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第18話 無自覚ほど手の悪いものはない

 拝啓皆々様、僕の悩みを聞いてください。

 最近、自分の事が分からなくなってきました。


 先輩の家に泊まった翌週、何故か隣には朝宮がいます。


「……なんで」

「え? 別に席自由だし、いいだろ?」

「よくない」


 睨む僕などまったく相手にしない朝宮は当然のように授業を聞いている。僕はしばらく気にはなったけれど、そのうち馬鹿馬鹿しくなって気にするのをやめた。


「なぁ」


 不意に話しかけられるが無視。構えば構うほど近付いてくるタイプだろうから無視していればそのうち……。


「男同士ってどうやんの?」

「!」


 無神経&場にそぐわない話題に思わず凝視した僕を見て、彼はニヤっと確信犯の顔をする。


「知らない」

「本当?」

「どうして僕が知っている体で話をするんです」

「詳しそう?」

「どこが!」


 ヒソヒソ声ながらも抗議するも、相手はこちらの話を半ば聞かない輩だ。正直頭が痛い。


「渡良瀬ってさ、博識そうじゃん? それにあの先輩と付き合ってたんでしょ?」

「博識というわけではありません。それと、先輩とは偽装です」

「仲いいじゃん」


 そう言われて……何て答えていいか分からなかった。

 仲が良いと、言っていいのかもしれない。少なくとも友人ではある。よく夕飯をご馳走になり、映画を見て……仲は、いい。

 けれどこれを否定する自分もいる。そんな事はないと壁を置いて、自衛したいんだろう。

 それに……。


「罪悪感だよ」


 これも一つあるんだ。

 あの人は優しいし、責任感はある。自分のせいで僕が怪我をした、これを負い目に思っている。だからこそサポートしたり、夕飯食べさせてくれたり。ある種の同情のような、そんなものなんだろうと思う。

 これを好意だと取ったら、後々きっと虚しい。


 俯いた僕を見て、朝宮はそれ以上何も言わなかった。



 講義が終わって昼食時。出てきた僕をいつものように加納先輩が待っていた。そして、当然のように隣にいる朝宮を見て首を傾げた。


「ミオ君、お疲れ。そっちは?」

「あぁ」


 何て説明しようか。先週ある程度話したから話は通じると思うけれど。

 なんて思っている間に朝宮の方が前に出て、加納先輩を少し睨み付ける感じで笑った。


「初めまして。渡良瀬の彼氏の朝宮海李です」

「え?」

「!」


 思わぬ自己紹介に僕は固まった。

 でもそれ以上に、加納先輩が固まった。信じられない顔で、驚きよりも……ショックな?


「そう、なんだ。ミオ君?」

「違います! 前に話したじゃないですか、突然告白してきた奴がいるって。それが」

「へ~ぇ、俺の事話してくれたんだ」


 ニヤリと嫌な笑い方をして、あからさまに肩なんて組んできた朝宮が何を考えているのか分からない。そしてそんな僕達を、加納先輩は冷たい目で見ていた。


 ゾクリとする。こんな顔、見た事がない。加納先輩はいつも明るくて、優しくて……だからこそ、こんな負の感情なんて知らないんだ。


 不意に先輩が手を伸ばして、僕の右手を掴み少し強く引き寄せる。トンとぶつかるように先輩の腕の中に入った僕は……心臓が飛び上がってしまっている。


「ミオ君、困ってるよ」

「困ってませんけれど?」

「君、勝手なんだね」

「それを言えば今の先輩だって随分と強引じゃないですか」

「っ!」


 グッと、少し強めに腕が回った。

 この状況を、僕は履修済みだ。BL漫画とかである受けの取り合いみたいだ。

 壁としてなら。空気としてなら萌える! こういうマウントの取り合いって好きだ。

 問題がこの二人、モブの僕を巡ってこれを展開しているってこと!


「あの!」


 思わず声を上げた僕を見て、先輩はパッと手を離す。僕は顔が熱くて、どんな顔をしているかも分からない。


「ご飯、行きませんか?」

「あぁ、うん。そうだね」


 慌てた先輩の顔も心なしか赤い気がする。そういうの見ると、僕は何かを勘違いしそうになる。


「渡良瀬!」

「悪いけれど、僕は行くよ」


 慌てた朝宮が引き留めようとしたけれど、僕は先輩についていく。やっぱりこっちがしっくりくるんだ。


 学食に入ってご飯を食べていても、先輩は心ここにあらずな様子でいる。それを見て、僕も何処か落ち着かない気分だ。


「あの」

「あぁ! ごめん、なに?」

「……いいえ」


 慌てて返してきて。そんなにさっきの事、気になるんだろうか。


「……あのさ、ミオ君」

「はい」

「さっきの子と、何もないよね?」

「何も、とは?」


 そもそも何があるっていうんだ、このモブに。

 でも先輩は本気で気にしている様子でこちらを見てくる。一度眼科を勧めるべきか……案外猫カフェとかで癒やしを提供した方がいいか?


「あるわけないでしょ。僕はモブ陰キャです」


 呆れて言えば手が伸びてくる。真っ直ぐに、こちらを見てくる目と合うとドキリとする。


「ミオ君は、可愛いよ」

「……」


 だから、そういう事を言わないでほしい。こっちは! ……この血迷った思い込みを早く消したいのに。

 貴方に好かれているかも、なんていう幻想を消してしまいたいのに。


「眼科、行きますか?」

「ひどい!」


 即座に返ってくるこの反応こそ先輩だ。これなら長く付き合える。

 でも、僕はどうしたいんだろう。もう自分の中に色んな自分がいて、どれが本当か分からなくなっている。


 自分の事が自分で分からない不安と混乱と苛立ちで、内心はグチャグチャなんだ。


敬具


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