目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第7話

 こっそりと向かったのは、あの公園。東屋に入り、小さく息をつく。

 ……落ち着く。ようやく、息が吐けたような気がした。

 日陰が落ちた東屋の中は、少しだけ寒い。紅葉を過ぎ、色褪せた公園はどこか物悲しい空気を漂わせている。

 まるで、私の心みたい。

 小さくため息を着いたときだった。

「花野?」

 ふと、風の囁きのようなひそやかな声が聞こえた。見ると、東屋の入口に蓮見くんが立っていた。

 驚いていると、蓮見くんは小さく微笑み、東屋に入ってくる。

「突然倒れたから驚いたよ。それに、保健室覗いたらいないし……まぁ、なんとなくここかなって思ったから、先生に言って僕が迎えに来たんだけど。いてよかったよ」

 蓮見くんは怒ることもなく、穏やかな口調でそう言いながら、私のとなりに腰を下ろした。

「身体はどう? 学校を抜け出す元気があるなら、大丈夫そうだけど」

 熱? ……そうか。朝からなんとなく身体が重いと思っていたのは、熱があったからか。

 と、思っていると、蓮見くんが制服のジャケットを脱いだ。私の視線に気付いた蓮見くんが、笑う。

「走ってきたから、暑くて」

 よく見れば、蓮見くんは額に汗を滲ませていた。

『ごめん、迷惑かけて』

 私はスマホを見せながら、蓮見くんに頭を下げた。

「いいよいいよ。気にしないで!」

「…………」

 私はもう一度、ぺこりと頭を下げた。

 ……さっき、倒れる直前につい思ってしまったこと……彼は聞いただろうか。

 俯いたままでいると、蓮見くんがぽつりと言った。

「死にたいって思うとき、僕もあるよ」

 顔を上げると、蓮見くんは悲しそうに笑って、私を見ていた。

「好きだった人の心の声を聞いちゃったときとか。……この力があると、どうしたって見たくなかった部分まで見えちゃうからね。だから、僕は一生、人を好きになることはできないんだろうなって思ってた」

「…………」

 彼は、心の声を聞くことができるという。たぶんそれは、嘘ではない……のだと思う。

 まれに変な態度をとることがあったし、クラスであぶれている感じはないのに、クラスメイトと距離を取っているようなところがあったから。

 それに――私も、ある日突然自分の声を失った。だから、突然なにか不思議な力を授かることも、あるのだと思う。

「でも、花野に出会って気付いたことがあるんだ。……僕は今まで、いったいだれを好きだったんだろうって」

 顔を上げると、蓮見くんは優しく微笑んだ。

「僕たちは、相手のほんの一面しか知らない。それなのに勝手に心の声に絶望して、イメージと違ったって悲観してたのは僕。相手はなにも悪くないのにね」

 結局、相手をちゃんと見ていなかったのは自分のほうだった。そう言う蓮見くんの横顔は、とても寂しそうだった。

 きっと、彼はこれまでたくさん悲しい思いをしてきたのだろう。私では想像もつかないくらいの想いをしてきたはずなのに。それでも、蓮見くんは、そんなふうに思えるのか……。

 ……すごいなぁ。私とは、大違いだ。

 私は目を伏せた。

 スマホに文字を打つ。

『お母さんのこと、聞こえたよね?』

 訊ねると、蓮見くんは少しだけ戸惑うような態度を見せた。

「……うん。自殺だったって」

『私が中学生のとき、お母さんは自殺した。お母さんが死んだのは、私のせい。私がお母さんの心を壊して、殺した』

「……さっき、宮本から聞いたよ。花野のお母さんは鬱病うつびょうを患ってたって」

『お母さんが病気になったのは私のせい。私の子育てがしんどかったから。私がお母さんに負担をかけたの』

「だとしても、花野に責任はない。お母さんが亡くなったことは、花野が責任を感じることじゃないでしょ」

 それは違う、と私は首を振る。

『私は、だれにも必要とされてないの。お母さんじゃなくて、私が死ぬべきだった』

 蓮見くんが息を呑んだような音がした。

『私は勉強も運動も得意じゃないし、人にも好かれない。……なんの価値もない人間』

「そんなことない!」

 そんなことある。

「私なんて、生きてたって意味がないの!」

 強く叫んだ。

 すると、蓮見くんは私の声に一瞬驚いた顔をして、息を呑んだ。

 しかし、すぐに私をまっすぐに見つめ、

「そんなことないよ!」

 と強く言った。

 蓮見くんが私の肩をぐっと掴む。

「僕は花野に救われたよ。だれかの本心に臆病になって、人間不信になってた僕がもう一度人に興味を持てたのは、花野がいたからだ。……それだけじゃない。花野といると、僕は音を聞くことが怖くないんだ。どんな音にもずっとびくびくしてたのに……それなのに今は、花野の心の声が聞こえたらいいのに、って思っちゃうくらいで……」

 ハッとして顔を上げる。

「僕はきっと、花野に会えていなかったら、今もみんなを拒絶したまま、人に興味を持てずにいたと思う。ずっと耳を塞いでた僕の手を取ってくれたのは、花野だよ」

「……私が?」

「花野といると不思議なんだ。花野のとなりは、言葉はないのにいつも音やカラフルな景色で溢れてる。この公園も」

 そう言って、蓮見くんは公園を見渡した。

「ここ、近所だし行き慣れた場所だったのに、花野と一緒だと音も色も匂いも、流れる時間自体ももうぜんぜん違うんだ。……僕、花野のおかげで少しだけ前向きになれた。心の声も、ちょっとずつ違うニュアンスの声が聞こえるようになって……ぜんぶ、花野のおかげ。だから、ありがとう」

「蓮見くん……」

 蓮見くんはにこりと微笑んで、言った。


ネオページに新規登録してみませんか?
マイページの便利な機能が利用可能!読書活動を参照して、読みたい作品をスムーズに確認できる!
読書履歴が一目で確認!
魅力的なキャンペーンが充実!アマゾンギフトカードなどもお手軽に獲得できる!
お気に入りの作家を応援できる『応援チケット』を毎日届きます!
作家や読者とのコミュニケーションを楽しめる!
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?