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第21話 捕まった

 拝啓皆々様、如何お過ごしでしょうか?

 僕は、ダメかもしれません……。


 適当に時間を潰してアパートに戻ってきたのは、夜の八時過ぎだった。

 大した事はしていないのに疲れる。そんな思いで部屋の見える場所に来た僕は……急いで背中を向けて一歩出た。


 どうして……なんで!


 そんな思いがグチャグチャに入り交じる僕の腕を、その人は易々と捕まえた。


「流石に、傷つくよ」


 悲しそうな落ち込んだ声がする。僕は……確かめるのが怖かった。


「どうしているんです」

「会いたいって送ったよ」

「返さなかったでしょ!」

「だからきたんだ」


 会いたくないって意味だったんだ。会えば……何かが鈍るから。


 掴まれた手を……解くことはきっとできない。案外力が入っていて、そうなれば僕では敵わなくて。だから分かる。今までは凄く、丁寧に触れられていたんだ。


「ミオ君、話がしたい」


 そう言った人を、僕は本当には振りほどけないんだ。


 部屋に入って、先輩を家にあげて。僕は居心地が悪くてたまらない。拒んだぶん、何を言われるか分からなくて怯えている。恨み言の一つや二つで済めばよし。もっと、罵られるかもしれない。

 そんな思いで背を向けていた僕の背中が、不意に温かくなった。


「ごめん、ちょっと……あぁ、もう……情けないな、俺」


 そう言いながら、合間にグスッと鼻をすするような音も聞こえて、僕は責められたほうがずっと楽だと分かった。

 泣かれるなんて、流石に思っていなかった。


「僕が悪いですよね」

「違うよ、俺が……何か、したんだよね」


 違う。僕の秘密を知られて、貴方から軽蔑の目で見られるのが嫌だったんだ。慣れない気持ちに流されて、いつ来るか分からない自然消滅が怖くて線引きしたんだ。

 全部、僕が弱いから。


 背中が温かい。ゆるく抱きしめられたまま泣かれている僕は動けない。この熱が、心地よいと思えてしまう。

 この血迷った思いを消したくて離れたのに。


「……先輩は、何も悪くないです。僕が全部悪い。貴方と過ごす時間が楽しくて、ついつい居座って……その裏で、この時間はいつか終わるんだろうかって思って」


 それを、言葉で伝えられるのが怖くて逃げたんだ。


 でも先輩は僅かに動く。首筋に髪の毛が当たってちょっとくすぐったい。


「終わらないよ」

「え?」

「終わりたくない。ミオ君の側にいたいって、思うのにどうして? 友達って、言ったのに」

「それは……」


 友達ではいられなくなりそうだったから。もう少し内側に、入れてくれそうな雰囲気だったから。それを、受け入れてしまいそうだったから。


「友達じゃ、ないですよ」


 もっと、近くがいいんです。手を伸ばせば、触れられる距離に。


「……俺の事、嫌い?」

「嫌いじゃありません」

「友達じゃダメ?」

「……ダメです」


 もうそこにいられないんだ。


 下ろしている右手に力が入る。握り込んで、出そうになる言葉を飲み込んでいる。それは酷く重くて苦しくて、窒息しそうな感情だ。


「じゃあ、恋人はダメ?」

「え?」


 不意に弱く問われて、思わずそちらに振り向いた。

 先輩は目に沢山涙を溜めた、情けない顔をしていた。それでも格好いいのは反則だ。

 いや、そうじゃない! そこじゃなくて、今、なんて?


「あの……」

「好きだよ、ミオ君」


 なんの……


「冗談」

「違う」

「じゃあ悪趣味な悪戯」

「そんなに酷い人間じゃないよ」


 それは分かってるよ。


 じゃあ、本当だっていうのか? このイケメンが……本気って分かる赤い顔で、目に涙を溜めて言っている。


 これは、夢……か?


「なんで」

「最初は、強い君を尊敬していた。次に、一緒に居て楽しかった。映画の話とか、本の話とかして、何でもない会話をして……でも今は違う。ミオ君は強いけれど、弱い部分もあって。そんな君を、俺は一番側で支えて、二人で歩いていきたいって思ったんだ」


 目が合っている。嘘じゃない。肩を優しく掴まれ、振り向かされて。そうして真正面に見た先輩に余裕らしきものはない。


 本気、だ。夢じゃない。


 喜ぶ僕もいる。でも素直に喜べない僕もいる。一時の気の迷いだって。


「僕じゃ無理ですよ」

「どうして」

「根暗でオタクで陰キャで、僕は空気ですよ。居ても居なくてもいいような存在です。日陰で生きていくのがらしいって自分に言い聞かせて……そう、なっていたはずで。なのに突然貴方が僕の前に来て明るい方に手を引くから。僕は……勘違いして貴方の隣が当たり前みたいな気持ちも少しあって。でも所詮日陰で! 自分に、自信なんて持てません。貴方の優しさに、僕は返せません」


