ここはどこだろう?
“俺”は状況を把握すべく、周囲を見回した。しかし、周りは暗く、何も分からずじまいであった。それどころか、手足を動かすことが出来ず、自分の感覚も、記憶も、あやふやであることに気が付いた。
「おや、気が付かれましたか。」
ふと声が聞こえた。周りを見渡したが誰もいない。
「そこに私はいません。あなたの脳内に直接話しかけています。」
そんな、物語の中だけでしか聞いたことないセリフが本当に聞けるとは…などと思っていると、声の主はさらに”俺”に話かけてきた。
「今、あなたは事故で病院に運び込まれています。」
なるほど言われてみれば、段々とだが記憶がよみがえってきた。確か、“俺”は久々の休日で、軽自動車で温泉に向かっていたのだった。そして、気分がよくなってきて、お酒を飲みながら運転をして…。
「そうです。あなたはどうやら、飲酒運転をし、崖からガードレールを突き破って転落。瀕死の重傷を負って、病院に運び込まれたようですね。不幸中の幸いは、あなたの単独事故だったこと。誰かが巻き添えになっているわけではないようです。」
なるほど、それはまあ、一つよかった。さすがに誰かをはねて自分だけが助かったじゃあ寝覚めが悪い。それにとりあえず、命はあるみたいで安心した。
「それは違います。」
え、なに。”俺”、もしかして死んでるの?
「正確には生死の境目にいる状況です。死にかけというやつです。」
マジか。結構危ない状況だったりしますか?
「ええ。何だったらこうしている今も刻一刻と状況は悪化しています。」
うわ~、そうか。今までなんとなく、のらりくらり生きてきたけど、まさかそんな状況になるなんて思いもしなかったな。
…それであなたは誰です?
「私ですか?そうですね…。あなたたちの概念で言うと神と呼ばれるものでしょうか。」
え、”神様”なんですか。じゃあ、”俺”を生き返らせることも可能ですか?
「まあ、一応”神様”ですので。可能ちゃっ可能ですよ。」
返事が頼りないな…。でも、じゃあ、お願いします。どうか、”俺”を生き返らせてください。
「でも、あなた。自業自得ですよね。」
そうなんですけど...。でも近頃ストレスがすごくて。これから生活を改めます。まだまだやりたいこと、したいこともあるんです。何とかなりませんか?
「うーん。困りましたねぇ…。私、”神様”の中ではかなり力が低くて...。」
できないんですか?
「いや、できないこともないんですけど。」
“神様”、どうかどうかお願い致します。この通りです。というか、そのために”俺”に接触したんじゃないんですか。
「いや、私はたまたまここを通りかかっただけの”神様”なんで。なんかここにあるなぁっと思って見ていたら、あなたが勝手に目覚めただけなんですよね。なので、ぶっちゃけあなたの生き死にに関わるつもりはないんですが…。」
そんな、ここまで期待を持たせておいて、それはあんまりですよ”神様”。生き返ったらあなたをしっかりと信仰します。どうか、”俺”を助けて下さい。
「そうは言われてもですねぇ…。」
そこを何とか、お願いします。あなた様を祀る神社でも寺でも作りますから。
「そんなものがあっても仕方がないのですが…。分かりました。そこまで言うなら、あなたを生き返らせてあげましょう。ただし、それにはあなた自身の強い思いが必要です。」
やった!言ってみるもんだな。ありがとうございます。それで何が必要ですって?
「思い、です。ちゃんと話を聞いてください。」
思い、ですか?
「ええ。自分がこうありたい、と強く思い描いて下さい。そこで生じた思いをあなたが生き返るためのエネルギーにします。」
なるほど。じゃあ、
“俺”はお金持ちになりたい。
これでいいですか?
「だめです。それはただの欲望です。」
え、じゃあ…
“俺”はお金持ちになって、高級車に乗りたい。
これでどうです?
「全然だめです。それではさっきのとそんなに変わっていません。しかも、自動車事故を起こしたのに、まだ車に乗りたいんですか?」
それもそうだ。うーん、難しい。一体どうすればいいんですか?
「そうですね。例えばお金持ちになるにしても、どのようにお金持ちになりたいのですか?」
それは、例えばパチンコとか競馬で大勝ちするとか?
