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布団の中にいるのに、肌寒くて目が覚めた。いつもなら背中にあたたかい、太郎のぬくもりを感じるはずなのに。
ぼんやりしながら、首を動かして横を見ると、そこには誰もいなかった。
「太郎!?」
慌てて起き上がると、腰に激痛が走る。
「ううっ!? なんだぁ?」
途中から記憶がないので、自分がどんなことをしたのか。そしてどんな感じだったのかすら、皆目見当がつかない状態。しかしこれだけ、痛みが走るということは――。
「相当頑張ったっていう証拠、なんだろうな」
苦笑いを浮かべながら、改めて自分を見てみる。身なりがきちんと整えられているのは、太郎が後始末をしてくれた証だろう。
「ヤるだけヤって寝こけるなんて、太郎のことをバカにできないじゃないか」
朝起きて、太郎が傍にいなかったことがなかったので、今の状態がかなり違和感だらけだった。昨日あんなことをした後だし、寂しさも手伝って、ウロウロと家中を捜して歩く。
「太郎、おーい返事しろよ」
下に降りて、病院の中も捜索したけど、どこにもいなかった。
「いない……もしかして――」
俺が手に入り、満足したからって出て行くような、不真面目なヤツじゃないのは、すぐにわかったのだけれど。
「……一言くらい、俺に声をかけるなり、手紙を置いてくなりして、出て行けっていうんだ!」
ひとりでプンスカ怒りまくり、足音を立てて階段を上がった。喉が渇いたので、そのままキッチンに向かう。
「これじゃあまるで、ポイ捨てされたみたいに感じるじゃないか!」
苛立ちながら独り言を呟いたとき、シンクの上に置いてある、それが目に留まった。
「太郎のスケッチブック。もしかしてなにか、メモが残されているのか?」
慌てて手に取り、パラパラと捲った先にあったものは――。
「これ、は……」
そこにあったのは、高台へ続く階段と、駐車場の風景画があった。他人が見たら、へぇって終わるような、なんてことのない景色なんだけど。
「あのときのことを、絵に描いていたなんて」
それはふたりで、朝焼けを見た帰り道。先に下りる太郎の背中を追いながら、ムスッと思いきりふてくされて、のろのろと後ろを歩く俺。頑として治療を受けないと言い張った太郎が、すっごく憎くて堪らなかった。
怒りに満ち震えながら、高台の階段を下りると、駐車場に停めてある、黄色の軽自動車が、ポツンと停まっているのが目に入った。
「……なんか、綺麗だな」
そう呟いたら、太郎がこちらに振り返る。
「なにが、キレイだって?」
「後ろの景色の紅葉と、そこにある黄色い車の色が相まっていて、綺麗だと思っただけ」
俺の言葉に、じっと背後を見て、ふふんと鼻で笑う。
「よく、わかんねぇわ……」
首を傾げながら肩を竦めて、さっさと歩き出した太郎。そのときは、芸術的なセンスのないヤツだって思ったのに。
「ほんの数秒間の出来事を、こんなふうに絵にして残して、どこかに行くなよ……」
俺が綺麗だと言ったから――見たら喜ぶと思って、わざわざあのときの絵を、アイツは描いてくれた。胸の奥から、じわじわと熱いものがこみ上げてくる。
「――どうしよう、俺……」
いつも傍にいるのが、当たり前だった。だから突然太郎がいなくなることが、酷く自分を不安定にさせる。地に足が着いていないみたい。
次から次へと涙が溢れて、目から零れ落ちていった。
「良かったのに……出て行ってくれて、清々するのに。アイツはきっと……病気の治療をするために、ここから出て行ったはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いんだ……ううっ……」
喪失感が想像以上に半端なくて、ひとりで立っていられなかった。迷うことなく、病気を理由に休院にしたのは、言うまでもない。