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第8話 褒められない経験値

 拝啓皆々様、こんばんは。

 突然ですが、夜中お邪魔した先で先輩が凹んでおります。


 尾行に気づいて入ったコンビニでたまたま知明さんと出会った僕は家バレを避ける為に彼の家にお邪魔する事になったのですが、予想外に加納先輩も起きていました。

 驚く彼に事の次第を伝えると、それはもう落ち込みまくり凄く暗い顔をしております。


「ごめん、本当にごめん。俺が巻き込んだばかりにミオ君までターゲットに」

「まぁ、今回は相手が悪かったという事で」

「どうしてそんなに冷静なの!」


 先輩は青い顔をして僕を見る。見た事のない真剣な顔で、少し目を潤ませて。

 この人、もう少しクズなら生きやすかったんだろうな。顔に自信持って堂々振る舞っていればもう少し制御できるだろうに。


「これが初めてではありませんので」

「え?」

「僕ではありません。友人が似たような被害に遭ったんです」


 これには先輩ばかりではなく知明さんまでこちらを見た。


「……可愛い友人でした。僕とは仲が良くて、よく一緒に遊んでいたんです。家も近かったですし」

「それって……」


 先輩は気づいたみたいだけれど、僕は睨んで止めさせた。名前を、出してもらいたくなかったから。

 そう、この話は亜紀ちゃんの話しだ。頃は小学校三年生の頃。


「その頃、巷では小学生に悪戯をする変態が出たと保護者間で噂になっていました。ですので僕達も気をつけていたのですが、運が悪くて」

「巻き込まれたのか?」

「はい。ただ、僕もその子も気が強かったので抵抗したんです。父の教えで『女の子は守るべきだ』と教わっていたので、僕は友人を逃がそうとしたんです」

「無謀だな」

「そうですね。まだ子供だったのでこうした大人が如何に危険か、察することができなかったのです」


 ただ必死だったのだけは今も鮮明に覚えている。相手は四十代くらいの男性で、脅し用に果物ナイフを持っていた。

 今にして思えばこの人はこのナイフを使うつもりなんてなかったのだろう。小学生が刃物を持った人間に抵抗するなんて想像していなかったんだ。

 だからその後の展開は、きっと双方にとって不幸な事件だった。


「それで、ミオ君どうしたの?」

「切りつけられました」

「え!」


 ガタンと先輩が立ち上がる。明らかに震えて、口元を手で覆った。見る間に顔色を悪くする人を見て僕は確信に近いものを感じる。

 この人も昔、似たような事件に巻き込まれたんじゃないかって。


「子供を脅すために果物ナイフを持っていたみたいですが、僕が抵抗した事でパニックになった犯人がそれを振り回したんです」

「……大丈夫だったのか?」

「額が切れて出血が多かったのですが、それを見て犯人が更にパニックになって逃げました。僕は……まぁ、痛かったのですがとにかく友人を助けられてほっとして、友人は僕に縋って大泣きしていました。その声を聞いた人が駆けつけてくれて、保護されました」

「淡々としているな」

「昔から、感情の起伏が少ない子だったんです。切られた事も事後には他人事みたいに思えて、だからこそトラウマなどにもならずで逆に両親に心配されました」

「そらそうだ」


 腕を組んだ知明さんが唸る。先輩は……あっ、泣いた。


「ミオ君、そんな無茶しないでよ。俺が言える事じゃないけれど、自分を大事にして」

「本当に言えた事ではありませんね」

「ごべんねぇぇぇ」

「あぁ、はいはい。泣かなくていいです。謝らなくていいです。僕も乗ったんですから」


 どっちが年上か分からない状況に知明さんは苦笑い。僕はティッシュを持って先輩の側に行って背中をトントン叩いた。

 このくらい素直に感情を表す事ができたら、僕の何かは変わっていたのかな?


「そんで?」

「あぁ、はい。事件後、犯人は自首しました。流石に怖くなったみたいです」

「それで幕引きかよ」

「そうですね。父には怒られるし、友人のご両親は平謝りだしで暫く大変で。僕の方は数針縫いましたが当然別状はなくです」


 あっけない事件解決となり、これはこれっきり。

 ただこの事件が切っ掛けで亜紀ちゃんは男性恐怖症になりしばらく外に出られなくなった。その後も心のリハビリを繰り返し今に至る。今も男性は怖いし、一定距離詰められるとダメだけれど、適切な距離感であれば大丈夫になった。


「……しばらくここで暮らすかい?」

「え?」


 考え込んでいた知明さんが突然提案してきて、僕は驚いてそちらを見た。

 何の冗談かと思ったけれど……意外と本気みたいな顔をしている。


「聞く限り、君は少し無謀だ。そして今回のストーカーはその変態男みたいな肝の小さな奴じゃない。一人暮らしだろ? 危険だ」

「それは確かにそうですが、ご迷惑はおかけできません」

「彰がかけた迷惑だから気にしなくていいんだがな」

「うっ、本当に申し訳ない」


 先輩が項垂れている。知明さんも頷いている。

 でも僕としてはそんなに迷惑はかけられない。そう思っていたら、突然先輩がポンと手を打った。


「そうだ! ミオ君映画愛好会に入りなよ!」

「は?」


 何故突然そうなった?

 疑問符の浮かぶ僕など気にもせず、先輩は妙案が浮かんだような顔をしている。いや、分かりやすい説明を求む。


「明日案内するね!」

「……はぁ」


 どうやら僕は入るとも言っていない愛好会に明日案内されるようです。


敬具


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