拝啓皆々様、如何お過ごしですか?
僕は羞恥心との戦いを強いられています。
食事も終えて現在二人きり。妙な気まずさがあります。
「そういえば、風呂どうしようか」
「あ……」
不意に問われ、僕は悩んだ。正直に言えば入りたい。それというのも髪の毛とかけっこう気持ちが悪い。
けれど不用意に体を温めれば痛みが増すのは分かりきっている。骨折直後でもあるのだし。
何より食事以上に風呂というのは、両手が使えないと不便だ。
「俺、手伝うよ?」
「え!」
思わぬ言葉に先輩を凝視してしまう。そして、途端に込み上げる感情がある。
先輩に、この貧相な体を見られる?
風呂なのだから、シャワーだとしても僕は全裸。腰にタオルを巻くことを許されたって隠せるのはごく一部。明らかに細い腰とか、薄っぺらい胸板とか見られる。
嫌だ、穴掘って埋まりたくなる!
「あの、一人で」
「片手使えないのに? 不便だし危ないよ。滑って変に手をついたらまた折れたり体痛くするかもしれないし」
「でも!」
貴方が無駄にいい体してそうだから余計に嫌なんですよ!
先輩は本当に綺麗な……多分モデルみたいな体をしている。見ていないから詳細は分からないけれど、肩幅もあって胸の厚みも嫌らしくない程度にはある。腹筋細いのに硬いんだよな。あと腕とかけっこういい筋肉してた。
その体を前に、もやしのような自分の体を晒せと? 切腹していいだろうか?
「そうだ! ついでだから俺も入ろう。シャワーの方がいいよね? 長湯とか、痛くなるかもだし」
「一緒に!」
ってことは、脱ぐつもりですか貴方! やめて、目を何処につけていればいいか分からなくなるから!
って言って、聞いてくれる人ではない。分かっていた。さっさと脱ぎ始めていて、予想通り良い感じに割れている腹筋がお目見えしている。クソ。
「ミオ君も脱がすね」
「え? わぁ!」
躊躇っているだけなのに、脱げなくて困っていると思われた。片腕を万歳する形で無事な右腕と頭を抜かれて左腕はそっと優しく。
「上手に脱げた……ね」
ふと、先輩の視線が僕へと向いて……なんかジッと見られている。こうなれば男同士だって割り切ったのになんか……なんだよ。
「見ないでくださいよ。こんな貧相な体見たって何にもなりませんよ」
「え! あぁ、ごめん。なんか……可愛いなって、思って」
「……へ?」
はぁぁぁ!
ほんの少し赤くなってそんな風に言われて目を逸らされたらこちらが困る。可愛いって何が。え? 本気で言ってるのかこの人。
途端に不整脈かってくらい心臓の挙動がおかしくなった。そして顔が熱くてたまらない。
そもそも僕はこの人をそんな目で見ていない。住む次元の違う人間に恋愛なんて無駄な事しないんだ。その辺の雑草がイケメンに恋したって虚しいだろ? そのレベルの話だってのに。
「いや、前から小さくて可愛いなって思ってたんだけどさ。俺と違ってちょっと柔らかいし、お腹の辺りもちょっとふにっとして柔らかいし……あれ? えっと……」
「……」
そこで赤くなるの止めて。変な意識するから。
先輩自身、自分が何を言っているのか分からなくなったのか赤い顔をして困っている。
僕も困るけれど……変な扉が開く前に潰しておこう。
「人の体をマシュマロかなんかみたいに言わないでください。失礼です」
「えぇ! あっ、ごめん! 本当にそういうつもりじゃないんだよぉ」
これだけで先輩は慌てて……変な感じが消えた。この程度で折れるフラグなら折っていけばいい。僕はそう思う事にした。
流石に下は自分で脱いで、タオルを巻かせてもらった。見られるのは恥ずかしい。
左腕は大きめのゴミ袋で覆って、輪ゴムで緩めに口を塞いで更にサランラップを巻いた。
そうして浴室の椅子に座って頭を洗ってもらっている。
意外と上手くて気持ちいい。温かい湯気もあるし、気持ちが緩んだ。
「気持ちいい?」
「はい。先輩上手ですね」
「本当? 嬉しいかも」
なんて言って笑っているのが鏡に映っている。
綺麗に流してもらって、そのまま体も洗ってもらった。勿論あそこは自分で真っ先に洗った。
綺麗さっぱりになって、バスタオルで覆われて脱衣所。先輩はパッと洗うと言って今は浴室だ。
意識、されてないよな。
風呂での様子を思い出して、そんな風に思う。それはどことなくがっかりもあり……そのくせ意識されたら困るくせに。
分かっている、人間は矛盾する生き物だ。相反するものが混在していて、気分とか雰囲気とかでコロコロ変わったりもするんだ。
今だって距離が近いから変に意識しているだけ。その他大勢に紛れてしまえば僕なんてそこらの石ころと同じくらいの存在感になる。そんなものが何を勘違いしてるんだ。
分かってるよ、罪悪感から今は良くしてもらてるんだって。優しい人だから。
「……止めよう、不毛だ」
言って、僕は用意してくれた先輩の服を着た。
結果、理不尽な殺意が湧いたのだった。
上がってきた先輩はオーバーサイズ状態の僕を見て笑って「可愛い!」と言った。殴っていいと思う。
今はタオルで頭を拭かれ、ドライヤーを掛けられている。丁寧にされて、自分からいい匂いがしている。
「ミオ君、髪綺麗だね」
「短いだけでは?」
野暮ったくないくらいには短くしている。伸ばすと少し癖があるから。
「俺なんて枝毛あるからな」
「その髪色、染めてるんですか?」
先輩は金とは言わないまでも結構明るい髪色をしている。そういえば目の色も明るいような。色素の問題だろうか。
「地毛だよ。俺ハーフなんだ」
「そうなんですか!」
ここにきて初めての情報に驚く。なるほど、妙に綺麗だって思ったらそういう血筋もあるのか。
「でも大変だよ? ずっと頭髪検査引っかかるしさ。学校にちゃんと書類提出してるのに、分かってて毎回あれこれ言う先生とかもいてさ」
「そういうのは問題にしてもいいのでは?」
「叔父さんがいい加減学校に苦情出して終わったよ。でも、印象悪くなったのはあってさ。俺、そういうのもあって友達は祐吾だけだったんだよねぇ」
目立つって、苦労もあるんだな。
思えば真逆なんだ。何もしていなくても輝いている先輩と、何かしたって道端の石ころな僕と。
そんな二人が今こうしているのは、ちょっと不思議な感じがした。
「だからね、嬉しいんだ。ミオ君が友達になってくれて」
「友達になりましたっけ?」
「えぇぇ! もぉ、俺泣くよ!」
「はいはい、友達です」
「投げやりすぎる!」
本当に、五月蠅くて泣き虫な友達だな。なんて思って、素直じゃない僕は小さく笑った。