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第15話 腐は遺伝する

 拝啓皆々様、如何お過ごしですか?

 僕は、人間って順応する生き物なんだな……を実感しています。


 初日にあれだけ抵抗した坐薬等ですが、同居三日目で慣れました。なんか、はい。諦めたらそこから楽になるというか、所詮介護される側と介護している人でしかないって分かったら無になりました。おかげさまで快適です。

 現在同居五日目。明日、母がこちらに来るそうです。


「予想以上に長居をしてしまってすみません」

「そんな事気にするな」


 今日は知明さんも一緒に夕食を食べている。そして「俺料理上手いよ」と言っていた通り、先輩はとても料理上手でした。

 顔良し、性格純粋で明るく人懐っこい、家事スキル高い。どこにお出ししても恥ずかしくない完璧な嫁です。


「って事は、明日からミオ君家に帰っちゃうの? 寂しぃぃ」


 駄々をこねるような先輩はポジション何処を狙っているのでしょう。そして僕のポジションは何処? ペット?


「彰、お前もう少ししっかりしろ」

「だって、同居生活楽しかったんだもん」


 ムゥゥっとしている先輩も少し慣れました。

 でもまぁ、僕も楽しかった。こんなに他人から気遣われる事なんてないから、恥ずかしかったけれど嬉しくもあったのだ。

 同時に、何とも思ってないからできるんだろうなって思ってしまうけれど。


「明日、母が挨拶したいそうなのですが」

「あぁ、聞いている。明日は半休入れたから大丈夫だ」

「わざわざすみません」

「こんな事でも無いと堂々休めないからな。寧ろ助かるよ」


 今回何かと手を貸してくれた知明さんには感謝しかない。


「大学復帰はいつだっけ?」

「来週には。痛みも大分コントロール出来てますし」


 今日病院に行って経過を診てもらった。概ね良好で大学に行きたいと言ったら「様子見ながら」と言われてきた。

 当然ギブスが外れるわけもなく腕は吊ったまま。左手を動かせない状態ではあるけれど。


「凄く腫れたけれどちゃんと引くんだね」

「パンパンのハムみたいでしたね」

「色も変わるしさ。見てて心配になったもん」


 骨折三日後がピークだった。当然先輩はオロオロしながら「大丈夫!」を繰り返す何かになるし、僕は痛くて苛つくしで散々だった。


「それにしても、ギブスが外れるまで二ヶ月程度。その後からリハビリだからかなりかかるな」

「そこは僕も予想外でした。でも、説明を受けると納得です」


 動かない筋肉は衰える。だが動かすと骨折は治りが遅くなる。ギブスを取った後、衰えた筋肉を戻すためのリハビリがあるそうだ。完治までは早くて半年。高齢者などでは一年くらいかかるそうだ。

 怪我はしないにかぎるな。


「大学でも補助するからね」

「無理しなくて大丈夫ですよ」


 一人なら一人なりに何とかする……とは思うけれど、手があるのは助かるので「お願いします」と素直に言っておいた。


 加納家での最後の夜、徐々に見慣れてきた天井をぼんやりと眺めていると先輩の声がした。


「ミオ君、起きてる?」

「はい」

「……また、お泊まり会したいって言ったら嫌?」


 抑えた声でそんな事を言う人の心中を、僕は察しかねる。好意はあるのだと思う。あと、多大に負い目。

 悪いのが、僕にも多少の好意があるってことだ。


「不謹慎だけど、ここ数日楽しかったんだ。誰かとこんな風に長く一緒に居たことなくて……頼ってもらえる事って、普段少なくて。だからかな、凄く嬉しかったんだ」

「本当に不謹慎ですね」


 言ったら途端に「ごめん!」と返ってくる。そこまで全部想像通りだ。


「……ミオ君、これからも俺と友達でいてくれる? もう偽装彼氏なんてしなくていいけれど、友達として」


 そう、不安そうに聞いてくる人は今どんな顔をしている? 情けない顔? 懇願顔?


