はじめに&あらすじ
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ハァ? 聞けやコラ! 歌戦都市カシハラ、足曳vs藤花散華だって? ケッ、こんなもん読まねぇ奴は損するだけだぜ! 次元融合で生まれたクソッタレな都市に、テメェらの脳みそ揺さぶるようなド派手なバトルぶち込んでやるからな!
柿本人麻呂って奴が漆黒の機体・足曳で、そのへんの雑魚蹴散らしてんだけどよ、今回の相手は一味違うんだとよ。藤の花モチーフのコトノハ、藤花散華だって? 美しいだけで終わると思うなよ? 破壊と創造がドッタンバッタン入り乱れて、読めばアドレナリン噴き出すこと間違いなしだ!
暴走した大伴家持がテメェの心をズタボロにする準備はできてるか? 歌の力で全てを叩き壊し、感情の奔流がテメェの思考をグチャグチャにするんだ! オラオラ、覚悟決めろ!読んだら最後、テメェもカシハラの歪みにどっぷり浸かることになるだろうな! アァ? 文句あっか!?
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名負山の残影、記憶の迷宮
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カシハラの空は、今日も奇妙なパッチワーク模様を描いていた。天を抉る超高層ビルが古都の寺社仏閣を圧し潰し、デジタルサイネージの鮮烈な広告が、時代に取り残されたような木造家屋の静寂を嘲笑う。次元融合技術が生み出したこの歪な都市は、まさに人間の業が生み出した怪物だ。かつての繁栄、人々の夢、失われた過去、未来への飽くなき欲望…それらが混ざり合い、今も脈打ち、息をしている。一歩足を踏み入れれば時代錯誤の路地裏に迷い込み、数歩進めば脳髄を焼くような電子音が降り注ぐ。
この都市を維持しているのがコトノハだ。詩歌の力で歪みを鎮め、人々の心の平穏を保つ彼らは、カシハラの要石と言える存在だった。柿本人麻呂は、その中でも屈指の力を持つコトノハ使いであり、漆黒の機体・足曳を操り、カシハラの空を監視していた。
足曳は、名負山の稜線を写し取ったような美しい曲線を描き、表面を覆う菅の葉を象った装甲は、周囲の光を吸収して文字通り「隠形」となる。操縦席で人麻呂は瞑目し、深く呼吸した。都市の呻き、人々の感情、風の匂い…五感を研ぎ澄ませ、すべてを同化させるように意識を集中していく。彼の精神は足曳と完全に接続され、都市そのものと一体化していた。
「…未知のコトノハ、接近中。通信応答なし」
感情の波に浸っていた人麻呂の意識を、オペレーター・佐保姫の声が引き戻した。彼女の声は常に冷静だが、僅かに焦燥感が混じっているのがわかる。佐保姫は、人麻呂にとって頼れる相棒であり、時に姉のような存在だ。
「位置と外見を詳細に」
「高岡市街地上空、ゆっくり降下中。機体は…巨大な藤の花を模しています。外殻は美しい紫色に輝いていますが、内部のエネルギー平衡は極めて不安定。各セクターの警戒レベルを最大に引き上げてください。危険度、極めて高いと判断します」
藤の花? 人麻呂の脳裏に、儚い紫色の花弁が浮かび上がった。甘美な香りに誘われるように集まる虫たち。そして、咲き誇った後に迎える、無慈悲な衰退…。彼は危険な兆候を敏感に感じ取っていた。
足曳は静かに高度を上げる。カシハラの空は、まるで万華鏡のように歪み、ねじれている。その中心で、禍々しいほどの美しさを湛えた巨大な紫色の光が、ゆっくりと姿を現した。それは、人麻呂が予想した通り、巨大な藤の花を模したコトノハだった。優雅さと残酷さ、破壊と創造、生と死…相反する二つの感情が、見る者の心を揺さぶる。藤の花弁は光を浴びて鋭利な刃のように煌めき、無数の触手のような蔓が伸び、都市の建造物を絡め取り、いとも簡単に粉砕していく。
「目標確認。エネルギーパターンから推測…大伴家持専用コトノハ、機体名はおそらく藤花散華」佐保姫の声が、かすかに震えている。「人麻呂殿、ご注意ください。記録に残る限り、家持公は非常に繊細で、強い感情の持ち主でした。暴走状態にある可能性が高い」
通信を切ると、人麻呂は再びコトノハとのシンクロを深める。脳裏に鮮やかに浮かび上がるのは、万葉集に収められた自身の歌。言葉が力となる。
あしひきの 名負ふ山菅 押し伏せて 君し結ばば 逢はずあらめやも
あしひきの なおふやますげ おしふせて きみしむすばば あはずあらめやも
