拝啓皆々様、悲しい報告です。
そろそろこの関係は、清算すべきなのかもしれません。
加納先輩と朝宮の初対面の翌日。今日も今日で絡まれているわけだ。
「なぁ、澪って加納先輩の事好きなの?」
席を自由に選べるという事は、同時に好ましくない相手が隣に来ても拒めないわけで。
勿論「嫌だ」とは言っている。だがそれを無視され、そのタイミングで講義が始まると動くに動けない。そういう感じで朝宮は隣に来るんだ。
「友人です」
「あの先輩はそんな感じしなかったけど?」
「何もありませんよ」
そう言いながら、昨日の先輩を思い出す。
不安そうにしていた。それと、焦りとも苛立ちとも言えない妙な感じ。
「貴方こそ、先輩に突っかかってましたよね?」
問うと、彼は嫌な感じで笑った。
「俺、嫌いなんだよねあの感じ。女の子好き放題選べるのに、全部はぐらかしてるっていうか。何様? みたいな」
「は?」
何も知らないで好き勝手を言っているのはこいつのほうでは?
思わず睨んでしまうと、朝宮は驚いた顔をした。
「それに澪だって巻き込まれたんだろ? それでそんな怪我までして、いい迷惑じゃん」
違う、これは……勝手に手が出たんだ。だってあのタイミングで無防備に殴られていたら本当に大変な怪我をした。あの時僕は見えていたし、犠牲にする場所は選べた。先輩に比べれば余裕があったんだ。
何より先輩は自分から誰かを誘ったりはしていない。普通の人と同じ対応をしているにも関わらず厄介な事になって……だから、あまり友人も作ってはいなくて。
僕はそれを知っているから、あの人が一概に悪いとは思わないんだ。
「澪?」
「名前呼んでいいなんて言ってない」
「え? いやいや、友達っしょ」
「友達になんてなった覚えない!」
思わず大きな声が出て、そうしたら辺りがザワついた。教授すらびっくりした顔をしている。
その空気と、朝宮に耐えられなかった。
プリントやノートを置き去りのまま、僕は鞄一つを掴んで逃げるように外に出た。シンとした校内は人もまばらで……僕は訳が分からなくて頭を抱えたくなる。
どうしてそっとしておいてくれないんだ。そうしてくれればこのまま……友達という関係でいられるのに。なんでわざわざ恋愛へと持っていかないといけないんだ。
今が心地良い。友達でいいから、側にいられる今がいいんだ。自分の気持ちなんていくらでも殺せる。そうして見ないようにしていればきっと……先輩が大学を卒業するまではいられると思う。
でも掘り返されたら無視出来ない。波立たせるような事を望んでいない。
「澪!」
後ろで声がする。僕は無視して逃げた。
所詮、根暗オタクの僕に賑やかな場所は似合わないんだ。流す方法も分からないんだから。
◇◆◇
それでも今日は三限がある。適当に時間を潰して、昼の時間も少し過ぎたくらいに大教室の前に来たら声が聞こえた。
「どういうこと? ミオ君に近付くなって」
「!」
先輩の声がする。それを追うように違う声がした。
「そのまんまだけど。アンタと一緒にいて、澪は怪我したんじゃないか」
朝宮の声に、僕は反論がある。
でも今は声を上げる気力がない。
「そうだね」
「迷惑なんだよ」
「それは君が決める事じゃないよ」
「澪は気を遣って言わないだけだし」
「ミオ君は、ちゃんと自分で言えるよ」
静かな先輩の声がする。僕を肯定する声が。
でも、僕はそんな明瞭な人間じゃない。もっと狡くて……このまま、なあなあにしようとしている訳で。
「君こそ、ミオ君の何を知ってるの?」
「アンタこそ知らないの? 澪の秘密」
「!」
その「秘密」に心当たりがある。
僕はそちらを見て……朝宮がスマホを加納先輩に見せているのを見て……終わったと感じた。
「ミオ君!」
「澪!」
「っ!」
どうして、放っておいてくれないんだ。
どうして……どうして!
人前で泣きたくなるなんて……目頭が熱くなるなんて、屈辱だった。
でも、これでいいのかもしれない。
先輩にも知られた。でもその原因は僕が作った軽率な行動だ。そもそもの原因が僕にあるんだから……朝宮ばかりを責められない。
あんなの見て、幻滅しただろう。嫌になっただろう。純情な先輩は、はしたない僕を淫乱だと思うだろう。
それならもう、終わりにしてしまおう。
逃げるように大学を出て、そのままあてもなく歩いて、駅前の大型書店に理由もなく長居した僕は一人の部屋に戻ってきた。
ガランとした、冷たい月明かりだけの部屋。
「っ……!」
馬鹿みたいだ、全部。
ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めたまま僕は後悔している。
首を突っ込んだ事、同情したこと、関わった事全部。
全部、全部全部全部!
忘れてしまおうと思う……。
それでも涙は出るもので、僕が悪いんだって罵って……気づいたら朝になっていた。
こんな時、どうするのが正解か。勉強よりも先に学ぶべき気持ちってものを切り捨ててきた結果が、これなんだと思う。
敬具