――この恋は甘くない。そう自負してるのだが……。
「こうやってまた、タケシ先生と並んで歩けるなんて、なんだか夢を見てるみたい」
恋人の太郎は、そんなふうに考えてる俺の気持ちを、キレイに無視して、ポンポン甘い言葉を、これでもかと吐き続ける。その言葉に、なんと返事をしてやればいいのか、すごく困り果てて、右後方にいるヤツに視線を飛ばした。
女性と一緒に歩くと、歩幅が気になるので、ゆっくり目にして歩くのだが、太郎は男だし、俺よりも背が高いんだから、並んで歩くのには、まったく支障がないはず。
それなのに、いつもちょっとだけ後ろを歩くのは、なぜなんだろうか?
「タケシ先生、なんですか~?」
俺の視線の理由がわからず、間延びしたような声で訊ねた。
「どうして一緒に、並んで歩かないんだ? 俺と歩きたくない、ワケでもあるのか?」
「だって、横に並ぶと見えなくなるし。俺の好きな泣きボクロと、癖のある襟足の髪の毛。この絶妙な角度なら、両方が見えるんだ」
「そうかい……」
呆れた――なにを考えてるんだコイツ。
「それともタケシ先生は、俺と並んで歩きたい?」
「別に……」
「なぁんだ、違ったのか。目の下をほんのり赤くして、こっちを物欲しそうに見ていたから、てっきりそうなのかと思ったのにさ。残念だなぁ」
月明かりだけで、頬が赤くなっているなんて、確認できるわけがないだろう。
チッと舌打ちし、内心文句を言いながら、視線を太郎から前方に移すと、右手をそっと握られた。
「なんのつもりだ?」
公衆の面前でこんなふうに、堂々と手を繋ぐなんて。ちょっとだけ、ハズカシイじゃないか。
「ん~俺ってば病みあがりで、結構疲れちゃったから、焼肉屋までタケシ先生にグイグイッと、引っ張って行ってほしいなぁ」
「今、とってつけたような理由、考えついたんだろ……」
へらっと笑ったサル顔のおまえを見たら、なんとなくわかってしまったぞ。
「だーって。タケシ先生は超絶優しいし、俺を見捨てるなんて、ぜーったいにしないだろ。なんてったって軽井沢まで、追いかけて来てくれたんだからさ」
にやりと笑って、握った手に力を込めてくる。
「……それに、こうしてたら寂しくないだろ?」
俺が太郎のことをお見通しのように、太郎も俺のことがわかってしまうのか。
心底呆れながらも、握られてる手に、そっと力を入れてやった。これがその答えだと、わかってしまうだろうな。
なんだか気恥ずかしくて、返事ができずにいると。
「そういうトコも、ホントかわいいよね。タケシ先生ってばヤバイわぁ」
なぁんて言われてしまった。
(――そうなのか? 実際すっごく、かわいげのない態度に見えるのに)
この恋は甘くないというより、俺が太郎自身に甘いのかもしれないと、やっとここで気がついてしまった。だってなにを言われても結局、許してしまっているもんな。