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この恋すいーつ6

***


 次の日いつも通り大学に行き、仲のいい同期と戯れる。コイツらの記憶はハッキリと残っているので、まったく支障がなかった。


 ただ――。


「じゃあな王領寺。明日課題のレポートを見せてくれよ?」

「え……?」


 いつもなら一緒に帰り、ゲーセンやらファストフード店でだらだらと過ごしていたはずなんだ。しかも完成済みのレポートの予約までって、いったいどういうことだ?


「あれ、今日は行かないのか? 塾らしきトコ」

「塾、らしきトコ?」


 ぽかんとした俺に、同期が不審げな顔をする。


「大丈夫か? おまえいつも自慢してたろ、自分に合う勉強法を教えてくれる人を見つけたって。別名、塾らしきトコってさ」


 ――たぶん、すおー先生のトコだろう。


「なんかさ勉強のしすぎで、頭がおかしくなったのかも。あはは……」


 俺は飼い犬らしいので(しかしバカ犬って愛称も太郎って呼び名も、どうかと思われる)すおー先生にかわいがられているらしいところを、そうやって表現しただけだろうと思われた。


「確かに。以前のおまえなら、勉強のべの字もなかったもんな。入院中に、頭の中を改造してもらったとか?」

「そうかもしれない。マジメモードに変えてもらったんだ、きっと」


 すおー先生と出逢って、俺の中のなにかが変わったのは事実だと思う。恋愛マジメモードという感じかもな。


「そのマジメモードで、塾らしきトコに行ってくれよ。今日の課題は難しすぎて、全然ヤル気が出ない」

「わかった、行ってくる。今日の課題をそこで教えてもらうから」

「ラッキー。頼んだぞ王領寺っ!」


 肩をバシバシ叩いて、去って行った同期を見ながら、こっそりとため息をつく。


(記憶のない俺がすおー先生のところに行って、本当にいいものだろうか――)


***


 結局周防小児科医院まで、迷うことなく歩いて来てしまった。ここまでの道のりを、頭がしっかりと覚えてる。というか……。


「ここに来るのが、当たり前って感じに思えたな。習慣ってすげぇ」


 そんな自分に驚きつつ、ドキドキしながら病院の扉を開いた。靴からスリッパに履き替え、恐るおそる中へ入ると。


「あっ、太郎のお兄ちゃん! 今日は会えたね」


 待合室にいた子どもがひとり、俺に向かって走ってやって来た。残念ながら、誰かわからない。どうしよう――。


「お、おぅ。こんにちは! 元気そうだな」


 内心おっかなびっくり。妹よりも小さいコの面倒なんて、ちゃんと見れるのか!?


 わーいと足元に抱きつかれておどおどしてると、他の子どもたちも傍にやって来てしまい、うわぁとパニックになる。


「太郎のお兄ちゃん、今日はどんなの着てくれるの?」

「へっ!? どんなのって……」


(もしや、あの着ぐるみのことだろうか?)


「僕はワンコがいいなぁ。背中に乗って遊びたい」

「私はうさちゃんがいい! かわいいもん」

「え~っ、にゃんこもかわいいよ!」


 小さな子どもたちに囲まれて、呆然とするしかない。俺ってば、ここでなにをやってんだろ。


「あらあら大変。大丈夫、太郎ちゃん?」


 倒れたときに傍にいた、おばちゃん看護師さんが声をかけてきた。


「あの、はい。なんとか……」

「みんなゴメンね。太郎ちゃん今日はちょっと用事があるから、また今度にしてあげて」


 みんなの頭を撫でつつ、うまいこと俺を連れ出してくれる。処置室と書かれたところに案内され、気さくに肩を叩かれた。


「周防先生から話は聞いたわ。あのときからの記憶が、一部分だけなくなっているって。大変だったわね」

「はい、すみませんでした。倒れたときバタバタして、お礼言えなくて。しかも記憶がなくなって、すげぇ失礼な態度をとっていたと思います」


 いろんな申しわけなさを込めて、しっかりと頭を下げる。


「いいのよ、そんなこと。太郎ちゃんは太郎ちゃんだもの。歩くんって言ったほうが、いいのかしらね」


 さっきの子どもたち同様に、頭を撫でられる。それだけなのに、ものすごい安心感が芽生えた。不思議な人だな。


「今までどおりでお願いします。そのほうがなんだか、思い出せそうな気がするので」

「わかったわ。遠慮なく同じように呼びますね。でも無理しちゃダメよ。案外焦らないほうが、ひょっこりと思い出すものだから」

「そうですね。気長に過ごしてみようと思います」

「周防先生の自宅、2階にあるんだけど、冷蔵庫にオヤツを入れてあるから食べるといいわ。そこの廊下を真っ直ぐ進んだら、階段があるから」


 指を差して丁寧に説明をし、処置室を出て行くおばちゃん看護師さんに、もう一度頭を下げてお礼を言った。


 言われたとおり階段を上がって扉を開くと、見慣れないリビングがそこにあり、思わず面食らう。


「俺が勝手に入っていいんだろうか。まるで泥棒の気分……」


 オヤツに釣られて入ったとはいえ、他人の家なのだ。他人だけど一応、恋人の家だったりするワケで。


 ドキドキしながらあちこち見渡して扉を開け閉めし、勝手に見て回ってしまった。


「意外と小綺麗にしてるよな。すおー先生の見たまんまのイメージって感じ」


 医者っていう職業だからか、清潔感を感じさせる色使いの家具や小物、使いやすい物の配置なんて、見習いたいくらいだった。


 そして意味なく、寝室の中をじーっと眺めてしまう。


「俺はここできっと……あの人のことを――」


 ドキドキしながら想像してみたけれど、残念なことにまったく思い出せない。ちょっとした映像くらい、気を利かせて流してくれてもいいのに。


「自分にとって大事なことが、ぜーんぶ思い出せないのがマジで悔しいよな」


 印象に残らないワケがないんだ。なのに俺ってホント馬鹿。

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