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次の日いつも通り大学に行き、仲のいい同期と戯れる。コイツらの記憶はハッキリと残っているので、まったく支障がなかった。
ただ――。
「じゃあな王領寺。明日課題のレポートを見せてくれよ?」
「え……?」
いつもなら一緒に帰り、ゲーセンやらファストフード店でだらだらと過ごしていたはずなんだ。しかも完成済みのレポートの予約までって、いったいどういうことだ?
「あれ、今日は行かないのか? 塾らしきトコ」
「塾、らしきトコ?」
ぽかんとした俺に、同期が不審げな顔をする。
「大丈夫か? おまえいつも自慢してたろ、自分に合う勉強法を教えてくれる人を見つけたって。別名、塾らしきトコってさ」
――たぶん、すおー先生のトコだろう。
「なんかさ勉強のしすぎで、頭がおかしくなったのかも。あはは……」
俺は飼い犬らしいので(しかしバカ犬って愛称も太郎って呼び名も、どうかと思われる)すおー先生にかわいがられているらしいところを、そうやって表現しただけだろうと思われた。
「確かに。以前のおまえなら、勉強のべの字もなかったもんな。入院中に、頭の中を改造してもらったとか?」
「そうかもしれない。マジメモードに変えてもらったんだ、きっと」
すおー先生と出逢って、俺の中のなにかが変わったのは事実だと思う。恋愛マジメモードという感じかもな。
「そのマジメモードで、塾らしきトコに行ってくれよ。今日の課題は難しすぎて、全然ヤル気が出ない」
「わかった、行ってくる。今日の課題をそこで教えてもらうから」
「ラッキー。頼んだぞ王領寺っ!」
肩をバシバシ叩いて、去って行った同期を見ながら、こっそりとため息をつく。
(記憶のない俺がすおー先生のところに行って、本当にいいものだろうか――)
***
結局周防小児科医院まで、迷うことなく歩いて来てしまった。ここまでの道のりを、頭がしっかりと覚えてる。というか……。
「ここに来るのが、当たり前って感じに思えたな。習慣ってすげぇ」
そんな自分に驚きつつ、ドキドキしながら病院の扉を開いた。靴からスリッパに履き替え、恐るおそる中へ入ると。
「あっ、太郎のお兄ちゃん! 今日は会えたね」
待合室にいた子どもがひとり、俺に向かって走ってやって来た。残念ながら、誰かわからない。どうしよう――。
「お、おぅ。こんにちは! 元気そうだな」
内心おっかなびっくり。妹よりも小さいコの面倒なんて、ちゃんと見れるのか!?
わーいと足元に抱きつかれておどおどしてると、他の子どもたちも傍にやって来てしまい、うわぁとパニックになる。
「太郎のお兄ちゃん、今日はどんなの着てくれるの?」
「へっ!? どんなのって……」
(もしや、あの着ぐるみのことだろうか?)
「僕はワンコがいいなぁ。背中に乗って遊びたい」
「私はうさちゃんがいい! かわいいもん」
「え~っ、にゃんこもかわいいよ!」
小さな子どもたちに囲まれて、呆然とするしかない。俺ってば、ここでなにをやってんだろ。
「あらあら大変。大丈夫、太郎ちゃん?」
倒れたときに傍にいた、おばちゃん看護師さんが声をかけてきた。
「あの、はい。なんとか……」
「みんなゴメンね。太郎ちゃん今日はちょっと用事があるから、また今度にしてあげて」
みんなの頭を撫でつつ、うまいこと俺を連れ出してくれる。処置室と書かれたところに案内され、気さくに肩を叩かれた。
「周防先生から話は聞いたわ。あのときからの記憶が、一部分だけなくなっているって。大変だったわね」
「はい、すみませんでした。倒れたときバタバタして、お礼言えなくて。しかも記憶がなくなって、すげぇ失礼な態度をとっていたと思います」
いろんな申しわけなさを込めて、しっかりと頭を下げる。
「いいのよ、そんなこと。太郎ちゃんは太郎ちゃんだもの。歩くんって言ったほうが、いいのかしらね」
さっきの子どもたち同様に、頭を撫でられる。それだけなのに、ものすごい安心感が芽生えた。不思議な人だな。
「今までどおりでお願いします。そのほうがなんだか、思い出せそうな気がするので」
「わかったわ。遠慮なく同じように呼びますね。でも無理しちゃダメよ。案外焦らないほうが、ひょっこりと思い出すものだから」
「そうですね。気長に過ごしてみようと思います」
「周防先生の自宅、2階にあるんだけど、冷蔵庫にオヤツを入れてあるから食べるといいわ。そこの廊下を真っ直ぐ進んだら、階段があるから」
指を差して丁寧に説明をし、処置室を出て行くおばちゃん看護師さんに、もう一度頭を下げてお礼を言った。
言われたとおり階段を上がって扉を開くと、見慣れないリビングがそこにあり、思わず面食らう。
「俺が勝手に入っていいんだろうか。まるで泥棒の気分……」
オヤツに釣られて入ったとはいえ、他人の家なのだ。他人だけど一応、恋人の家だったりするワケで。
ドキドキしながらあちこち見渡して扉を開け閉めし、勝手に見て回ってしまった。
「意外と小綺麗にしてるよな。すおー先生の見たまんまのイメージって感じ」
医者っていう職業だからか、清潔感を感じさせる色使いの家具や小物、使いやすい物の配置なんて、見習いたいくらいだった。
そして意味なく、寝室の中をじーっと眺めてしまう。
「俺はここできっと……あの人のことを――」
ドキドキしながら想像してみたけれど、残念なことにまったく思い出せない。ちょっとした映像くらい、気を利かせて流してくれてもいいのに。
「自分にとって大事なことが、ぜーんぶ思い出せないのがマジで悔しいよな」
印象に残らないワケがないんだ。なのに俺ってホント馬鹿。