いつもバレないように心の奥底に想いを隠し、自分を偽って本音が言えないでいた。だけど太郎にははじめから、素の自分でいられた。これまた不思議なんだけど。
――出会い頭、ここにキスをされて。
病院前で出逢ったときのことをぼんやりと思い出しながら、そっと右目尻に触れてみる。
『ああ、そうだよ重病人だわ。アンタに恋をした、一目惚れだから』
偉そうな顔して堂々と告げられた告白に、驚きを隠せなかった。こんな俺の、どこがいいんだよって。
そう思った途端に呆れ果てて、素の自分で対応してしまった。
そして太郎に翻弄されまくり、いつしか抱きしめられるそのぬくもりを、心地良いと感じた。
いつも誰かが自分の横にいる――それが日常で当たり前だと、今は思ってるところがある。はじめは、不快しか感じられなかったのに。
掛け布団をぎゅっと握りしめたとき、ギギッと扉が開く音が聞こえたあとに、息を殺しながらソイツは布団の中に、ゆっくりともぐり込んでくる。寄り添うように横になり、寝たふりをした俺の右目尻に、そっと唇を押しつけた。
「好きだよタケシ先生。今日はすっげぇ嬉しかった」
ベッドの中で横になっているのに何故だか、酷く頭がクラクラする。一気に心臓が全速力でバクバクと駆け出して、激しく脈を刻み始めた。
あんな子供騙しみたいな言葉に、まんまと踊らされやがって――やっぱり、まだまだガキなんだな。
「いつも通り顔は怒っていたけど、あんなにほっぺたを真っ赤にして言われたら、俺のことを好きだって勘違いするぞ?」
「ブッ!?」
あり得ない言葉に思わず吹いてしまい、口元を押さえたが既に遅し……。
「やっぱ起きてたんだ。ここにキスしたとき、まぶたが微妙にヒクついてたから、もしかしてって思ったんだ」
太郎は笑いながら、右目尻を人差し指でツンツンと突っついた。
「で、さっきのはいったい、なにを考えて言ってくれたワケ?」
わざわざ俺の耳元で喋り、艶っぽく笑ってる様子が、声色で伝わってくる。
「……さっきのって、なんだ?」
「おまえに好かれて嬉しいって、言ってくれたじゃん。あれって、本心なのかなって」
心の中にいるもうひとりの自分が「大変だ、どうしよう」と右往左往し、慌てふためいてる様が見え隠れしていた。
恋と分類するにはまだ早いような――微妙すぎる心のせいで、見事に言葉が詰まった。苦手だったヤツが、いいヤツに昇格しただけなのに。
「おまえがとりたいように、勝手に取ればいいだろっ」
困り果てて、投げやりな言葉を吐き捨てると、ふぅんと頷く太郎。
「わかった。じゃあ病院からワセリン借りるけど……いいよな?」
「ワセリン?」
「だって、そういうことだろ。俺はそういうふうにタケシ先生の気持ち、受け取ったから」
「ちょっ……」
俺が突っ込む前に、太郎は素早く布団から抜け出て、寝室を出て行ってしまった。
これってもしかして、いきなりの展開なのでは――。
「おいおい、心の準備ができていないって……」
慌ててベッドから抜け出て、後ずさりをする。俺が太郎にあんなことや、そんなことをされてしまう!
「あ、あぁ……あり得ない、絶対に無理っ!」
想像しただけで、手足がブルブル震えた。まだ好きまでいってない、ゆえに拒否るのは当然のことなれど。
「でも我慢すれば、太郎が治療を受けてくれるかもしれないんだ……」
何気なく窓の外を見ると黒い雲の隙間から、切った爪のような形をした細い三日月が、ちらちらと見え隠れした。それはまるで自分の心のようだと、思わずにはいられない。まだ満ちてはいない形が、太郎のことを想っている分量に見えるから。
(――ほんのちょっとの好き)
胸元をぎゅっと握りしめたら、扉の開く音が耳に聞こえてくる。
「……おまたせ。あれ? 服、脱いで待っててくれなかったの?」
「何で、脱がなきゃならないんだ」
「――だって、さ」
扉を丁寧に閉めて、こっちにやって来る太郎を睨むと、意味深な笑みを浮かべながら、いきなり抱きついた。
まだ心の準備が――っ!?
「俺とエッチするの怖いの? すっげぇ震えてるけど」
胸の中が痛いくらいバクバク高鳴りすぎていて、どうしていいのかわからない。
「こっ、怖いワケ、ないだろ。なに、言って――」
太郎は震える俺の体をぎゅっと抱きしめて、後頭部を優しく何度も撫でてくれた。落ち着かせるように、ゆっくりと撫でる手のひらから伝わってくる温かさが、なんとも言えない。
「タケシ先生大丈夫だから。気持ちよくしてあげるし、痛かったら止めてあげる」
聞いたことのない、胸に染み入るような太郎の声が、ふんわりと俺の中に響き渡った。そのお蔭で震えていた体が、何故だかリラックスしていき、自然と震えが止まる。
太郎の胸の中がすごく温かくて、とても居心地が良い。