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第10話 他の心配は本人に伝わらない

 拝啓皆々様、如何お過ごしですか?

 こちらは引き続き映画三昧となりました。


 何故かミステリーからホラー大会へと移行した僕達は深夜十一時過ぎまで数本のホラーを見て、現在はまったりとしている。それというのも加納先輩が知明さんに連絡を入れているからだ。


「それにしても見たな、ホラーばかり」

「加納先輩が一番乗り気だったのに、一番テンション下がっているのはどうかと思いますが」


 そう、真っ先にホラー大会を申し出たのは加納先輩だったのだ。その時に僕は「大丈夫ですか?」と何度も念押ししたが、当人は明るい声で「大丈夫!」と宣言していた。

 結果、一人で帰れず一人で寝られる気もせず、明日が土曜日という事もあってここに泊まる事にしたそうだ。

 僕? 当然巻き込まれて一緒に過ごす事になりました。


「悪いな。でも久々なんだ、あんな風に楽しそうにしているのは」

「そうなんですか?」


 僕の問いかけに、三原先輩はしっかりと頷いた。


「例のつきまといがあるだろ? そこからずっと暗い顔をしていたんだ」

「……例の女性に付きまとわれる切っ掛けの時、三原先輩は一緒にいたんですか?」


 これは一度、第三者から事情を聞くいい機会だと思った。加納先輩は「友人と一緒にいた」と言っている。その「友人」が三原先輩であると思ったのだ。

 案の定、三原先輩は真剣な様子で頷いた。


「あの時は違うサークルの新歓で、俺は加納に付き合って参加して、最初から最後まで一緒にいた。何なら帰る時も一緒だったよ」

「本当に相槌打ってただけだったんですか?」

「あぁ、本当だ。一番最初に回ってくる自己紹介以外、あいつは男性メンバーの集まりで発言する事はあっても女性の前では頷くだけだった」


 では本当に、ただ頷いていただけで好感を持たれてストーキングされているのか。もはや呪いだな。


「例の女性も覚えているぞ。最初から加納にグイグイ迫ってきて、あれこれしつこくしてきていた。あいつが本気で怯えていたな」

「凄いですね」

「何故か昔から、あいつに迫る女性は我が強くて押しの強い人が多いよ」

「僕の勝手な思い込みも過分に含みますが、そのような勘違いや相手の様子を察しない人物というのは大抵、押しが強くて我が強いのではありませんか?」


 もっと正直に言えば自己中な人だ。


 僕の発言を三原先輩は正しく理解してくれる。だからこそ今、目を丸くして僕を見ている。


「渡良瀬は大人しそうな外見で結構言うな」

「言われます」


 更に言うと「感情の起伏が平坦なくせに言葉に棘がある」そうだ。自覚もしているし、大抵はわざと言っている。気に入らないって優しくオブラートに包んで伝えているんだから察してもらいたい。


