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この恋すいーつ9

***


 すおー先生に左手を繋がれて、引っ張られるように歩いていた。少しだけ後方の位置からだと、かわいい泣きボクロと一緒に跳ねた襟足の髪が見える。


 ちょっとだけ照れたような、それでいて困ったような表情を色っぽく見せる泣きボクロと、歩く振動でひょこひょこと揺れる跳ねた襟足の髪の毛。ずっと見ていても、飽きてこないのが不思議――。


 やがて高台の駐車場まで辿り着き、ふと足を止めた。目の前に広がる風景は月明かりにほんのり照らされ、ぼんやりと浮かび上がるような感じだった。


「おい、どうした?」


 すおー先生は立ち止まった俺に声をかけたのだが、なんて答えていいのかわからない。ここからのアングルが、ちょうど診察室に飾ってあった絵と同じなのを、わざわざ確認しているみたいだ。


(――俺はどうして、これを描いたんだろう?)


『なんか、キレイだな』


 振り返って遠くを見る横顔。背景にある紅葉よりも光り輝いて見える、すおー先生の顔が、なぜか鮮明に頭の中に浮かんできた。


 瞳を細めながら嬉しさを滲ませる表情に、じわりと胸が熱くなる。それを悟られないように、俺は素っ気なく答える。


『なにがキレイだって?』って。そんな景色よりもアンタのほうが、もっとキレイなのになって思いながら、その横顔に目を奪われて――。


「おい、歩。どうしたおまえ?」


 繋いでいた手を強く引っ張られたせいで、前のめりになる。


「わっ!?」


 一気に現実の世界に戻されたせいで、すぐ傍にあるすおー先生の顔にドキドキした衝撃をそのままに、パッと手を離した。


 暗がりなのに間近で見たキレイな顔を、ハッキリとこの目で捉えてしまい、ほとほと困ってしまう。いろんな意味で、すっげぇ心臓に悪い。


(今の俺、間違いなく赤面してる。頬が異常に熱い。これじゃあ恋にウブな、中坊みたいな反応じゃね?)


 どうしていいかわからず、わたわたと落ち着きなく、あちこちに視線を彷徨わせるしかなかった。


「おまえ、なにか思い出したんだろ。主にエロいことを中心に」


 あたふたと困ってる俺に、追い討ちをかけるように詰め寄るすおー先生。いつもの俺なら、そんな態度をとる相手の口封じをすべくキスしちゃうのだが、残念ながらこの人にはそれができない。


 なぜだかわからないけどそれをしたら、なにかが飛んでくる気がする。


「ちょっとだけ、ここでのやり取りを思い出した。だけどエロくないよ、全然」

「嘘ついちゃって! 鼻の下が伸びて、だらしない顔をしてるクセに。どうせここで、押し倒したことでも思い出したんだろうさ」

「……押し倒したのか? こんなところで?」


 俺ってばすげぇ大胆なことを、この人にしたんだな。


「うっ……違ったのか」


 目の前でしまったという顔をして背を向け、急ぎ足で歩いて行く。


 すおー先生は、その場面を思い出したんだろうな、きっと。俺だけど俺じゃないヤツに押し倒されて、そのときは喜んでいたのかもしれない。


「悔しい……思い出せない自分が」


 俯きながら傍にあった石を蹴っ飛ばして、気分を紛らわせてから、すおー先生の後を追いかけた。


「まったく、今夜も満員御礼だな」


 ちょっとだけ渋い表情をしながら、後方にいる俺に告げた。目の前にはたくさんのカップルがいて、寄り添うように夜景を眺めている姿が目に留まる。


(――ロケーションとしては抜群だもんな、当然か)


 なぁんて思いながら、隣にいるすおー先生を見る。男同士で来てるのは俺たちだけだった。


「歩、さっきなにを思い出したのさ?」


 すおー先生はカップルの隙間から、ぼんやりと夜景を見ながら訊ねた。


「さっきの駐車場でのやり取り。すおー先生が振り返って、景色がキレイだって言ったところだけ」

「……そうか、あのときの。少しでも思い出せてよかったな」


 一瞬のことだけ思い出したというのに、それでもすっげぇ嬉しそうな顔をしてくれる。そして今、間違いなくその場面を思い出し、記憶のある頃の俺を愛おしく想っているんだろうな。


 なんだか堪らなくなって、気がついたらすおー先生を抱きしめていた。


「おっ、おい、こら……人前だぞ」


 耳元で迷惑そうな小さな声が聞こえたけれど、それでも構わないと思った。どうしても、すおー先生を離したくない。


「……俺を見てよ」

「なに言ってんだ。おまえはおまえだよ」

「違う。すおー先生が見てるのは、記憶のある頃の俺なんだ。今の俺じゃないっ!」


 細い体をぎゅっと抱きしめた。力任せにこれでもかと。こんなことをしても、自分のキモチが伝わらないのはわかってる。だけど捕まえたい、大好きなこの人を。

 頭を打ちつけて目が覚めたとき、目の前にいたすおー先生に、俺は一目惚れをした。心配そうな表情を浮かべて抱きしめてくれたぬくもりを、片時も忘れられなかった。

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