ガックリと肩を落して、その場を立ち去ろうとしたら、いきなり後頭部を容赦なく叩かれる。
ばこんっ!
「あだっ!?」
「なんで人の部屋を、勝手に覗き込んでるんだ。金目のものはないぞ」
腰に手を当てて俺を見上げる、すおー先生が後ろに立っているではないか!
「ごめっ、つい……そのなんか、思い出せそうな気がして」
「おまえの頭じゃ無理な話だな。せいぜい卑猥なことでもアレコレ考えてたろ」
ギクッ!
「……その顔は図星だね。困ったヤツ」
言葉は文句なのに、口元が嬉しそうに見えるのは、気のせいなんかじゃない。
身を翻して出て行こうとする、すおー先生の腕を掴んだ。
「あ、あのさっ」
「なんだよ? 俺の休憩時間は15分だけなんだ。おまえに割く時間はない」
「抱きたいんだっ」
いきなり口走ってから、慌てて掴んでた手を離す。顔面蒼白じゃなく、猛烈に真っ赤だと思う。
「やっ、えっとあの。深い意味じゃなくって、あー……もぅ。ワケわかんねぇ」
「……わかったよ、好きにすればいい。来い」
すおー先生は俺が言ったことをそのまま飲み込んだのか、目の前をさっさと通り過ぎ、ベッドに横になってくいくいっと誘ってくる。
「ただし、さっきも言ったように俺の休憩時間は15分。延長はなしだから」
「はっ……はぃ」
休憩時間だからいつも着ている白衣がない姿を、ちょっとだけ残念に思いつつ、遠慮なく跨って恐るおそる抱きしめてみた。
すっげぇ興奮してるのに、すおー先生のニオイを嗅ぐと、何だか落ち着いてくる。
「はぁはぁ……あの、触ってもいい?」
落ち着いてくるとはいえ、やっぱこの状況は興奮する。ただ抱きしめてるだけじゃ、物足りないのである。
俺の吐息が肌にかかるたび、右側の跳ねた襟足の髪がピクピク揺れて、感じてるのを伝えるアンテナみたいになっていた。
――ああ、すっげぇかわいい。
「……触るって、どこをだよ?」
ちょっと困ったような声の響き。そりゃそうだよな。
「大丈夫っ、変なトコ触らないし。上半身だけ!」
「変なトコって、おまえ……バカっ」
その途端に触れ合ってる部分が一気に熱をもったのが、じわじわっと伝わってきた。
横目ですおー先生の顔を見たら、長い睫を伏せてそっぽを向き、頬を真っ赤に染めているではないか! どうしてくれよう……こんな顔をされたら、変なトコも一緒に触りたくなる!
「耳元でハァハァ煩いぞバカ犬。落ち着けって」
「おっ、落ち着いてる。ただちょっとその、すおー先生の顔がかわいすぎるのが罪っていうか、なんて言うか」
起き上がり、目の前にあるシャツのボタンを震えそうになる指先で、ひとつひとつ外していくと、そっぽ向いたまま視線だけで、ジロリと俺を睨んできた。
「かわいい顔をしてるつもりはない。ただ真昼間からこんなことをしてるのが、どうにも恥ずかしいだけだ。そんな顔して、じっとこっちを見るな!」
ううっ、何を言われても、許してしまえるかわいさがある。
最後のボタンを外し、勢いよくシャツをめくったら、白い肌が目の前に現れた。綺麗なラインをしている鎖骨や、ちょっとだけ陥没気味の乳首とか、ほっそりとした脇腹……今の俺には、全部眩しすぎる!
触るって言ったけど、どこから触ったらいいか困ってしまい、両手を空中に彷徨わせたままのバカすぎる俺に、すおー先生は苦笑いをする。
「いつまでなにをやってんだ。時間がなくなるぞ」
そうなんだよ、時間制限があるのに!
「あのさっ、うつ伏せになってくれない? 触るついでにマッサージしてやるよ」
すおー先生の上半身を見てるだけで終わらなくなりそうだったので、あえてうつ伏せを提案。その白い肌に口をつけたくて、無性に堪らなくなってしまった。
「わかった。よいしょっと」
言われたとおり、うつ伏せになりこっちを窺うように見る。その視線が色っぽいのなんの……泣きボクロのせいだろうか。
襟足の跳ねた髪も一緒になって、かわいさに余計拍車がかかっていた。きっと俺は、この人のこの角度から見る横顔が好き。だと思う。
「ううっ……」
そう考えただけでなんだか、鼻の奥がツンとして切なくなってしまった。
マッサージすると言ったのに、思わずその背中を抱きしめてしまう。そして頬をすりすりした。このニオイも体温も滑らかな肌も、全部好きだと思う。
「まったく。記憶が合ってもなくても、やってることが一緒だぞおまえ」
「そう、なの?」
いつもの俺なら、迷うことなく手を出している。だけどすおー先生がすっげぇ上物すぎて、どうしていいかわからない。俺ってば翻弄する立場なのに、すっかり翻弄されまくり。
俺の呟きに応えるように、すおー先生はこっちを見ている瞳を細め、色っぽく見える唇の口角を上げた。
「それって俺のことが好きってことで、いいのか?」
「それは、その……」
この胸の疼きは間違いなく、それを表している。だけどそれを安易に口に出せないのは、記憶のない俺がすおー先生に言っちゃいけない気がするから。抱きたいのに抱けないもどかしさと同様に、ほとほと困ってしまう。
「こんなことまでしておいて、言ってくれないのか。おまえってば酷い男」
はーっとため息をついて、跨ってる俺を力任せに突き飛ばし、脱ぎ捨てられたシャツをさっさと着込んでしまった。
「悪いけどタイムリミットだ。オヤツを食べてから、ちゃんと勉強しなさい」
ガシガシッと頭を撫でて部屋を出て行く後ろ姿に、下唇を噛みしめた。
「――よかったな」
「へっ!?」
(どこがだよ……)
「後頭部のタンコブがなくなって。俺がさっき叩いて、お揃いを作ってやろうとしたのにさ。残念だった」
こちら側に振り返り、小さく笑って肩を竦める。その笑みですらドキドキした。
「俺が戻ってくるまでに、ちゃんと勉強を終わらせなよ。出かけるからさ」
「出かける?」
「そ、約束の場所に」
静かに閉じられた扉に、ぼんやりするしかない。約束の場所って、どこなんだろ?
「ちょっとだけ寂しそうな顔してたのも、何気に気になる」
とにかく一緒に出かけるべく、言われたとおりにちゃんと課題をこなさなければ。
乱れてしまったベッドを元に戻して、まっすぐキッチンに行き、冷蔵庫からプリンを取り出す。
「……プリン。なぁんか胸の中が、モヤモヤするものがあるんだけど」
しかめっ面をしながら、手作りプリンを頬張る歩。その一方で、診察室にいる周防先生は――。
「……やっぱり思い出してはくれないよね。俺の魅力が足りないせいなのかな」
机に突っ伏して、反省しまくっておりました。
さてさてこの先のふたりはいったい、どうなってしまうのでしょうか?