秘めたる恋情、叶わぬ想い、切実な願い…。万葉の時代から変わらない人間の普遍的な感情が、足曳の動力炉を活性化させる。菅の葉を模した装甲が共鳴し、漆黒の機体全体が微かに、しかし確実に発光し始めた。
人麻呂は深く葛藤していた。敵は、かつて同じ歌を紡いだ同胞。時代は違えど、万葉集に名を連ねる歌人同士だ。だが、藤花散華の行動はあまりにも危険だ。カシハラの安定を脅かす存在は、排除しなければならない。それは彼に課せられた義務だった。
「…大伴家持殿、聞こえますか? 私は柿本人麻呂。貴殿の行動目的を伺いたい」
何度か通信を試みるが、藤花散華からの応答は一切ない。まるで自我を失った人形のように、破壊の限りを尽くしている。
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歌の交錯、言葉の刃と感情の奔流
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「…やむを得ない」
人麻呂は、静かに決意した。彼の眼光は月の光を宿した刃のように鋭く輝く。足曳の駆動音が唸りを上げ、漆黒の機体は一気に加速、藤花散華との距離を詰めていく。近づくほどに、その異形の美しさが際立ってくる。巨大な藤の花弁は精緻な細工が施されており、一見すると芸術品のようだが、すべては敵を屠るための刃。見る者の心を奪い、油断を誘うための罠なのだ。
「足曳、戦闘態勢。菅の刃、全展開」
人麻呂の指令を受け、足曳の装甲が滑らかに展開していく。菅の葉を象った無数の刃が光を反射して輝きを増していく。その光景は、満月の光を浴びた名負山の菅の原を彷彿とさせ、幽玄で息をのむほど美しい。
藤花散華が足曳の接近に気づいた。まるで意思を持つかのように、無数の藤の蔓が足曳に絡みつこうと襲い掛かってくる。しかし人麻呂は冷静沈着に対処する。長年の経験から培われた、研ぎ澄まされた反射神経と空間認識能力で、紙一重で攻撃を回避しながら反撃の機会を窺う。
「言葉砲術、開始。第一詠唱…」
脳内で歌を紡ぎ、言葉に魂を込める。万葉歌に込められた古代の言霊の力がエネルギーへと変換され、足曳の砲門から奔流となって放出される。
「あしひきの…」
圧縮された言葉の奔流が、藤の蔓を正確に捉える。接触した箇所から紫色の花弁がチリのように散っていく。言葉は刃となり、敵の防御を削り、内部へと侵食していく。だが藤花散華の勢いは衰えるどころか、逆に増しているように感じられる。言葉による攻撃を受けたことで、機体のエネルギー平衡は更に不安定となり、紫色の光がより一層強く輝き始める。
「…増幅している? まるで傷つくことを糧に、更なる力を得ているかのようだ…!」
人麻呂は藤花散華の異常な特性にいち早く気づいた。自身の破滅を代償に、更なる破壊を生み出す、自己破壊的なエネルギーの奔流。このまま力押しで破壊しようとしても、意味がない。それどころか藤花散華を更に強化してしまうだろう。
「ならば…戦術を変更する」
人麻呂は攻撃方法を切り替える。直接的な破壊は避け、言葉の連鎖によって、敵の精神構造そのものを内部から崩壊させる。より繊細で高度な技術が要求される戦法だった。
「第二詠唱…名負ふ山菅…」
再び、歌を紡ぎ始める。今度は言葉の力を一点に集中させるのではなく、拡散させ、藤花散華全体を優しく包み込むようにイメージする。名負山の名を持つ菅。それは人麻呂にとって、故郷への愛着、土地への誇りの象徴だ。その言葉は藤花散華の内部に浸透し、その歪んだ精神構造に直接、響き渡る。言葉は記憶を呼び覚ます鍵となる。
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散華の調べ、鎮魂の歌、そして再生への祈り
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人麻呂の言葉が藤花散華の深層心理に触れたのだろう。明らかに、動きが鈍くなり始めた。藤の花弁が小刻みに震え、機体全体から不協和音が聞こえてくる。人麻呂の言葉は、その奥底に眠る本来の人格と記憶を呼び覚まそうと、静かに、そして確実に働きかけていた。
その時、ついに、藤花散華から微かな反応があった。激しいノイズ混じりの、か細く、今にも消え入りそうな声が聞こえる。
「…だ…れ…」
人麻呂はその声を聞き逃さなかった。佐保姫に無線封鎖を指示し、己の声のみを届けるよう要請する。そして慈愛に満ちた声で、優しく語りかけた。