 言い訳だって分かっている。でもこれが僕の本心でもある。

 僕は自信がない。この人の隣に立つ自信が。恋人だって言ってくれて、それを肯定する自信がないんだ。


「人目だってあります。貴方の隣に並ぶのがこんな陰気な眼鏡モブじゃ格好つかないでしょ。友達だってギリギリアウトかもしれない。そんな僕が恋人になんてなれない。僕は!」

「それは、所詮他人の目だよ」


 スンとした静かな目が僕を見ている。迫力のある、何処か暗い表情。それを見ると怖くもある。

 先輩は僕を正面から見据えた。


「ミオ君は可愛いよ」

「眼科行きますか?」

「酷いな……俺は、可愛いと思う。しっかり者なのに、ちょっと抜けてる所もあって。そんな時、顔が赤くなる。嬉しい時もそっぽ向きながら、耳が赤くなってる」

「!」


 そんな、所……見られていたんだ。


「俺こそミオ君に似合わないよ。年上だけど全然ちゃんとしてないし。情けないし。君に助けと求めるくらい弱いし。本当に、情けなくてたまらない」

「……同情とか、罪悪感で好きって言われてませんか?」

「言わないよ、流石に。気づいて意識したのはあれくらいだけれどね」


 苦く笑った人は目尻を下げている。手が伸びて、頬に触れた。すりっと伸びた長い指が耳の後ろに触れる。

 一瞬、ゾクリとした。


「今は、エッチな顔をしてる」

「!」


 驚いて身を引こうとした。でも、捕まった。この人は案外身体能力高いのかもしれない。そもそも、コンパスもリーチも違うけれど。


「気持ち悪いですよね。すみません」

「なんで? 凄くドキドキするよ……本当はね、坐薬の時もちょっと……俺、ダメだって思ったんだ」

「は?」


 坐薬って……貴方平気な顔で作業みたいにやってましたよね?

 え? 意識してたってこと? それで敢えて作業って感じでパッと終わらせて……その内心って、どうなっていたの?

 ドドドドドッと心臓がなる。想像したらなんか……興奮というか、混乱というか、動悸がすごい。


「見たらさ、変な気分になる気がしてサッと終わらせてたんだけれどね。本当はちょっとドキドキした」

「え……と。でも、凄く慣れてましたし!」

「叔父さんも苦手なんだけど、仕事柄怪我とかもあってさ。慣れてるは慣れてるよ。でも流石に叔父さんの尻見て興奮はしないし」

「それはそうですね!」


 疼痛薬って必要な人多いよね!


「それに、修学旅行とかで男同士で風呂入ったりもして、裸とか見てるけれどドキドキはしなかった。だから、どうしてミオ君はこんなに変な気分になるんだろうって、最初分からなくてさ」

「……分からないままでよかったんですよ」


 体が熱い。耳から溶けてなくなる。静かな、すこし熱っぽい声で言われている。声が甘くて、表情も甘くてドロドロになりそう。

 だってそれは、特別だって言ってくれているでしょ? 僕だけだって、いうことでしょ?

 そんなの、嬉しくて泣きそうだ。


 先輩の手が伸びて、頬を撫でる。サラサラの手が僕に触れている。


「泣かないでよ」

「泣かせたの先輩です」

「嫌かな? 俺はミオ君が好きだよ。これからもずっと、側にいてほしいよ」

「っ! これ以上泣かせないでください」


 なにこれ、無限に涙出る。壊れたみたいに。

 でも、分かるよ。僕は今嬉しいんだ。心臓がドキドキして、胸の辺りがギュッと締め付けられて、ジンジン痺れて息が苦しいくらいで。


「いいん、ですか? 僕みたいなのが、誰かを好きになって許されますか? ウザいって……調子乗ってんなって、言われませんか? モブのくせにこんなっ! 王子様みたいな人の隣に居て草って言われませんか?」

「そんな事言う訳ないでしょ? 寧ろそんな事言う奴は許さない。俺のミオ君はとても頑張り屋で強くて、可愛くて、ツンデレで……とても寂しがり屋のいい子だよ」


 ……もう、夢でもいい。ご都合だって構わない。何夢見てんだよウザいって言われても耐えられる。


 目の前の人の胸に、素直に縋った。背中に回った腕がしっかりと僕を抱きしめてくれる。他の誰でもない、僕の事を。それだけでもういいよ。


「好きだよ、ミオ君」

「僕、も……好きです」


 やっと言えた言葉が、胸の苦しさを流してくれた。


 抱きしめられたまま少し距離があく。近付く先輩の唇が重なって……ちょっと不器用だったのも笑った。触れるだけなのに嬉しくて笑う僕を、先輩も嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。


敬具


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