目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
Love too late:すれ違う想い4

「周防先生は王領寺のことを思って、きちんと叱ってくれたんだね」

「……そう、だな」


 そんなことはわかりきっているのに、あのときのタケシ先生の顔とか言葉が、無条件にグサグサと胸に刺さって、自分をひどくキズつけた。全部、自分が悪いってわかっているのに。


 不機嫌を隠せずに唇を尖らせる俺を見やり、喜多川はわざわざキッチンから出て来て、宥めるようにぽんぽんと肩を叩いてくれる。


「ケンカのきっかけを作っちゃって、本当に悪かったな」

「喜多川は悪くねぇって。俺の態度がダメだったんだし」


 学祭の最中、ほかの同期にも指摘されていたのだ。どんだけ悪かったのか、自分が一番わかってる。


「喜多川あのさ、ちょっとだけ相談にのってくんね?」

「俺に答えられる範囲ならね、なんだい?」


 喜多川の目に映る俺は、ひどく疲れきった顔をしていた。学祭の疲れじゃない、さっきのショックが疲れとなって、ありありと顔に表れていると思う。


「――恋人が一週間、音信不通にするってどうしてだろう?」

「ははん、王領寺のイライラの原因はそれか。なるほどね」


 無駄に明るく言われたせいで、悲しさに余計拍車がかかった。


「遠距離してるワケでもないのに音信不通にできるのは、相手にまったく興味がないからだろうと推測できるけど。でもな――」


 喜多川は濡れた手を拭っていた手ぬぐいを首にかけ、黒縁メガネをすっと格好よく上げてから、目を細めて俺を見つめる。


「その逆もアリかなって、俺は思うけどね」

「その逆?」

「ああ。相手がおまえのことを絶大に信頼していて、連絡なんか取らなくても、自分のところに戻ってくるって、心の底から信じているから連絡しない」


 ――絶大な信頼……。


「不真面目でチャラチャラしていた王領寺が、突然真面目になり、きちんとした恋愛をしていると仮定してだ」

「ひどいな。マジメに、きちんとした恋愛をしてるって!」


 怒る俺を、まぁまぁと宥めながら、柔らかい笑みを浮かべる喜多川。


「相手に、その真面目さがきちんと伝わっていたら、信頼されているかもよ? それこそバカ犬って呼んでる、おまえの帰巣本能を試しているのかもしれないね」

「俺の帰巣本能?」


『おい、コラッ。こっちに戻って来い太郎!』


 タケシ先生の声で、そう呼ばれるのを想像してしまう。あの人にはホント、翻弄されっぱなしだからな俺。


「どんな相手でも手玉に取るって噂の王領寺を、ここまで悩ませるなんて、すごい人なんだね」

「どこからの噂だよ、それは?」


 ちょっとだけ憤慨した俺を、喜多川はおかしいと言わんばかりに肩を竦めて、カラカラ笑って見せる。


「大学であちこち囁かれてる、おもしろい噂話」

「こんな俺なんて、滑稽で惨めなだけだろ」

「いいや。前の王領寺よりも、いい顔しているって思うよ」


 喜多川は青春してるよねって言いながら、俺の手になにかを握らせた。それは屋台で売ってるものを、アレコレ買える食券だった。


「罪滅ぼしにはならないだろうけど、それでなにか買って、ふたりきりの学祭にすればいい」

「喜多川、おまえ……」

「言っておくが、男同士の恋愛を推奨してるワケじゃないからね。友人の頑張りに対して、褒美をやったまでだし。後片付けはうまいこと言っておくから、早くあとを追いかけなよ。逃がさないように」


 メガネのレンズをキラッと光らせながら親指を立てる喜多川に、初めて満面の笑みを見せることができた。


「……ありがと。この借りは、きっちり返すから」

「そんなもん、いらないからさ。とっとと行きなって」


 犬猫を追い払うように、喜多川は右手を振りながら、さっさとキッチンに戻って行く。姿は見えなかったけど、ちゃんと一礼をしてきびすを返した。

 ――タケシ先生に、早く謝らなくちゃ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?