「私は柿本人麻呂。あなたは…大伴家持殿、ではありませんか?」
「…いえ…もち…わたしは…」
藤花散華の動きが完全に停止した。機体はまるで自問自答するように、自身の名前を必死で思い出そうとしている。その姿は彷徨える魂のようだった。
人麻呂は言葉砲術を中断し、慎重に足曳を藤花散華に近づける。もはや、抵抗する様子は見られない。巨大な藤の花は、ただ静かに、カシハラの空を漂っているだけだった。
藤花散華の内部から一筋の光が漏れ出す。それはかつて大伴家持が自ら紡いだ歌の一節だった。
霍公鳥 鳴く羽触れにも 散りにけり 盛り過ぐらし 藤波の花
ほととぎす なくはぶれにも ちりにけり さかりすぐらし ふぢなみのはな
ホトトギスの羽が触れただけで、はかなく散ってしまう藤の花。その短い命を、家持は惜しみ、慈しむように歌に詠んだのだろう。だが今の彼は、その儚さを受け入れることができず、死への恐怖と拒絶に囚われている。それが暴走の原因だった。
「…わたしは…終わりたく…ない…まだ…」
家持の声は絶望と悲痛に満ちている。その叫びは人麻呂の心を深く抉る。
人麻呂は静かに、しかし力強く答えた。
「終わりは、終わりではありません。終わりは、新たな始まりでもあるのです。散るからこそ、種は大地に根を張り、再び芽吹くことができる。あなた様が遺した歌は、千年以上の時を経ても、人々の心を揺さぶり、生き続けています」
人麻呂は最後の詠唱を始める。鎮魂の歌であり、家持の魂への手向け、そして未来への希望を託す祈りでもある。
「…押し伏せて 君し結ばば 逢はずあらめやも…君と再び、巡り合うことを信じて!」
その言葉が家持の魂に届いたのだろう。藤花散華はゆっくりと光の粒子となって崩壊し始める。巨大な藤の花はまるで雪解けのように静かに消滅し、後に残ったのは、カシハラの空に淡く広がる、紫色の残光だけだった。それは鎮魂歌であり、希望の光でもあった。
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カシハラの夜明け、魂の再生
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人麻呂は慎重に足曳を操作し、地上へと降り立つ。重苦しい沈黙が彼を包み込む。敵機を撃破したことによる安堵感と、かつての同胞を葬ってしまったという深い悲しみ。相反する感情が彼の心を激しく揺さぶる。
オペレーターの佐保姫から通信が入る。彼女の声はいつもの冷静さを取り戻していた。
「人麻呂殿、お疲れ様でした。藤花散華の消滅を確認。カシハラの歪みも徐々にですが解消に向かっています。ですが…」彼女は言葉を区切り、慎重に言葉を選ぶ。「…大伴家持公の魂は、完全に消滅したわけではありません」
「どういうことだ?」
「消滅時に発生した膨大なエネルギーはカシハラの地下深くに存在する『魂の泉』へと流れ込みました。家持公の記憶と感情はそこで長い年月をかけて浄化され、いつの日か再び、新たなコトノハとして、この世界に蘇るでしょう」
人麻呂は僅かに安堵した。再びカシハラの歪んだ空を見上げる。遠くに見える名負山のシルエットが、今日の出来事を静かに見守っているように感じられた。彼は心の中で家持にそっと語りかける。
「…また、必ずや、お会いしましょう。その時は敵としてではなく、友として…共に歌を紡ぎましょう」
言葉は破壊をもたらすだけでなく、希望を生み出す力も持っている。人麻呂はその真実を信じ、足曳と共に再び空へと舞い上がる。彼の戦いは、まだ終わらない。
「佐保姫、次の任務は?」
「はい。現在、市街地北部で微小な歪みが発生しています。早急に向かってください」
「了解。…佐保姫、ありがとう」
「…お気をつけて」
空には、夜明けの光が差し込み始めていた。
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参照万葉歌
足引 名負山菅 押伏 君結 不相有哉
あしひきの 名負ふ山菅 押し伏せて 君し結ばば 逢はずあらめやも
あしひきの なおふやますげ おしふせて きみしむすばば あはずあらめやも
霍公鳥 鳴羽觸尓毛 落尓家利 盛過良志 藤奈美能花
霍公鳥 鳴く羽触れにも 散りにけり 盛り過ぐらし 藤波の花
ほととぎす なくはぶれにも ちりにけり さかりすぐらし ふぢなみのはな