「あまり健全ではありませんが、まあいいでしょう。そうです。つまりそこに至るまでのプロセスを明確にすることが重要です。」
つまり目標に至るまでの過程を具体的に想像しろということか。
「その通りです。さらにお金持ちになって何がしたいかを鮮明にすることも大事です。そして、そこで生じた思いを、あなたが生き返る糧とします。」
なるほどね。そういえば、希望を持っている人ややりたいことがある人は死の間際からでも生き返ると聞いたことがある。あれと同じ原理か。
「だいぶ違いますが、まあいいでしょう。では早速やってみて下さい。」
よし、そうと決まれば、”俺”が思い描く、人生の展望を考えてやる。
まずはお金持ちになる。これは大前提だな。お金を入手する方法はパチンコや競馬でもいいが、やっぱり確実なのは株の売買やFXか?でも、小学生のときから余計なことをしていつも先生に怒られていたしなぁ。やっぱり宝くじを当てるのが一番手早いかもな。金が手に入れば、まずは今のボロアパートからタワーマンションに引っ越してやる。それに、車も買い替えることができるなぁ。自分で運転するのはあれだから、運転手を雇ってもいいし、自動運転なんてものいいかもしれない。会社を辞めて旅に出るってのもありだな。一度キャンプなんてものやってみたかったんだ。
「お、いいですよ。その調子です。それでそれで?」
そうだな、それにあとは健康な身体が欲しいな。不摂生がたたって、身体のあちこちが悲鳴を上げてる訳で。とういうか、それを解消するために温泉に行こうとしてこんなことに…。
「あ、余計なことを考えないでください。」
ん、どうして?
「あんまり余裕もないんで。さて、健康になるために具体的にどうするんですか?」
お金があるんだから、生活も無理する必要はない。朝昼夜もしっかりご飯を食べよう。1日30分は運動をして汗をかいて、毎日10時間も寝ればきっと健康になれるだろう。健康になったら、富士山に登ってみたいと思っていたんだ。これを機に登ってみるのもありかもしれないな。
「いい感じですね。ではそろそろ…」
ちょっと待って。
「何でしょう?」
ここでたくさんエネルギーを稼げば、このあと生き返ってからプラスになります?
「ええ、それは、はい。思いがたくさんあればその余剰分、プラスにはなりますが…」
つまり思いがあればあるほどいいわけだ。そうだ、石油王と友達になるってのはどうだ。最近はSNSで世界中と繋がれるわけだし。これは可能だろう。そして友達になったら、油田を1つ分けてもらえばいい。文字通り金の泉だ。住む場所も宮殿なんてのはどうだ?タワーマンションなんて目じゃないぞ。
「あのー、そろそろ…」
そうだ!”俺”の国を作るってのはどうだろう?そうすれば地位も名誉も金も、なんでも手に入るぞ。”俺”の国を作るためには、そうだな、やっぱり初めは資産がいるな。その資産で成長している会社を買い取って、その利益でまた新しい会社を買うんだ。これを繰り返していけばだんだんと大きなものが買えるはずだ。土地を買い、そこを自治区にして、条例を作って、最終的に州みたいな形になればまさしく”俺”の国だな。初めの資金は、やはり宝くじと石油王の友達が大事だな。石油王にはSNSを通して、日本のオタク文化を紹介していけばきっとがっちりと食いついてくるはずだ。よし、そうと決まれば、生き返ったらまずは宝くじを買って、オタクグッズを買いあさり、SNSを作って石油王と繋がらないとな!それじゃあ生き返らせてくれ。“俺”はここから華々しい人生を歩むんでやるぞ。
「…残念ですが、もう生き返らせてあげることはできません。」
え、どういうこと?エネルギーが足りないのか?
「思いは足りています。十分すぎる以上に。でも…」
でも、何だというのだろう?エネルギーがあれば生き返らせてくれると言っていたのに。それとも色々と望み過ぎたからか?じゃあ、望みの数を減らすからそれで…
「違います。思いが足りないのではなくて、余白が足りないんです…」
えーっと?つまりどういうことですか?
「私、この世界の”神様”、つまり”作者”といわれる存在でして…。あなたの思いをネタに、あなたの新しい人生を書いてあげることで生き返らせてあげようと思っていました。ただし、それはこの作品の上限文字数である3500文字まででし