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第22話 終わりよければ

 翌日、いい匂いがして目が覚めた僕はキッチンを見る。

 薄手のシャツを腕まくりして立っているイケメンをぼんやり眺めて……眺めながら色々と思い出して身もだえた。


 信じられるか? あそこで目玉焼き作ってるイケメンが恋人だなんて。


 昨夜はあの後、先輩は泊まっていった。

 泊まったと言ってもいかがわしい事は何もない。布団はベッドの下に敷いた。

 正直、泊まりたいと言われた時には多少覚悟と期待をした。このまま恋人になった勢いで一線越えるのかと。でも案外、先輩が冷静だった。

 「これ以上は今はしない」「お互いにちゃんと気持ちを整えてから」と正論を述べた人を前に「こいつ、ひよったか?」と思ったけれど……まぁ、助かった。何せ一人は慣れていても相手がいるのは初めてだ。知識はあれど経験はないので、準備不足だ。

 ってか、この人がその先までちゃんと考えていた事に驚いた。


 ちゃんと、先を考えてくれているんだよな。


 そんな事も少し嬉しく思っている。


 それと同時に、あの時朝宮が何か見せていたのは僕の自慰画像ではないんだと思った。流石にアレを見ていたらこのセリフは出ないだろう。

 ……ピュア過ぎて出ている可能性も否定しないけれど。


 そんな事を考えている間にトーストの焼ける匂いもしてくる。

 そして、布団ごしに揺り起こす手と声も。


「ミオ君、起きて。朝ご飯作ったから」


 起きてましたって言えないけれど、このまま狸寝入りも勿体ない。誰かに朝ご飯を作ってもらうなんて、嬉しいに決まっているんだ。


「おはようございます」

「うん、おはよう。今日は何限から?」

「二限です」

「同じ。じゃあ、一緒に行こうか」


 爽やかに言って、朝食がテーブルに並んでいく。トーストにベーコンエッグ、ヨーグルトと、ミニトマト。


「買ってきたんですか?」

「コンビニだよ」

「すみません」


 僕は今料理なんてできないから、冷蔵庫にはサッと食べられる物と飲み物しかなかった。

 礼を言う俺を、先輩は優しげに笑って見ている。


「俺がしたかったんだ。ミオ君にはこれから、俺が沢山作ってあげたいんだ」

「……」


 あっ、これ胃袋掴まれるやつだ。


 BL漫画や小説で沢山履修した奴で、僕は気が遠くなる。何より朝からこの甘さ、砂糖吐くわ。

 まぁ、でもこれも全部照れ隠しだって自覚出来てる時点で、もうアウトなんだよな。


 ある程度の身支度をして、ご飯を頂く。バターを塗ったトーストはサックリとしているし、塩味のあるベーコンにトロトロの卵が絡まって最高に美味しい。

 普段は菓子パン囓って終わりという自分の食生活の酷さが浮き彫りになる。


「美味しいです」

「よかった」


 嬉しそうに微笑む先輩を見て、僕も嬉しいって思えるんだな。


 食べ終わった食器を手早く洗った先輩と二人、大学へと向かう。そしてふと、先輩は僕の左手を見た。


「そろそろギブス外れそう?」

「あぁ、はい。順調らしいので今月中には。その後、リハビリです」

「そっか」


 何となく申し訳なさげな顔。それに、僕はちゃんと目を見て言った。


「治りますから、大丈夫です。先輩のせいじゃありません」


 これだけはちゃんと周知してもらわないと。

 伝えたら、先輩は苦笑して「うん」と言った。


「そうだ。治ったらデートしようよ」

「え?」


 デー、ト……?


 僕人生で一度も登場機会のなかった単語が出てきた。

 デートって、あれだ。ただのお出かけとは違う、恋人同士が互いの仲を深める為に行動を共にするもので、行き先もただの買い物からデートスポットなる所に行く奴で。


「ミオ君?」

「あ……」


 ヤバイ、衝撃が強すぎて現実逃避した。そうだよ、これからはただの買い物だって言い換えればデートって事になって。それどころか互いの家に行く事すら「お家デート」になって。

 昨日のも、もしかしたら「お泊まりデート」なのでは?


 ボン!


 考えすぎて脳みそ爆発したのを自覚しました。


 大学についてからは別行動になる。

 僕の日常はここでは戻ってきた。教室の後ろの方でのんびりと過ごす時間。そこに朝宮はいない。

 あれから、あいつが話しかけてくることはなくなった。


 そうして授業も終わって出ると加納先輩の他に三原先輩。そして何故か三原先輩に捕まった朝宮がいた。


「渡良瀬、今日の昼は部室行かないか?」

「え……」


 それって、絶対にややこしい事が待っている気がするんですが?

