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第5話


 その後、僕たちは遅刻して登校した。

 職員室に寄って先生に気分が悪くなって遅れたことを伝えると、案の定どうせサボりだろうという心の声が聞こえた。

「とにかく、早く教室に行きなさい」

 まぁ、予想していた通りの反応だし、体調不良は目に見えないものだから、仕方ない。

 ……嘘じゃないんだけどなぁ……。

 表情を曇らせた僕を見て、花野はなにかを察したのかスマホになにかを打ち込み、画面を先生に見せた。

 すると、先生の顔色が変わった。

「蓮見、電車の中で吐いたって本当か!? もう大丈夫なのか!?」

「へ……?」

 きょとんとした顔を向けると、花野が画面をこちらに向けた。そこには、こう書かれていた。

『蓮見くんは、電車の中で吐いてしばらく駅員室で休んでたんです。私は目撃者だったけど、喋れないから彼の病状の説明に時間がかかってしまいました。遅れちゃってすみませんでした』

「花野……」

 花野は涼しい顔をして、とんでもない嘘を先生に言っていた。普段真面目な彼女が言うと、まったく疑われないから不思議なものである。

 さすがに言い過ぎでは? と若干思わなくもないけれど、庇ってくれたことが嬉しいので黙っていると、

『いかんいかん。頭から疑うのはダメだよな……こういうところ、反省しないとな』

 という先生の心の声が聞こえた。

「え…………」

 ……ちょっと意外だった。

「悪かったな、蓮見。実はちょっとサボりじゃないかと疑ってしまったんだ。でも、お前はそんなことする生徒じゃないよな。体調はどうだ? 少し保健室で休むか?」

 バツの悪そうな顔でそう言ったあと、先生は頭を下げた。

「え……あ、いえ」

 呆然としていると、先生に心配そうな顔で覗き込まれ、ハッとした。

「……もう大丈夫です。連絡もしないで遅れて、すみませんでした」

「いや、無事ならいいんだ。今ちょうど現国でディスカッションの授業をしてるから、君たちも参加しなさい」

「はい」

 教室に戻りながら、僕は花野に礼を言う。

「……さっきはありがとう。庇ってくれて、嬉しかった。花野が嘘つくとは思わなくて……ちょっと、びっくりしたけど」

 花野はちょっと悪戯いたずらな笑みを浮かべていた。

 教室に入る直前、花野がくるりと振り向いた。

 そして――。

『どういたしまして』

「えっ……」

 口パクでおそらく、そう言った。僕は思わず足を止めた。

「えぇ……不意打ち過ぎるでしょ……」

 どくどくと心臓が暴れ出す。

 しばらく、花野の横顔が残像のように脳裏に焼き付いたまま離れなかった。



 ***




 現国のディスカッションは、自分が一番好きな本をそれぞれPRして、グループの中でどれかひとつを選び、最終的にクラス発表をするというものだった。

 初日の今日は、それぞれ持ち寄った本をPRして、だれの本を発表するか決める。

 僕と花野はべつのグループだ。

 ちらりと花野のグループを見てみると、宮本がいた。宮本は花野になにかを語りかけている。表情を見るに、遅刻したことを心配したのだろう。しかし、花野の表情は固かった。

 宮本とは従姉妹で、いい人だと言っていたけれど……仲良くはないのだろうか。

 僕には、ふたりはとても従姉妹とは思えないほどよそよそしく感じた。

 と、そのとき肩をとんと叩かれた。

「遠矢ー? 次お前の番だぞ」

「あっ! ごめん。えっと……なんだっけ」

「なんだっけって、おまえなぁ。本の紹介だろ! ほれ」

「あぁ、うん。えっと、じゃあ……」

 僕は、花野に貸してもらったSF恋愛本を紹介した。

「へぇ〜。蓮見くん意外に恋愛ものとか読むんだ〜」

 と、声をかけてきたのは、同じグループになった、一見派手なタイプの女子。心の中でよく一緒にいる子の悪口を言っている子だ。正直苦手だからあんまり関わりたくないところだけど、こういう子に嫌われたらかえって面倒そうだし、僕も愛想のいいクラスメイトの仮面を被る。

「面白かったよ。文体も読みやすかったし。初心者向けかも」

「へぇ、そうなんだ!」

 相変わらず作ったような明るい相槌が返ってくる。

「図書館にあるくらいだから、この学校の図書室にもあるんじゃないかな」

 本なんて興味ないくせに、と思いながら顔を上げて彼女を見ると、

「そっかあ。私、普段本とか読まないけど、これなら読みやすそうだし借りてみようかな〜」

 彼女は、とてもきらきらした瞳で僕が紹介した本の題名をメモしていた。

「…………」

 直後、心の声が聞こえた。

『昼休みにでも図書室行ってみよっ』

「えっ」

 語尾が跳ねるような心の声が聞こえて、僕は少しだけ拍子抜けした。

「ん? どうかした?」

 じっと見つめていると、彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「あっ、いや……なんでもない。ぜひ、読んでみて。面白いから」

「うん!」

 どうしてだろう。先生のときも思ったけれど、いつもならこんなポジティブな言葉が聞こえてくることはなかったのに。

 ……もしかして、と思う。

 今までネガティブな心の声しか聞こえてこなかったのは、僕の心が曇っていたから……?

 こころなしか、花野と知り合ってから、目に映る景色が鮮やかになった気がする。

 ちらりと花野を見ると、花野は僕を見て小さく微笑んでいた。


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