 隠さない僕を三原先輩は苦笑で流してくれた。


「加納先輩は優しすぎるんですよ」


 数日過ごした僕でも分かる。優しいからどんな人間も許された気になるんだ。そしてそれが欲しい人間も多いわけで。


「昔からだよ。気が優しいんだ、あいつ。あまり本気で怒らないしな」

「一度くらい爆発してみればいいのに」

「大泣きして終わるって。他人を責めるって事をしないんだ。自分が悪いって、なんでか思ってしまうんだよ」

「……僕には理解できません」


 それは僕が冷たい人間だからだろう。

 何かが起こった時、その原因を追及する。そうして根本に行き着いた、そこにあるものが悪いと思う。

 自分は悪い事をしていないと思えば梃子でも謝らない。頑固者と言われる所以だ。ただ、自分に一ミリでも反省すべき点があればそこは向き合うし、謝る事もできる。

 ただ一方的に全て自分が悪いんだと背負い込む事は絶対にしないししたくない。


「俺にも理解できない。流石に自己紹介して、微笑まれたから微笑み返すくらいで惚れられてつけ回されて、それで自分が悪いはないだろ」

「存在自体が罪だとでも言いたいんですかね? 前世悪魔か大悪人だったのでは?」

「寧ろその前世なら絶対に自分の非なんて認めないだろうな」

「……確かに」


 なんて言って、二人で笑い握手を交わした所で加納先輩が戻ってきた。


「えー、二人とも仲良しぃ。いいな~。ねぇ、何の話?」


 近付いて少し不満そうにする加納先輩を前に、僕も三原先輩も顔を見合わせて笑った。


「内緒」

「えぇ! ミオ君!」

「内緒です」

「むぅぅ、意地悪ぅ!」


 こんな事でむくれる人が悪い人のわけがない。少なくとも僕はそう思うんだ。


「んじゃ、俺は自宅帰るわ。帰る時は管理人部屋に声かけてくれ。誰かしらいる」


 てっきりここに三人で雑魚寝を予想していた僕は、まさかの状況に置かれた。今夜、加納先輩と二人きりか……。


 正直、加納先輩は確かに格好いい。ただあまりに顔がいいので同じ人族として同列に並ぶ事がおこがましいと思えてしまう。おそらく骨格から何かが違う。

 そんな相手に劣情など感じるわけではないが、それでも二人きりとなれば少し話も違う。これで相手も無関心ならそれまでなのだが、なんせ先輩の方からグイグイ距離を詰めてくる。


「ねぇ、ミオ君。もう寝る?」


 おずおずと近付いてきた先輩が控えめな様子でそんな事を聞いてくる。

 これに僕は溜息交じりだ。


「そうですね」

「あの、さ。一緒に寝てもいい?」

「僕はソファーで眠りますので、先輩はベッド使ってください」

「なんで! こんなにベッド広いんだよ? 二人で寝ようよぉ」


 まぁ、ベッドは広いんですけれどね。それでも同じ床に入るという意味合いを妙に考えてしまうんですよ、こっちは。腐男子なめんな。男二人居れば余裕で妄想出来る人種だぞ。


 それでも先輩は諦めない。僕の腕を掴んで左右にブンブンしている。妙に子供っぽい駄々だ。


「ねぇ、いいじゃん。ねぇ」

「怖いならどうしてホラー大会なんて言ったんです? 僕も三原先輩も重ねて『大丈夫か』と尋ねましたよ」

「……ノリ」


 この野郎。


「それにさ、ちょっと格好つけたかったんだもん」

「はぁ?」

「ミオ君に、怖がりだって思われたくなかったんですぅ。それに普段は平気だし……少しくらいは。人コワとか最悪だし、痛いの嫌だけどお化けは大丈夫だと思ったんだもん」


 それは……僕を意識してってこと?


 途端、僕の中でなんかムラッとした。この先輩、やっぱ放置しとくの危ないな。


「駄目です」

「ケチ!」

「自己責任でお願いします」


 実際、同じベッドで寝たって何も無いと確信できる。僕は男性が恋愛対象だから少し意識はしても、だからって襲う程下半身で生きていない。そして先輩は僕をそういう対象として見ていない。

 分かっていても……いや、分かっているからこそ虚しいんだよ。


 けれど先輩は諦めなかった。

 さっさとソファーに横になり、予備の毛布を掛けた僕を見て声をかけてきた。それにも応じなくなったら……あろう事か背中と膝裏に腕が回った。


「え?」

「よっ!」

「うわぁ!」


 落ちる! 怖くて思わずしがみついた僕を、このアホ先輩は笑った。


「あははっ、びっくりした?」

「もっ……なんなんです!」

「実力行使?」

「馬鹿ですか!」


 まさかまさかのお姫様抱っこでベッドへと運ばれ、下ろされた僕。女子なら乙女になってしまう展開だけれど、相手僕なんだよ。無駄遣い。


「さぁ、寝よう」

「…………はぁ……もう、わかりました」


 溜息が何重にも出るけれど、これっきりで頼みたい。だから渋々同意して、ベッドの端の方に入って先輩には背中を向けた。


「ねぇ、そんな端っこだと落ちちゃうよ?」

「寝相凄く良いんで大丈夫です」

「……ベッドが寒い」

「そのうち温まります」


 ここまで譲歩したんだから勘弁してくれ。

 スプリングのいいベッドに厚みのある掛け布団。それを引っ張り込んで目を閉じた。

 けれど、不意に近付いてくる気配がして、次には後ろから抱き込まれた。


「っ!」

「ねぇ、俺の事嫌いならそう言っていいよ」


 寂しそうな……捨てられた子供みたいな声でそんな風に言われて、「嫌いです」って言ったら血の色疑うだろ。


「……嫌いじゃないですよ」

「……ありがとう」


 妙に背中が温かくて、僕はこの日眠れる気がしなかった。

敬具


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