 とはいえここでそれをまき散らす事はもっと嫌なので、僕は提案を飲むことにした。


 映画愛好会の部屋に到着するや否や、朝宮は僕と加納先輩に向かいこれでもかと頭を下げた。


「本当にごめん!」

「あ……」


 まず、何についての謝罪なのかを明確にしろ。というのは、思いやりのない返答なんだろう。


「えっと?」


 助けて欲しくて三原先輩を見ると、彼は溜息をついて朝宮の頭を更に押した。


「ぐへぇ!」

「ようは、お前等にこいつが突っかかっていたのは、こいつの個人的な、しかもしょうもない話だったってことだ」

「え……と」


 それは何となく察していた。でなければ突然付き合えなんて言わないだろう。


「どういうこと?」

「こいつの彼女がお前のファンなんだと。それで喧嘩になって別れて、腹いせにお前等を仲違いさせようとした。ってのが、もの凄くかいつまんだ話」

「ふーん。腹立つから一発殴りたい」

「!」

「加納先輩、落ち着いてください」


 本当に、どうでもいいような話だった。


「主には加納にダメージが行けばいいと思ったそうだ。仲の良い渡良瀬が離れればお前が落ち込むだろうからって」

「何それ。やっぱり一発殴りたい」

「いいですよ、そんな事。先輩が怪我しそうなのでやめてください」


 人を殴るのにもコツってものがいるんだから。


 僕は朝宮を見て溜息をついた。

 なんていうか……結果論で物を言うのはあまり好きではないんだけれど、今回ばかりはそれでいい。幸い、今日の僕は機嫌がいいから。


「もういいよ」

「ごめん」

「いいって。ただ、もうやめろよ」


 そう言ったら、朝宮は泣きそうな顔で頷いた。


 多分だけれど、こいつは根はそんなに悪い奴じゃないと思う。短い付き合いだったけれど、二人で話している間はそれなりに楽しかったんだ。

 間に加納先輩が入らなければの話だけれど。


 何度も謝って、僕が許した事で加納先輩も矛を収めてくれて朝宮は出て行った。


「いいのか、あれで」

「ミオ君が許してるからね。俺としてはもう少し言いたいけれど」

「いいですよ。それに、これがなければ多分僕の今はありませんし」


 雨降って地固まるというのが、今回の顛末だ。


 僕のこの言いように三原先輩が片眉を上げる。そしてニヤリと笑った。


「なんだ、纏まったのか」

「!」


 言われ、ドキリとしてそちらを見たが変化はなし。嬉しそうに腕を組んだ人が頷いている。


「いつだろうかと思っていたけれど、案外早かったな」

「あの」

「ん?」

「……」


 確認、すべきなのか? 怖くて言い出せない!


「心配しなくても大丈夫だぞ、渡良瀬。加納からお前との関係について相談されていたしな。何よりあの兄がいるんだ、今更偏見とかもないよ」

「……ですか」


 そうだ、三原先輩のお兄さんは美人なニューハーフだった。


「色々と手間掛けて悪い」

「いいさ。あっ、これだけは言っておくぞ。お前達のイチャイチャに俺の実家のホテル使うなよ! 顔ばれしてるんだからな! 他の所でやれ」

「そんな予定ないってば!」


 当然の注意と言わんばかりに言われ……十分ありえたなと実感。三原先輩の実家はラブホだし、ある意味行き慣れている。そこで流石にイチャイチャは……ダメだ、無理。


 加納先輩は顔を真っ赤にして何やら抗議をしていて、三原先輩が笑いながら受け流して。そんな日常が、戻ってきた。


「あっ、でもデートはしようねミオ君。水族館とかどう? 延々とクラゲ見てられるよ」

「病んでるんですか? 先輩」

「病んでないし!」


 どうやら近々、水族館デートらしいです。


 拝啓皆々様、如何お過ごしでしょうか?

 僕には遅れていた春がきたようです。俯くばかりの青春は、どうやら今この時から色付くようです。

 これからどんな日々がやってくるのか、多少心配にもなります。でも隣には加納先輩がいるので、きっと何とかなるだろうと思っておきます。

 どうか皆様に、幸多からん日々が訪れますように。


敬具。


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