さっきまで空を照らしていた三日月が、かくれんぼするように雲の間に隠れて、室内を深い闇に落とす。
「なぁ、タケシ先生からキスしてよ」
俺の決意を確かめる言葉に、ゴクリと喉を鳴らしてしまった。
(もう逃げられない。コイツのために、思いきってやるしかないだろう)
「……どうなっても知らないからな」
「なにそれ。すごい技でも、披露してくれんの?」
鼻で笑ってバカにしてきたので、太郎の細い首に両腕を絡ませながら、無理やり引き寄せてやる。
「どれだけ俺がおまえを想っているか、これでわからせてやる……」
文句を言わせないよう太郎の唇にそっと、自分の唇を重ねた。
ほんのちょっとの好きを、どうやって表現すればいいのか。正直なところ、わからなかった。だけど唇の中に忍んでいった舌を、待っていましたとばかりに素早く絡み捕られ、体に回されていた腕に、更に力を込めて抱きしめてくる。
仕掛けたのは俺なのに、何だかわざわざ捕まった気分。太郎の想いが、これでもかと伝わって――その想いがどんどん体に流れ込んできて、三日月だった俺の気持ちを、満月へ形をゆっくり変えていく。
満たされた想いが、コイツを好きだと自分で感じているのが不思議だった。全然好みのタイプじゃなかったはずなのに、太郎の宣言通り俺ってば洗脳されたのか? それとも――。
「太郎……好きだ。もっと――」
自然に出てきた言葉で、気持ちを伝える俺へ応えるように、離れた唇が角度を変えて、ふたたび激しく重ねられた。そして、ベッドに投げ出される。ぎゅっと抱きしめられ、深く愛される悦びに満ち震えてしまった。
その内に、どんどん熱くなって――。
「はぁ……あぁあ、んっ……」
それが甘い声となって、思わず出てしまった。
自分の声が恥ずかしくてぎゅっと手を噛むと、面白くなさそうな顔をした太郎に、それを外される。
「もっとタケシ先生の声、聞かせてよ。そんなにガマンしないでさ」
こんな鼻にかかった甘ったるい声、聞かせたくないし言いたくもない。
俺が首を横に振ると、太郎は苦笑いしながら両手を腰の辺りで固定させるべく握られてしまい、しっかりとホールドされてしまった。
「くっ……いきなりぃ、っ……んんっ……貪りすぎ、だっ」
敏感な部分に与えられる、直接的な快感に思わず腰が何度も浮いてしまい、シーツを引っかくように、無駄に足をバタつかせてしまう。
「しょうがないだろ。ずっと欲しくて、堪らなかったんだからさ。タケシ先生の喘いでる色っぽい今の姿、見てるだけでも俺、イけそうな気がする」
「そんなもん、じっと見んな、よ。バカ……はぁ、あ、あっ……」
艶っぽい笑みを浮かべ見下ろしてくる太郎を、息を切らし喘ぎながら睨みつけてやる。
「もっと気持ちよく、してあげるから――」
口元に意味深な笑みを浮かべ妖しく笑った瞬間、俺の両足を持ち上げ、強引に腰を押し進めてきた。
「っ……くっ!?」
ぞくぞくっとした快感と不快感が同時に襲ってきて、目を白黒させる。そんな微妙な表情を、浮かべることしかできないなんて。
「ひっ……くっ……」
今まで感じたことのない体の違和感が正直、なんとも言えなかった。
「うっ……太郎、苦しい…ぃ、んだけど……」
「大丈夫だから。安心してよ」
大丈夫って、いったい……。
微妙な表情を浮かべる俺に対し、一仕事を終えたように額の汗を拭い、見下ろしてくる余裕綽々の太郎。
「タケシ先生、可愛い」
「くっ、そうかい……」
「その顔、見てるだけで俺、もうメロメロなんだけど」
「ぅっ、頼むから、その……優しくしてくれ」
自分自身では、どうにもならないことにキツく眉根を寄せて、情けないことを口走った俺を見降ろす太郎は、柔らかく笑いながら顔を近づけてきて、右目尻にそっとキスを落した。
「わかってるって。大事にしてあげる、俺の愛しい人――」
言いながら俺の体が逃げないように、両肩をぎゅっと掴む。
「うう、っ……くっ……」
やがて腰の角度を変えられたとき、違和感だらけだったのに突然、それが甘い衝撃に変わった。
「はあっ!? あぁ、あぁっ……んあっ!」
「タケシ先生、可愛いい。もっと感じてよ」
俺の様子が変わったのを太郎は察して、執拗にナカを責める。
確かに、はじめはかなり辛かった。だけど太郎が自分のナカに全部入っていて、生きている証拠みたいに感じることができた、それだけでも嬉しいというのに。
(これ以上俺を悦ばせて、どうするんだ!?)
そんな文句を、心の中で言ったのは覚えてる。だが記憶があるのは、ここまでだった。