「ねっ、ここ暖かいでしょ?」そう言って微笑んだ、成海さんの表情が頭から離れない。
あの後、成海さんの提案で出入り口横へ移動したんだけど、いやもう最高すぎ。
五人で弁当広げて食べるには少し狭い場所だったが、それがかえって俺には嬉しかった。
みんなが寒さで頬を染める中、俺は別の意味で顔が熱くなっちゃってさ。
表面上はスカしてるくせに、内心は「このまま屋上から身を投げたとしても、空なんて簡単に飛べてしまいそうだ」とか、アホな連想をするくらい盛り上がっていたんだ。
だからこそ教室に向かう途中で、俺は自己否定に陥った。
成海さんに向けて、率直な気持ちを伝えればいいだけのことが、なぜお前は出来ないのだと。
だがそれでも成海さんと過ごせたことの方が圧倒的に
「大雅、バイト頑張って」
「おう。あ、なぁ麻生」
帰る身仕度をしながら喋っていると、またあいつが近付いて来た。
「ねぇ孝也。みんなで一緒に帰ろ~よ」
よく通る声!
俺たちは、クラス中の視線を浴びた。
「は、はぁ?」
「ちょっと、
周りの女子が……、いつもの女子の片割れが野島に突っ掛かる。でもそこは無神経の野島様。
「いーじゃん。だって、お弁当一緒に食べた仲だも~ん」
「「おいっ」」
別に秘密にしてろとは言わなかったが、野島のやつ……。
「はぁ? 何それズルぅい。ねぇ麻生くん、私とも食べてよ」
「
ひっ。どうしてこんなにも、成海さんと違うんだっ。
クネクネする女子を前に、俺は顔面を蒼白させた。
「「無理」」
「だはははっ! お前らは無理でした~」
感情を逆撫でるような野島の笑い方に、女子二人組は怒りに表情を歪ませる。そして二人組の一人が、野島の肩に掴み掛かった。一触即発か。だが始まったのは、どんぐり競争のような口喧嘩だった。
ああ、なんかよく母さんが言ってたっけ?
サッカーに明け暮れる俺に対して「少しは勉強しないと、不良のいる学校に行くことになるよ」って。
けど、まあまあ勉強して入学しても、結局いるところにはいるらしい。汚い言葉で罵り合う野島たちを見て思った。
がっつり引く俺らとは逆に、がっつりスケベな一部の男子たちは、しゃがんでスカートの中を覗こうとする。おいおい、これは俺らが止めることなのか?
そういやぁ業間の時、麻生も同じようなことをしていたな……って、いやいやいや。違うか。こんな男子たちなんかと一緒にしたら可哀想だ。
「このブスっ」
「お前の腕、象の足みたいなんだけどっ」
――にしても。
「めんどくせぇ~」
めんどくせぇ~
でも俺は、心配そうにオロオロする成海さんのことの方が、気になって気になって仕方がない。
だからつい、また。俺の口は勝手に動く。
「違うっ。今日はたまたま、昼の場所が一緒になっただけだから!」
「そう! だから一緒に帰るのも、今日だけなんだぜ? ったく、ほら行くぞっ」
「きゃっ」
麻生は野島の腕を掴んで、あっさり教室を後にした。
「行っちゃった……?」
俺は何も言わないまま、ぽかんとする成海さんの手を取る。容易く腕が伸びたのは、麻生を追いかける口実があるお陰。
でも心臓の音はすっげぇ大きかった。
一応教室のドアを跨いだ時に「悪い、バイトだから急ぐ」と、振り向いて叫んではみたものの、意味があったかどうかはわからない。しかし騒ぎの根源なら、麻生が連れて行ってくれたのだし、後のことはなんとかなるだろ。もう高校生なんだからさ。
てか悪いが、そんなことどうでもいいっ。
俺、今すっげぇハイになってる。
廊下を出ると寒さが気にならなかった。麻生はだいぶ先へ行っているのか、まだ見えない。
じゃあ、このまま二人きりで……
「やばっ! 真辺さんいる⁉」
麻生が見えたところで、真辺の存在をすっかり忘れていたことに気付く。
振り向くと、成海さんの後ろに真辺がいた。成海さんが手を繋いで来てくれていたらしい。少しびびったが、お陰で置いて行かないで済んだようだ。
良かったぁ。ありがとう成海さん……。
「う、うん……」と、真辺は擦れ落ちた野暮ったい眼鏡を戻しながら答えた。
ほっと胸を撫で下ろし、視線を何気なく成海さんへ向けると、パチッと目が合う。うっかりキスしてしまった時のように、心の準備もないまま。体中に熱が集まった。
「ご、ごめん、成海さん。手なんか繋いじゃって。痛くない?」
本当はずっと握っていたかったけど、俺は成海さんの手をそっと離した。それでも手のひらに残る温もりが、成海さんにも同じようにあるはずなんだ。
なんだか、まだ手を繋いでいるみたいだ……。
俺はコートのポケットの中に仕舞った、その右手を大切に握りしめた。
「うん大丈夫だよ。どっちかって言うと、ビックリして……」
「あ、ああそうだよな。ごめん」
息を整えながら、頬を紅潮させて答えてくれる成海さんに、俺はスカして答える。だけど実際は、思いっきりデレそうになる表情を正すのがやっとだった。それでも俺の瞳は成海さんを映したがる。
「ううん。それに男の人の手を握ったことがね、子供の頃入れなかったら二人目だったから。それでなんか勝手にどきどき……。あ、ごめん愛奈っ、変な意味じゃないから」
真辺が色々返事をしていたけど、何を言っていたかなんて全然耳に入ってこなかった。
だってその二人は、
「先行ってごめんな~って……大雅?」
どっちも俺だ。