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飛び出すように、歩のいた病室から出て扉を閉め、足元をフラフラさせながら、傍にある談話室の椅子に座り込んでしまう。
「ショック療法で記憶が戻るかと思ったけど、やっぱりうまくいかないものだな……」
テーブルに顔を突っ伏させる。もう心底、疲れてしまった。普段言わないようなことを、ぽんぽん口にしてみたら、歩が驚いた顔をしてる姿を見て、すっごくドキドキした。俺に翻弄されて慌てふためくその様子が、またしてもかわいらしくて。
「……余計、好きになっちゃったじゃないか、どうしてくれるんだ。バカ犬がっ!」
きっと大学にいるときはあんな様子で、ちゃらちゃらしていたんだろうなって容易に想像ついた。
俺の前ではまんま子供だけど、生意気な口の訊き方をしつつ、『おまえが好きなんだ』なぁんて囁かれたコたちは、簡単に騙されてしまうだろう。
そんなふうに背伸びをして大人ぶってる姿に、年上の誰かさんもコロッといっちゃうかもしれない。ゆえにオールマイティ。
「つくづく、厄介な男を好きになってしまった。まったくもって面倒くさい……」
歩じゃなく、自分自身が面倒くさい。いつもと違う歩を見たくらいで、ドキドキして気持ちを持て余してる。
胸の奥が疼いて、堪らなくなる――。
「今度は俺が落としてやる。なぁんて豪語したのはいいけど、夢中にさせるほどの魅力が、自分にあるとは思えないよ」
ないものねだりでイライラしても、しょうがないのだけれど。
「問題は自分から迫ったことがない、ということだろうな。これは難題だぞ、困った」
いつも受身でいた自分。迫ることに対しての難しさを、病室でイヤいうほど痛感してしまった。だけど――。
「歩にケガさせて、守りきれなかった自分への罰だ。甘んじて受けなければなるまい」
頭を掻きむしってから立ち上がり、ため息をついた。ゆっくりと足を進ませ、大好きな歩のいる病室の扉の前に佇む。
「記憶がなくても大丈夫。俺はずっと、おまえを好きでいるからな」
見ず知らずのかわいげのない男に迫られて迷惑だろうが、俺は諦めるつもりは毛頭ない!
「おまえが迫ったときのことを思い出しながら、じわじわ迫ってやる。覚悟しておけよ」
多少の不安はあるけど、粘り強さには自信がある。頑張ってやるさ、おまえの笑顔をまた見たいから。バカ犬って呼んでいたあの頃の、すっごく嬉しそうにしていた、くちゃくちゃな笑顔が見たいんだ。
隔てられた扉がまるで俺たちの距離のように感じたけれど、乗り越えてやろうという情熱はある。むしろ、激しく燃えている。
「おやすみ、歩。いい夢を見ろよ」
そっと呟いて素早く踵を返した。ずっと傍についてやりたいキモチを、無理やり吹っ切るように――。