拝啓皆々様、如何お過ごしですか?
僕は加納先輩の案内で映画愛好会に行く事になりました。
思えばサークル棟には入った事がない。そもそもサークル活動などするつもりがないからだ。
大学では志を同じくした人々が集まってサークル活動を楽しむ事が多い。その実態がただの出会い系である事も多いが。
連れられてきたのは奥まった一室。そこに『映画愛好会』とある。
「ここだよ」
扉を開けた加納先輩が招いてくれた場所は、真面目にサークルをしていると分かるものだった。
長机を二つくっつけたものが真ん中にあり、それを囲うように幾つかの椅子。壁際には棚があり、映画関係の本やブルーレイが置いてある。
そこに、一人の男性が座っていた。
まずぱっと見、体格がいい。短くした黒髪は体育会系を思わせるスッキリとしたもので、爽やかさと清潔感がある。やや四角い輪郭に黒縁の眼鏡をかけた人はこちらを見て、少し驚いた顔をした。
「加納、どうした?」
「祐吾、ちょっと助けて欲しいんだけど」
「またか」
太めの眉を寄せた人が僕に気づいて今度は眉を上げる。だが直ぐに僕が何者か察したようだ。
「その子が噂のお前の彼氏か」
「もぉ、違うってば。まぁ、巻き込んじゃったの俺なんだけど」
「みたいだな」
溜息一つ。それで近付いてきた人は僕の前に手を出した。
「初めまして。経済学部三年の三原祐吾だ」
「文学部一年の渡良瀬澪です」
握手に応じた僕に頷いた三原先輩は加納先輩へと視線を戻した。
「それで、助けてとは?」
「実はね」
そうしてこれまでの経緯や昨日の事が語られた。
「まったく、既にとんでもない状態になってるじゃないか」
「ごめんって」
「俺に謝ってどうする。謝るのは渡良瀬だろ」
「それはもう謝り倒した」
腰に手を当て呆れた様子の三原先輩がこちらを見て一つ頷いた。
「まぁ、用件は察した。それじゃ、場所を移るか」
そう言って立ち上がった人は僕達を外に出し、鍵をかけて大学を後にした。
向かったのは駅を更に超えた先。バイト先の方が近いくらいの場所。
ここは所謂ラブホ街で、比較的オシャレなラブホが建ち並んでいる。
「ここだ」
「……何故」
案内された先は当然のようにラブホだった。男三人、時刻は夕方。まだ人は少ないがないわけじゃない。そこに堂々入っていくのは気が引ける。
入った先は極力人との接触がないように配慮されていて、空いている部屋をボタンで選び、休憩か宿泊かを選んで前金で払う形になっている。
三原先輩が連れて来たのはそのパネルの横にある管理人部屋だった。
「親父いる?」
そう気軽に声をかけて中に招かれた僕達の目の前には綺麗な女性がいた。
スラリとした体つきに大きな目と綺麗な髪を結い上げた……要は夜のお仕事が似合いそうな美女だった。
「あら祐吾、どうしたの……って! 加納くん久しぶりね!」
「史郎さん、お久です!」
……史郎さん?
「兄貴だけか。親父は?」
「父さんいるなら私が居るわけないじゃない。野暮用よ」
兄貴?
僕は改めて目の前の人を見る。大学で見る女性よりも余程綺麗だけれど……諸々の情報を集めるとこの人は男だ。胸もあるけれど。
そんな人が僕を見て、ぱっと立ち上がり近付いてきて思い切り抱きしめてきた。
「やん、可愛い! 小さいわぁ、可愛いわぁ!」
「……え?」
大丈夫ですか? 眼科行きますか?
「兄貴……」
「だって、小さい子可愛いんだもん。メガネっ子とかも好き」
「史郎さん離してください! ミオ君大丈夫!」
何故か慌てた加納先輩が僕と謎の美女? を引き剥がし、確保されている。
「兄貴」
「ごめんて。あぁ、自己紹介ね。三原史郎です。ニューハーフです」
「……渡良瀬澪です」
凄い人種に出会ってしまった。あと、情報多すぎて混乱する。
「悪いけど、この子もあの部屋使わせて欲しいんだ」
「いいんじゃない? なに? 可愛い子で狙われた?」
「まぁ、似た感じ」
あっ、これもう説明面倒になったんだろうな。お察しな感じで三原先輩が溜息をついて、僕達は一階の奥にある部屋へと案内された。
「察していると思うけれど、ここは俺の実家で管理してるホテルなんだ」
「はい、分かります」
「で、俺と加納は小学校からの友人で、昔から何かと絡まれる加納を時々ここに匿っていた。今から案内する部屋は内装こそラブホ仕様だけれど、管理人の仮眠部屋。当然えっちな放送は入らない」
言いながら案内された部屋は思ったよりもシックなものだった。
ベッドはとにかく広く大きく、目の前には大画面の液晶。風呂とトイレの間には硝子張りの壁があって、トイレしてるのが浴室から見える。そして風呂は大きめで洗い場が広く、無駄にジャグジーがついている。
「ここさ、泊まれるからいいんだよね。変なのに追っかけられたり困ったら使うんだ」
「ついでに、映画愛好会の裏会場でもある。えっちな放送はないが、映画のサブスクは入ってるぞ」
「映画愛好会に入ればここ使えるから、入らない?」
つまりまた尾行された時にここに逃げ込むのか。それは……助かるかもな。少なくとも加納先輩の家に入り浸るよりはいいかもしれない。
「入会します」
「よし!」
嬉しそうな加納先輩と頷く三原先輩。そんな両名と握手を交わした僕だった。
そういう事ならと早速、先輩達は大画面に映画サブスク画面を出す。そこに冷蔵庫から飲み物。棚の中からお菓子なんかを取りだしてくる。本当に管理人が好きに使う仮眠室なんだと認識した。
「何見たい?」
「突然言われましても」
最近は大学の事で忙しく、映画を見る余裕がない。
そんな中で加納先輩が「それなら」と言って出したのが何故か金田一耕助シリーズだ。
「随分古いのもってきたな」
「この間話してたんだ」
「そうでしたね」
覚えていたんだ、そんなこと。
嬉々としてスタートボタンを押した加納先輩はベッドの上に座り、三原先輩も比較的近く。僕は画面が見えるソファーに腰を下ろした。
「ってか、凄く画面が荒いね。時代感じる」
「この荒さがいいんです」
「あぁ、分かる。こういうジャンルは綺麗過ぎるよりも少し荒い方が怖いよな」
ソファーセットの前のローテーブルにお菓子を並べると全員が何となくそこに集まってお菓子を摘まみつつ見ている。僕を挟んで先輩達が座るけれど、両方それなりにガタイがいいからちょっと狭い。
金田一の好きな所は、隔絶された世界観とそこ独自の風習。一見信じがたい土着の信仰なんかが生きている世界で起こる凄惨な事件だったりする。
「あっ、このシーンは知ってる」
「もの凄く有名です」
湖に二本の足がにょっきりと生えて美しいV字を描く例のシーン。ここだけ知っている人もいるくらいだ。
「ってか、こんな話だったんだ」
「知らないのかよ、加納」
「知らないよぉ」
一本見終わった感想がこれだ。三原先輩は履修済みだった。
「まぁ、時代が違いますからね」
なんて言って、僕達はその後も幾つかの映画を見ていった。
夜はすっかり遅くなっていく。こんな人数で映画を見ながらお菓子を食べるなんて、想像していないものだ。
案外、いいかもしれない。
そんな事を思ってしまう僕がいた。
敬具