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「はーい。ちゃんとお口を開けないと、病気を見つけられないからね。そうそう、しっかりと開けててねー」
親父が経営していた内科の個人病院を引き継ぎ、アレルギー専門の小児科病院に華麗な転換をした俺、
世の中、少子化と騒がれているけれど、その一方でいろんなアレルギーを持つ子どもが、たくさんいるのも事実。ゆえにおかげさまで、病院は毎日大繁盛していた。
「すおぅせんせえ、すっごくしゃべり方おもしろい! なんかしゃべって!」
「おもしろいしゃべり方をしないと、お注射よりも先生の顔が怖いからねー」
「スミマセン、子どもが変なことを言ってしまって」
患者のお母さんが、とても済まなそうな表情を浮かべたことが、逆に申し訳なく思ってしまう。顔の前で右手を高速ワイパーのように振り、なんでもないことをここぞとばかりにアピールしてあげた。
「いいんですよ。こんなの、たいしたことじゃないですし。お子さんがこうやって、元気に笑っていることが一番です」
俺は喜んで、ピエロの役を買って出ているだけ。忙しさの中に身を置くことで、余計なことを考えないようにしている。そんな中で俺の方が、患者の子どもたちに癒されてる気がした。
純真無垢な笑顔を見るたびに、そう思う毎日を過ごしている。
「すおぅせんせえのお薬のおかげで、息をするのがすごく楽になったよ」
「そっかー、胸の中のばい菌がいなくなったからだね。でもちゃんと最後まで、出したお薬を飲んでねー」
「はぁい。頑張って飲むね、ありがとう!」
「お大事にー!」
診察室から出て行く親子連れを作り笑いできちんと見送ってから、さっきまでの診察内容をカルテに記録する。
カルテにはこれまでの病歴などが残るけど、俺の心の中は桃瀬と出逢った高校時代で、時が止まっていた。なにも上書きされない。ただの友達でいる、俺たちの関係。
桃瀬と出逢ったきっかけは、この病院がはじまり。親父が個人病院をここに開院した関係で、高校を編入したからだった。