──バイト帰り、智芭遊園地内。
「綾瀬くん?」
俺が声を掛けると、成海さんは小さな口をちょぼっと開けた。
「よっす。今帰り?」
一応、遊園地でバイトをしているのは、既にバレているからな。堂々としていられる。
もし今までのままなら、声を掛けるのは流石に
「うん。今日は、弟とお母さんも一緒だったんだぁ」
成海さんは肩に掛けたバッグの紐を押さえながら、ぺこりと頭を下げた。それから頭を上げると、俺に向かって微笑む。
「バイト、お疲れさまです」
「さ、さんきゅ」
何これ旦那じゃん。って、気が早いか。
「あれ? もしかして、一人なの?」
「うん……」
やっば。これはツイてる。
「危ないからさ。俺送るよ!」
まだ若干明るさはあるが、もう直に暗くなる。自然な流れだ。
「えっ。い、いいよ。悪いもん」
ここで引く意味が全く解らん。押せ、俺。
「悪くない悪くない、同じ方向だしさ。それにだって、これで何かあったら……俺がさ?」
そう言って俺が伺うように見ると、成海さんは「あ……」と声を漏らし、困った表情を見せた。
卑怯なのはわかる。でも。
「じゃあ、決まり」
俺は取るぜ。いくらでも。
「で、でも。あ……」
俺は成海さんの肩から落ちたマフラーの片側を、手に取って元に戻す。
さっき労ってくれた時に取れちゃっていたからさ。
「冷えるから、行こ?」
俺は熱くなる顔を隠そうとして、先に進んだ。けど成海さんは来ない。たぶん色々な意味で、躊躇っているんだろうな。
「大丈夫だよ。ほら、高校生にもなってこんな小さな遊園地、誰も来やしな……ご、ごめん」
「ふふっ」
俺の失言に、成海さんは口元に手を当てて楽しそうに笑う。
指先しか見えない、その恥ずかしがり屋の手を、いつか俺のポケットで暖めてあげたいと思った。
「行こ?」
俺が手招きをすると、成海さんは「じゃあ」と言って隣へ来てくれる。可愛い。
「いつも帰り、この時間なの?」
「ううん。今日はちょっと遅いかな」
だから今まで会えなかったのか。
「そっか。……ん?」
成海さんは何やらもじもじしていた。
「俺で良かったら、話聞くよ?」
あるよね? あの二人とのこと。
俺に言ってよ。
俺の気持ちが届いたのか、見つめていたのが功を奏したのか、成海さんは遠慮がちに口を開いてくれた。
「本当は、レイくんに相談しようと思ったんだけど」
くっ、だよな。やっぱ、レイだよな。
そう、ここ最近。写真撮影タイム後に、俺……レイと成海さんとで筆談をしている。
内容は他愛もないことだが、俺たちにとって特別な時間なんだ。だからそのバッグには、ノートとボールペンが入っていると思われる。今日は全然話せなかったから、確証は持てないが。
「実は、弟とケンカしちゃって」
そっか……弟と喧嘩しちゃって……。
「え? 弟?」
「あ、違うのっ。ケンカって言っても、私が一方的に弟を怒らしちゃって」
だから一緒に帰っていないのか?
「弟ね。地域のサッカークラブに入ってて、レギュラーだったんだけど」
さ、サッカー……。
「へ、へぇ~。凄いじゃん」
「ありがと。そうなの、楽しそうによく頑張ってたから……。でも、今まで補欠だった子とレギュラーが交代になっちゃって」
「うん」
「クラブにはちゃんと通ってるみたいなんだけど、前みたく放課後にサッカーしに行かなくなっちゃったの。しかも最近はゲームばかりしていて、元気がないんだぁ」
そうか、それでヒーローショーに……。だが、俺ので良かったのだろうか。
「だから誘ったんだ。気分転換になるかなぁ~って。でも余計なお世話だったみたい」
ため息を吐く成海さん。
自分が辛い想いをしている時に、弟の心配か。お人好しだな、成海さん……。
「勇介くんがレギュラーの時は、誰かがベンチだよね?」
「えっ。う、うん」
「その時、声援とかフォローとか沢山してもらっていたはずだから、今は返す番だと思えばいい。そこからでしか見えないこともあるから、全然無駄じゃないよ。でも悔しいなら、練習しかないと思うけどね」
「そっか……返す番かぁ。ちょっと勇介に言ってみるね。綾瀬くん、ありがとう」
胸に痛みを覚え、上手く笑えたかはわからない。それでも成海さんは、小花が咲くように可愛らしく笑ってくれた。
「綾瀬くんってサッ、あっ、やっぱりなんでもない。レイくんに頼んでみる」
まぁ、いいか。成海さんがそうしたいならレイになって待ってるよ。
「あのさ。俺、成海さんがここに来てる日にバイト入ってるんだ」
「えっ。そう……なの?」
「うん。だってプリンスレンジャーの日でしょ? 客が、っと、お客さんが増えるからバイトに来いって叔父さんに言われてるんだ」
「そうだったんだぁ。え~っと、ちなみにおじさん、とは?」
とはって訊き方、可愛い~。首傾げる仕草、くっそ可愛い。
「母さんの弟」
もったいないが、直視は無理。死ぬ。
「ああっ。その叔父さんかぁ」
ぽわんっと成海さんが笑うと、そのタイミングで安っぽいイルミネーションが点いた。
青い単色の明かりが、グラデーションになって広がっていくその光景に、目を輝かして喜ぶ成海さん。
俺はデート気分だが、成海さんの心はきっと晴れていないだろう。
「そんで、どうせここに来るなら……」
俺は足を止める。少し前に歩を進める形になった成海さんも、足を止めて振り返ってくれた。
その姿は、客引きのために飾られた電飾なんかよりも、眩しく輝く。
「帰り、送る」
「え?」
「送りたい。学校で出来ない話しよう」
レイだけじゃなくて、俺のことも見て欲しいから。