拝啓皆々様、如何お過ごしですか?
僕は何に巻き込まれているのか、最近分からなくなってきました。
朝宮から突然裏垢について聞かれた僕の内心はグチャグチャだった。
彼はその後も暫く聞いてきたし、最終的に「絶対これお前だろ!」と言ったので無視した。
そもそも顔も映っていないのにどうして僕だって分かったんだ? 意味が分からない。
それでも動揺はしている。それは昼食時、目の前の人にまで分かってしまうくらいだった。
「どうしたのミオ君。機嫌悪い?」
「……別に」
余程ムスッとしていたのか、加納先輩は目を丸くしている。最近この人とご飯を食べるのが日課になっている。
実際助かるのだ。何せ片手では学食のトレーを持つ事ができない。この人に運ばせるというのも悪い気はするが、当人は嬉しそうなのでお言葉に甘えている。
「何かあった?」
「少し人に絡まれまして」
「え? 大丈夫? 変な人?」
それをこの人が聞くのか。
そもそもの始まりはこの人なんだよな……と、今更水に流した事を思ってしまう自分の狭量に溜息が出る。それにも先輩は反応した。
「見ず知らずの同級生に、突然交際を迫られたんです」
「え!」
「っ!」
思わぬ大きな声にこちらが驚いた。そして先輩自身も驚いて、恥ずかしそうに小さくなった。
「どうしたんですか」
「いや、あの……OKしたの?」
恥ずかしそうにこそっと聞いてくる。凄く周囲を気にしながらだ。
それにしてもその質問自体、まったくあり得ないでしょうに。
「まさかですよ。そもそも僕は相手の名前すら知らなかったんです。そんな相手とどうして交際できるのですか?」
まして、脅してくるような相手なんてごめん被る。
「そうだよね!」
僕の返答を聞いて、先輩は何故か表情を明るくしほっとした感じになった。
この人も本当になんなのだろう。
「今日はこの後、講義は?」
「ありませんが、まだレポートなどが残っているので愛好会の部屋を使わせてもらえたらと思っています」
それというのもあのサークルは居心地がよく、先輩方の面倒見もいいのだ。
基本、三原先輩はほぼ毎日いる。とはいえ人が来なければ四時くらいに部屋を閉めてしまうのだが。
それを皆が知っているから、暇ならサークル部屋に来て話をしている。
僕は最近そこに混ざってレポートなりをする事が増えた。
基本先輩達は面倒見がよく、僕の怪我の事を知っている。だからかレポートに良い資料や教授の好む傾向、読んでの添削などを手伝ってくれる。おかげで残すところレポート二つだ。
「俺は三限あるから、終わったら部室行くよ」
「一人でも帰れますよ」
「だーめ」
言いながら、先輩が手を伸ばしてくる。そうして僕の前髪に触れて、顔色を見た。
「また、あまり顔色良くないよ。ちゃんと食べてる?」
「カップ麺とかコンビニ弁当とか」
そう言ったら、先輩はギュッと眉根を寄せて厳しい顔だ。
だって仕方が無いだろ。流石にバイトを辞めたんだから切り詰めないと。
幸いな事に治療やリハビリのお金に加え、慰謝料込みの示談金を母がふんだくった。これらを家賃や生活費に充てているのだが、流石に半年バイトに行ける目処が立たなければ止めざるを得ない。
大将は事情を知って惜しんでくれたけれど、それとこれは違う。僕が辞めればその分人を補充できるんだから。
家賃は削れない。水道光熱費だってほんの少し。一番削れるのは食費だが、片手では料理もままならない。結果、カップ麺やおにぎりが増えている。
「明日休みだから、俺の家おいでよ。泊まっていかない?」
この誘いを、僕は躊躇った。昨日何かを自覚したばかりだ。
「……ご迷惑ですし」
「俺が寂しいよ。ミオ君、素っ気ないんだもん」
「これが普通です」
指が僕の髪を撫でる。多少髪で遮られている視界の、その先にいるのはこちらをジッと見る先輩の顔。
嬉しそうなのに、少し寂しそうな表情だ。
「駄目かな?」
「……ご飯だけです」
「うん」
こんな事で嬉しそうにされて、僕に何を求めているんだよ。
正直、貴方の気持ちが分からない。
レポートを無事に一つ提出して、先輩に連れられてスーパーへ。そこで今日の夕飯の買い物をした。
「今日は元気が出るカツ丼です!」
エプロンを着けた先輩は手早く米を炊いて、次に厚切りの豚ロースの筋を切って塩とコショウで下味をつけていく。
本当に手慣れている。
「どこで料理を習ったんですか?」
作業を見ながら問いかけると、先輩はニッと笑った。
「父さんが教えてくれたんだ」
「お父さんですか」
お母さんではないのがちょっと意外だ。
そういえばハーフだって言っていたな。
「お母さんが海外の方ですか?」
「そう。忙しい人でさ。今も時々連絡するけれど、毎回居る場所が違ってる気がするよ」
「そんなに多忙なんですね」
キャリアウーマンなのだろうか?
「まぁ、そういう忙しい家ってのもあって、俺は叔父さんのところにきたんだけれどね」
なんて、何処か遠い目で彼は言った。
何となく、踏み込んでいいか分からない。そもそも僕は家庭の事情に踏み込む程、この人と深く関わるつもりなんだろうか。
……多分、そうしない方がいい。距離を置きたいなら余計にだ。
目の前で黄金色のカツが揚がって、美味しそうな音を立てている。それで作るカツ丼はとても贅沢で、温かい味がした。
「映画見よう!」
「いえ、帰りますよ」
「むぅ、もう九時だよ。泊まろうよ」
「いや、僕の門限何時に設定してるんですか」
中学生じゃないっての。
でも先輩は不満顔でブーブー言っていて、まるで駄々っ子だ。こうなると僕も面倒で……どうせ誰もない家に帰るんだと思うと腰が重くなって居ついてしまう。
ソファーに座って映画を見ている間に知明さんも帰ってきて、三人で映画を見て。
駄目だ、これに慣れたら僕は……。
「ミオ君、いっそ一緒に住めばいいのに」
「え?」
思わぬ言葉に驚いてそちらを見たら、先輩は案外真面目な顔をしていた。
「俺は、大歓迎なんだけれどな」
「……冗談が過ぎますよ」
言いながら、動揺する自分がいる。
僕はどうしたいのか。どうすべきなのか。そんな事を考えさせられる、そんな夜となった。
敬具