「周防先生は王領寺のことを思って、きちんと叱ってくれたんだね」
「……そう、だな」
そんなことはわかりきっているのに、あのときのタケシ先生の顔とか言葉が、無条件にグサグサと胸に刺さって、自分をひどくキズつけた。全部、自分が悪いってわかっているのに。
不機嫌を隠せずに唇を尖らせる俺を見やり、喜多川はわざわざキッチンから出て来て、宥めるようにぽんぽんと肩を叩いてくれる。
「ケンカのきっかけを作っちゃって、本当に悪かったな」
「喜多川は悪くねぇって。俺の態度がダメだったんだし」
学祭の最中、ほかの同期にも指摘されていたのだ。どんだけ悪かったのか、自分が一番わかってる。
「喜多川あのさ、ちょっとだけ相談にのってくんね?」
「俺に答えられる範囲ならね、なんだい?」
喜多川の目に映る俺は、ひどく疲れきった顔をしていた。学祭の疲れじゃない、さっきのショックが疲れとなって、ありありと顔に表れていると思う。
「――恋人が一週間、音信不通にするってどうしてだろう?」
「ははん、王領寺のイライラの原因はそれか。なるほどね」
無駄に明るく言われたせいで、悲しさに余計拍車がかかった。
「遠距離してるワケでもないのに音信不通にできるのは、相手にまったく興味がないからだろうと推測できるけど。でもな――」
喜多川は濡れた手を拭っていた手ぬぐいを首にかけ、黒縁メガネをすっと格好よく上げてから、目を細めて俺を見つめる。
「その逆もアリかなって、俺は思うけどね」
「その逆?」
「ああ。相手がおまえのことを絶大に信頼していて、連絡なんか取らなくても、自分のところに戻ってくるって、心の底から信じているから連絡しない」
――絶大な信頼……。
「不真面目でチャラチャラしていた王領寺が、突然真面目になり、きちんとした恋愛をしていると仮定してだ」
「ひどいな。マジメに、きちんとした恋愛をしてるって!」
怒る俺を、まぁまぁと宥めながら、柔らかい笑みを浮かべる喜多川。
「相手に、その真面目さがきちんと伝わっていたら、信頼されているかもよ? それこそバカ犬って呼んでる、おまえの帰巣本能を試しているのかもしれないね」
「俺の帰巣本能?」
『おい、コラッ。こっちに戻って来い太郎!』
タケシ先生の声で、そう呼ばれるのを想像してしまう。あの人にはホント、翻弄されっぱなしだからな俺。
「どんな相手でも手玉に取るって噂の王領寺を、ここまで悩ませるなんて、すごい人なんだね」
「どこからの噂だよ、それは?」
ちょっとだけ憤慨した俺を、喜多川はおかしいと言わんばかりに肩を竦めて、カラカラ笑って見せる。
「大学であちこち囁かれてる、おもしろい噂話」
「こんな俺なんて、滑稽で惨めなだけだろ」
「いいや。前の王領寺よりも、いい顔しているって思うよ」
喜多川は青春してるよねって言いながら、俺の手になにかを握らせた。それは屋台で売ってるものを、アレコレ買える食券だった。
「罪滅ぼしにはならないだろうけど、それでなにか買って、ふたりきりの学祭にすればいい」
「喜多川、おまえ……」
「言っておくが、男同士の恋愛を推奨してるワケじゃないからね。友人の頑張りに対して、褒美をやったまでだし。後片付けはうまいこと言っておくから、早くあとを追いかけなよ。逃がさないように」
メガネのレンズをキラッと光らせながら親指を立てる喜多川に、初めて満面の笑みを見せることができた。
「……ありがと。この借りは、きっちり返すから」
「そんなもん、いらないからさ。とっとと行きなって」
犬猫を追い払うように、喜多川は右手を振りながら、さっさとキッチンに戻って行く。姿は見えなかったけど、ちゃんと一礼をしてきびすを返した。
――タケシ先生に、早く謝らなくちゃ。