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きれーなおにーさんに付き添われ、救急車で大学病院まで連れて行かれた俺。
病院に着くと早速、頭の中の写真を何枚も撮られ、疲れきったトコに母親と妹が心配そうな顔で到着した。病室に入ってきた母親と妹の姿を見て、ベッドに横たわる俺の傍にいたキレイなおにーさんが素早く立ち上がって、きっちりと頭を下げる。
「このたびは息子さんにケガをさせてしまい、大変申しわけありませんでした」
「頭をあげて下さい、周防先生。息子がいつもお世話になっているというのに。逆に、お礼を言いたかったんですよ」
キレイなおにーさんは、すおー先生というのか。
頭をあげて切なげな瞳をした横顔を、じっと見てしまった。
(――未だに信じられねぇ。こんな人が俺の恋人なんて……)
「周防先生のところに通うようになってから、真面目に大学に通うようになったんです。夜遊びも減りましたし、以前に比べると成績がすごく良くなっているんですよ。きっと先生が、うちの息子の面倒を見てくれているんですよね?」
「いえ……。それは彼が命に関わる病がきっかけで、いろいろ考えることがあったからだと思いますよ。私はただちょっとだけ手を添えて、お手伝いをしているまでです。しかし今回ケガをさせてしまったのは、こちら側のミスですので」
あまりにも自分が悪いと連呼し、ミスを引っかぶる姿に胸が痛くなってしまった。
「アンタが悪いワケじゃねぇだろ。俺があんな恰好して、高いトコに上がったのが原因なんだから、そんなふうに何度も謝んなって!」
意識が戻って気がついたときに、自分が着ていた犬の着ぐるみ。どうしてそんな格好をしているか、全然ワケがわからなかったけど、傍に倒れていた脚立がすべてを物語っていた。
「こらっ、歩。周防先生に、なんて口の聞き方をしてるの」
「いいんですよ、普段はきちんとしていますから。今は私に関する記憶がないせいで、こんな喋り方になっているだけです」
「お兄ちゃんっ、本当にすおー先生の記憶、なくなっちゃったの?」
妹の茜がベッドに近づいて、顔を覗き込むように訊ねた。その視線をやり過ごすべく、プイッと横を向いてやる。
「歩くんが検査中、画像を見せてもらったのですが、異常は見られませんでした。後頭部にできたタンコブも、脳内で血腫になっていなかったですし大丈夫です。頭を強打したために見られる、一時的な健忘症でしょうね。私以外のことは、しっかりと覚えていますので、生活には支障がないと思います」
詳しくは脳外の先生からも、お話がありますが……と静かに言って、俺の顔に視線を飛ばしてきたすおー先生。目が合った瞬間、胸の奥がぎゅっと絞られる感覚がした。
「そうですか。ありがとうございます」
「頭を打っているので、念のため一日だけ入院になると思いますが完全看護なので」
「わかりました、先生のお話を聞いてから帰ります。歩、なにか必要なものはない?」
和やかに話し合う親たちを見ているだけで、なんでかわからないけどイライラするしかない自分。
(どうして俺は大事なことを、全部忘れてしまったんだろう?)
「別になにもないし。検査で疲れたから早く寝たい」
俺のセリフを聞き、みんなと一緒に出て行こうとする細い背中に慌てて声をかける。
「すおー先生はちょっと待て! 話があるから」
「わかったよ。それではここで失礼します」
すおー先生は扉の前でしっかりと頭を下げ、親たちを見送ってからベッド脇に置いてある椅子に静かに腰掛ける。
「話ってなんだ?」
「……あの俺たちってホントに、恋人同士なのかなって。未だに信じられなくて」
キレイな顔を窺いながら言葉にすると、難しそうな表情を浮かべ、顎に手を当てて考えはじめた。
「説明するとなると、ムダに長くなる。正直、面倒くさい……」
(その面倒くさいトコが好きって、言ってたクセに!)