「うっ、ひっ……つらさを認めたら、楽になれるの?」
涼一くんは、泣きじゃくる俺を胸元に抱き直し、優しく背中を擦ってくれる。何度も何度も。
「楽にはならないけど、寄り添うことならできます。だけど、こんなことしかできなくて、ごめんなさい……」
あんなに酷いことを言ったのに、優しさで返す涼一くんのセリフは、困ってしまうほど居心地が良い。
「……っ、うっく……ごめんね、俺っ……」
太郎のこと、自分の気持ちのこと、今まであったこと全部、すべて喋ってしまいたいのに、涙が次々と溢れまくって、それをさせてくれない。
そんな俺を桃瀬はなにも言わず、ただ黙って見つめていた。
「――涼一くんの言うとおり、あんなヤツでもいなくなったら、寂しく思うものなんだね」
ひとしきり泣いて、落ち着いてから手で涙を拭って、やっと言葉を口にする。
「ずっと傍にいたなら、尚更じゃないでしょうか」
「アイツが勝手に、くっついていただけなのに。ウザイって、いつも思っていたのに……」
傍らに置いてあったティッシュの箱を引き寄せ、溢れてくる涙を拭ってから、やっと顔を上げた。
桃瀬と涼一くんが心配そうに俺を見ていて、無言でかけられる優しさのお蔭で、心にふんわりとした安心感が芽生える。
「……太郎が出て行ったのは、病気を治すためなんだ。ここでは治せない病を、アイツは抱えていたから」
安心したら、胸の中に抱えているもの全部を、吐き出したくなった。今まであった出来事を、ふたりはどんな顔して聞いてくれるだろうか。
「ふたりとも聞いてよ。アイツ酷いんだ。俺が病気を見つけて、他所で治療しろって言った俺に向かって、付き合ってくれたら治療してやるなんて交換条件を、偉そうな顔して、堂々と出しやがってさ」
呆れながら言い放つと、桃瀬が驚いた声をあげる。
「ちょっ、それって周防が付き合いを断り続けたら、病気が治らないじゃないか」
「そうだよ。治療しなかったらアイツ、死んじゃうのにね」
「それって太郎くんは命がけで、周防さんに迫ったってことになるんですね」
俺の言葉に、大きな目を更に見開いて、ビックリしたような声をあげる涼一くん。
「……そう、呆れるだろ?」
俺が肩を竦めると涼一くんは、ぶんぶん首を横に振る。
「呆れるよりも、すごいなって思いました」
「すごいって、どこがだ?」
桃瀬が涼一くんの横に座り込み、顔を見ながら訊ねると、うーんと唸りながら考え――。
「だってね、医者である周防さんに、そんな条件を出すなんて、断れないのが決まっているでしょ。絶対に付き合える確証があるから、そんな条件を太郎くんは、出したんだろうなって」
「確かに。周防の責任感や優しさを考慮したら、そうなるよな。だけど――」
なにかを言いかけて、口をつぐむ桃瀬。
「周防さんは医者としてじゃなく、ひとりの男として、太郎くんのことを助けたんですよね?」
横目で桃瀬を一瞬見てから、涼一くんはその意思を引き継ぐように、言葉にした。
「結果的には、そうなるかな。正直なことを言うと、全然タイプじゃなかったし、面倒くさいヤツだって思っていたのに、いつの間にか好きになってたみたい」
「周防……」
「喜ばなきゃいけないのにね。病気の治療をするんだから。なのにどうして、こんなにっ――」
――胸が痛くて苦しい……。
ふたたび、涙がポロポロと止まることなく溢れてきて、頬をどんどん濡らしていく。
気づいたときには、いつも手遅れの恋ばかりしている自分。どんなに手を伸ばしても、相手には届かない。想いは胸の中で燻っているだけ。ジリジリと自分の心を焦がして、苦しさだけをひしひしと感じてしまう。
「いつもタイミングの悪い恋ばかりして、バカみたいだ……」
「手遅れなんかじゃないです。まだ、はじまってもいないじゃないですか!」
涙を拭い、自嘲気味に告げてみたら突然、涼一くんが怒った顔して声を荒げる。
「……涼一くん?」
「周防さん、太郎くんのことが好きなんでしょ? 簡単に諦めていいんですか?」
「だってアイツの本名も、なにもかも知らないことだらけなんだ。それに――」
仮に見つかったとして、俺が追いかけたら、なんだか逃げられる気がする。なにも残していかなかったのは、後腐れがないようにするためだったんじゃないかと、思ってしまったから。
だから素性を明かさず、俺を翻弄するだけ翻弄して弄んでから、はい、おしまいっていう。