繰り返し考えてみたけど、結局名案が浮かばずに寝落ちしてしまったんだ。
けど、そんなことじゃだめだ。絞り出せ俺!
そう自分を奮起させながら思考を巡らせるも、俺は再び夢の中へと迷走していくのだった。