制服姿の成海さんは、清らかな瞳に俺を映し、蕾のような小さな口をそっと開いた。
『レイくん。ううん、綾瀬くん。あのね……私、あのね』
な! この展開は、まさか⁉
『私、綾瀬くんのことが』
『待って成海さん! こ、ここは男の俺がっ』
俺は興奮する頭を落ち着かせるため、抱きしめたくなるようなその表情から視線を逸らし、一度足元に落とす。
『あれ……なんか野暮ったい?』
スカート。なぜか長い。
可愛い小さな膝小僧も見えないし、体型もなんだか違う。
醸し出す雰囲気まで変わると、それはもう成海さんではないと確信した。あれだけ浮かれていた俺の感情が、急速に冷めていく。
目線を戻して顔を見ても、全然嬉しさが込み上げない。輪郭も目も鼻も口も、全て違和感だけでしかなかった。極めつけには眼鏡をかけ出し、髪もカラスのように黒く染まり始める。
『綾瀬くん。私、眼鏡取ると結構可愛いんだよ? ほらっ』
そう自信満々に、眼鏡を取った。
やっぱり成海さんじゃない。というよりも!
『もっと近くで見て……』
「やめろうぎゃあああぁぁぁぁっ!」
俺はガバッと布団を剥いで起き上がる。
「ちょっと何ぃ⁉ 大雅ー、あんた煩いよーっ!」
目覚めてすぐ、母さんの雄叫びが聞こえた。いや、それはあっちの台詞か。
「ゆ、夢か。よ、良かった……」
フルマラソンでも走っていたのかっていうくらい、呼吸が乱れていた。
俺は息を整えた後、ドア越しだが取りあえず一階にいる母さんに向かって謝っておく。それから、うなされて出たと思われる寝汗を乾かすため、俺はベッドから立ち上がり窓を開けた。
「う、さみっ」
凍えるような外気が流れ込む。部屋の気温は一気に下がった。
俺は慌てて、腹を扇いでいた手を止め、捲れたトレーナーの裾を戻す。
「やっば、星」
久々に見上げた夜空は、すっげぇ綺麗だった。
「……君の方が輝いてるよ」
所詮、俺だけに届く声。そう思って呟いてみたが、自分で言っておきながら首の後ろがむず痒くなる。
「恥っず。……でも、いつかは?」
一人赤面しつつ、ズリズリと壁に背中を押し付けて腰を下ろすと、ふと床に転がるスマホが目に入った。右上が青く点滅している。間隔はいくらか俺の鼓動の方が速い。
「今さっきだな」
着信相手は麻生。俺がバイトの後に電話したんだった。ということは、俺を悪夢から救ってくれたのは、この着信音のようだ。
履歴をタップすると、まるでアイドルのブロマイドのような麻生の写真が、にゅんっと画面いっぱいに出てくる。
頭に黒い小さな三角帽。手には飴やらチョコやら色んな菓子が詰め込まれた、プラスチック製のカボチャランタン。そして魔王のような漆黒のマント。
要するにこれは、英語の授業の一貫で行われた、ハロウィンパーティーの時の写真だ。
実はこの写真には、特典が付いていて。
それはもちろん、成海さん。小さく写り込んでいるんだ。
小さな成海さんは、麻生の耳と肩の間に立っていて、背中に羽を付けている。まさに妖精。それから偶然、麻生の耳に語りかける角度で撮れていて、素晴らしく可愛い。というか、麻生が羨ましい!
俺はその日、家に帰って来るや否や自室に籠って、成海さんだけをトリミングしてみたわけなのだが、バレた時のことを考えると保存出来ないし、くっそ嬉しすぎてやめた。その代わり暇さえあれば、何度もズームをして眺めていたりはする。
っと、いかん。折り返さないと。麻生には色々と迷惑をかけたもんな。
俺は立ち上がり窓を閉め、ベッドの上に腰掛ける。
そうしてようやく俺の親指は、通話の文字に軽く乗った。