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Love too late:大切なぬくもり5

***

 桃瀬たちが帰って、一気に静かになったリビング。ひとりきりでいることを、嫌でも実感してしまい、いても立ってもいられなくなり、ぶらりと外に出た。


 向かうアテなんてどこにもなかったけれど、自然と高台に足が向かった。まるでそこに、太郎がいるんじゃないかと思ってしまったから。


 この時点で昼間からのお酒の酔いは、すっかり醒めた。気落ちしてしまった心の浮上までは、やっぱり難しくて、ぼんやりしながら、とぼとぼとゆっくり歩く。


 高台への階段を一段ずつ踏みしめて、やっとたどり着いたら、カップルが数組、所々に散らばっていた。


(――ひとりで来ているのは、俺だけだ……)


 太郎とふたりで星を眺めた場所が、運よく空いていたので、まっすぐそこに歩を進める。昨日よりも少しだけ膨らんだ三日月と一緒に、星がキラキラと瞬いていて、それを彩るように夜景が煌いた。


「太郎……」


 たった一日離れていただけなのに、こんなにも寂しくなるなんて。


『はじめは見た目が好みだったから、声をかけた』


 というはじまりから――。


『好きなんだよ。もうワケがわかんねぇくらいタケシ先生のことが、めちゃくちゃ好きなんだ!』


 この短時間で、かわいげのない俺の、どこを好きになってくれたのやら。


『好みのタイプじゃないなら、好みのタイプになるように洗脳してやる! そんでもって好きになるように、仕向けてやるから。絶対に、好きって言わせてみせるぞ。俺にとって、最期になるかもしれない恋なんだ。簡単に諦められるワケないだろ……』


 どんなに断っても諦めずにしつこく、次から次へと胸クソ悪い甘い言葉を、アイツは懲りずに吐いてくれたよな。


『俺の定位置っていうか、居場所みたいな感じだから』


 そう言って、俺のベッドに潜り込んだり。


『俺だけがこの姿を見られるのって、すっげー嬉しいんだ』


 俺の寝起き姿を見て、いたずらっ子みたいな顔をしながら、嬉しそうに言ってたな。寝癖のついた頭に、不機嫌丸出しでいる俺の、どこがいいのか、未だに全然理解できなかった。


『そのまま接したらいいのに。笑ったタケシ先生の顔、結構かわいいんだから、大丈夫だぜ』


 病院で働く俺を見て告げた言葉だったが、太郎の前で笑ったことがなかったはずなのに、どうしてかわいいなんて言ってくれたのやら。


『俺はタケシ先生のこと、すっげぇ好きだし。誰にも渡すつもりはないから』


 あの桃瀬の前で、臆することなく、堂々と言い放ったセリフ。正直すごいなって、感心した。俺にはこんな告白、恥ずかしくて真似ができないって、思ったからなんだけど。


『タケシ先生の右側、好きだよ。だって泣きボクロがあるし、あとこのちょっとだけ癖のある襟足の髪の毛。タケシ先生考え込むとき、無意識にコレを直そうと、首に手を当ててるんだ。その仕草が結構、かわいくて好きなんだよね』


 ふとこれを思い出した瞬間、自分の手が首を撫でているのを、自覚させられてしまった。


「クセになっているのか、まったく――」


 呆れ果てて言葉が続かない。太郎が傍にいたら、間違いなく俺をじっと見つめて、指摘するんだろうな。


『押しが強いのはタケシ先生だけ。初めてなんだよ、自分から迫ったのは。ウソじゃねぇよ。初めて自分の気持ちを伝えたとき、すっげぇドキドキしたしさ。タケシ先生に出逢って良かったって思う。こんな大変なこと知らないで俺は今まで、いろんなヤツの気持ちを弄んじゃったんだなって、すっげぇ後悔した』


 今、おまえは軽井沢の病院で、なにを思って過ごしているんだろうか。


『好きだよ、タケシ先生。今日は、すっげぇ嬉しかった』


 まぶたの裏に、笑顔の太郎が浮かんでくる。


『わかってるって。大事にしてあげる、俺の愛しい人――』


 昨夜のこの時間、ふたりで肌を重ねた。はじめは貪るように俺を弄んだクセして、途中から壊れ物を扱うように、大事にしてくれた。


 言葉どおり大事にしてくれて、嬉しくて涙が出てしまい――はじめてがコイツで良かったって、心の底から思った。


 頬を伝う一筋の涙が、崖から吹き抜ける風で一層冷たくなる。太郎が傍にいれば、こんな冷たさを感じなくて済むのに。


 月夜の煌きが、俺の心に深く影を差した。そんな夜空に手を伸ばしても、なにも掴めないのがわかっているのに、おまえを求めるようについ、手を伸ばしてしまう。


「太郎、なにをしているんだろう? 俺みたく、寂しがっているのかな?」


 そう訊ねてみても、返事があるはずもなくて。


 静寂が寂しがりの俺を隠すように、優しくそっと闇に包み込んでくれた。その闇に包まれながら、ひとり静かに涙を流す。

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