 でも……そうか。もうストーカーはいなくなったから、偽装彼氏なんてしなくていいんだ。そうしたらこの関係は解消されて、僕はまた日常が……無味無臭な日々が戻ってくる。


「……友達ですよ」

「うん」


 僕も、今更戻りたいって思えなかった。無味乾燥な日々を望んでいたはずなのに、一度こんなに賑やかになったら元には戻れないなんて。


 先輩は嬉しそうな声で頷いた。僕は……案外複雑だっていうのに。


◇◆◇


 翌日、母は菓子折を持って加納家へと迎えにきてくれて、丁寧な挨拶をしている。


「澪の母で渡良瀬琴音と申します。この度は息子が大変お世話になりました」

「いえ、こちらこそ彰が大変なご迷惑をおかけし、更には大切なご子息の怪我の原因も作ってしまいました。申し訳ありません」


 大人同士の会話だな、という感じがあるし、互いに悪感情はないがちゃんと謝罪なりはする。そんな様子を母の隣で見ている。


「気にしないでください。甥御さんに怪我が無くて良かったわ」

「彰にもしっかり言っておきますので」

「いえいえ。寧ろ澪を振り回してくれて親としてはほっとしております。この子ったら、放っておいたら全部自分だけで完結させてしまうんですもの。こちらにきて友達ができているか心配していましたわ。ですから、良ければ今後もこの子をお願いしますね」


 そう、母はにっこりと先輩に向けて笑みを浮かべる。それを見て、先輩は嬉しそうに笑って頷いた。


 母は今後、加害者家族との顔合わせや代理弁護士を立てての証文の取り付け等を僕に代わって行ってくれる。その場には知明さんも被害者家族として同席するとの事。

 何にしても未成年の僕の役割はほぼ終わった。


 数日ぶりに戻ってきたアパートはガランとしていて……どこか寂しげな感じがした。


「あんた、本当に何もないわね」

「そうだね」


 思えば先輩の家は色んな物で溢れていた。生活感があったのだ。

 それに比べ、僕の部屋は簡素。私的な物は本棚とクローゼットの中で、テレビなども無ければ妙に片付いている。


「あ! 私の新刊買ってくれたの!」


 ふと声が部屋の中でして、見れば母が僕の本棚を漁っている。

 またか……と思うものの、これも慣れた日常なので動揺しない。


「今回も良かったよ。王子が性癖」

「わかる~。スパダリ攻めはどれだけ居ても需要あるよね」

「強いて言うなら受けはもう少し強くても良かった」

「今回は編集さんが『可愛い子でお願いします!』って言うんだもん」


 ……この会話からもお察しだろうが、母は腐女子でBL小説作家だ。遺伝とは恐ろしい。

 だが僕が腐った理由は母ではない。

 高校受験後、結果が出るまで僕は酷いストレスに晒され、本屋に入って手当たり次第好きだと思う絵柄の本を買いあさった。

 ラノベ、いせファン、ハーレム系。あれこれあった中にBLがあり、一番はまった。

 この頃の僕は自分に対して違和感もあった。主に思春期にある性的な目覚めだが、その方向性が世間一般とズレていると感じたのだ。

 そしてその答えをBLで見つけてしまった。

 男女のイチャイチャよりも男同士の恋愛にときめき、興奮を覚えてしまった。

 動揺……はしたが、世にそのような性癖が認知されつつあるのもあって「そっか」という感情に落ち着き、同時に自分にはこのような恋愛は巡ってこない事も理解した。

 隠そうと思い、今も隠して居るのはこういう事だ。


 ただ幸いな事に母がこっちの道の人だと後日知ったので、身近に相談出来る人がいた。驚かれたが受け入れもしてくれたし、話もできた。そして僕は母の小説のアドバイザーにもなれた。


「そういえば、今日の子……彰くんだっけ? すっごいイケメンで良い子そうじゃない! どう? どう!」

「いや、どうって……」


 何かを期待されているけれど、何を期待するんだ。

 キラキラな目で鼻息荒く迫ってくる母がちょっと怖い。


「何もないよ」

「ぶー。あんた的な感情は?」

「騙されやすそうなので詐欺に気をつけてもらいたい」

「確かに! って、そうじゃなくてさ」


 ……良い人だよ。僕にも優しいし、そこに裏とかもないし。誘い出してくれて、ちょっと犬みたいで、わりとピュアで。

 だからこそ、いつか素敵な恋をして……社会人数年目とかに幸せそうな結婚式の招待状とか貰って、いい思い出に蓋をしたいんだ。


「澪?」

「なんでもないよ」


 やっぱり、寂しいは怖い。知らなければよかったという思いもある。それはどちらかといえば明るくて、賑やかで、優しいもの。そういうものに一度触れたら、寂しさはよりいっそう深くなっていくんだ。


敬具


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