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Love too late:難儀なキモチ3

 頭を撫でていた手で、涙を優しく拭ってくれた。ほらまた甘えてる。


「あ? えっと俺が素直になったらおまえにすごく、負担をかけてしまうんじゃないかと思って」

「タケシ先生の素直なキモチって、どんな?」

「その……傍にいてほしいとか抱きしめてほしいとか、俺だけを見ていてほしいとか……できることなら歩を、俺の家に閉じ込めてしまえたらな、と」


 ぽつりぽつりと告げていく言葉に、歩は瞳を細めて嬉しそうな表情を浮かべてから、触れるだけのキスをした。


「俺を家に閉じ込めて、なにをするんだよ?」


 またまたイジワルな言葉の応戦に、きゅっと下唇を噛む。まったく面倒くさいヤツ。


「なっ、なにって別に。今日大学でおまえのモテ具合を見ていたら、なんとなくそう思ったんだ。俺の歩を、そんな目で見てほしくなくて、その……」

「そんな目、か。ふん、いい気味」


 なぜか喉で低く笑いながら、体を抱き起こされた。歩のセリフの意味がわからず、呆然とするしかない。


「いい気味って、いったい……」

「わかってねぇんだよな、タケシ先生は。俺はいつも、同じような想いを抱えてるっていうのにさ」


 起こしてくれた体を引き寄せて、ぎゅっと強く抱きしめられる。そのあたたかさに安心して、身をゆだねるしかない。


「……同じ、想い?」

「そうだよ。軽井沢の病院でひっきりなしに、若い看護師が来ていただろ。どうしてだと思う?」


 時間が経っていたことだったが、妙な違和感があったので、よく覚えていた。


「どうしてって術後のおまえの様子を、きちんと管理するためだろ」

「ナースステーションにいる看護師全員が、俺の管理するために押しかけるのって、おかしくないか?」


 歩は呆れながら言い放ち、俺の頭に顎を乗せる。


「確かにな。だけどおまえの家はお金持ちで煩そうだから、なにかあったらいけないとか、医者から命令が下っていたりして?」


 頭の上に顎を乗せられているので、表情はわからなかったが、なんとなく微妙な雰囲気が伝わってきた。


「歩、俺が間違ったことを言ったなら、すぐに訂正してくれ。そんな態度をされたら、辛くなってくる」


 歩の態度にイライラして文句を言うと、俺の頭から顎を外して対峙する。注がれる視線が冷たいこと、この上ない。


「タケシ先生さ、自分がカッコイイこと、全然わかってないよな」

「は? どこが?」

「あーもー、全然わかってないっ! すっげぇムカつく!」


 言うなり俺の両頬をつねり上げ、容赦なく引っ張った。


「いらいぞ、あにすんら。ばはいぬ」(痛いぞ、なにするんだ。バカ犬)

「こんなに変形させても、カッコイイとかなんでなんだよ。そして何気に可愛い」


 つねっていた手を止めて、頬を撫でたと思ったら、いきなり顔を頬擦りしてきた。


 ――コイツ、ワケがわからない。


「さっきからおまえは、なにをやっているんだ。意味がわからん」

「わかってないのは、タケシ先生のほうだよ。看護師たちが来てた理由は、カッコイイ開業医のタケシ先生を、わざわざ見に来ていたからなんだって」

「なんだそれ?」

「罪な男だよなぁ。マジで……白くて甘い砂糖に群がる、アリどもを排除するのに、俺がどんだけ苦労しているかを、全然知らないんだから」


 歩はほかにも文句を言いながら、俺の体をこれでもかとぎゅっとしてくれる。


「歩、砂糖は基本的に白いものだろ?」


 歩の告げたセリフに首を傾げた。黒砂糖や三温糖のように、色のついた物があるけど、わざわざそれを口にするのが、どこかおかしかったから。


「白衣は白いものだろ」


(もしかして、砂糖って俺のことだったのか? 群がられているような気は、全然しないのだけれど)


「はははっ! 変な気苦労ばかりしていると老けてしまうぞ。甘いのは歩だけなのに」


 体に回してる右腕を上げて、歩の頭を撫でてやった。


「……ウソばっかり言いやがって。すぐに殴ってくるクセに」

「今は撫でてやっているのに?」

「そんなっ、子供騙しに騙されない」


 ちょっとだけ困ったような、それでいてテレたような歩の声色が、俺のしていることが充分に利いていることを示していた。


 ここは、期待に応えてやらなければならないだろうな。まったく面倒くさいヤツ――。


「そうか、撫でるだけじゃ満足しないのなら、これはどうだ?」


 耳元で囁いて、ふーっと吐息をかけてやる。俺の体に回された腕の力が一瞬解かれ、身動きが可能になったので、歩の首に腕をかけて自分に引き寄せ、そっと唇を重ねた。


 すこしだけ荒れた唇の表面を舌でなぞってから、中にするりと入り込む。待ってましたとばかりに絡みつこうとする歩の舌を、うまいこと自分の口の中に誘導し、吸ってやりながら舌先を甘噛みしてやった。


「んっ……っ、ンンっ!」


 薄目を開けて目の前にある顔を見ると、眉間にシワを寄せてキモチよさそうな表情を浮かべている。


 それに満足しながら、もう一度責めるべく顔の角度を変えたら、いきなりベンチに向かって体を押し倒されてしまった。


「わっ!?」


 予期せぬ行動に声をあげると、目の前の歩は荒い呼吸をしながら、俺を見下ろす。その目の怖いこと、この上ない。


「俺を翻弄させた罪は大きいぜ、タケシ先生……覚悟しろよ」


 いやぁ、ヤバイ。どうやら特大のアメを投げつけてしまったようだ。普段甘いことなんてしないものだから、匙加減がさっぱりわからないんだよな。


 外での大っぴらな行為は、ここまで。これ以上は、人目のつかないところでしなければならないだろう。申しわけないがここは飼い主として、しっかり手綱を握らねば!


 かくて迫ってきた歩の顔に目がけて、無言でパンチを食らわせた俺。


 ――この恋は、そこまで甘くないのである。

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