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第6話 幼馴染み

 拝啓皆々様。如何お過ごしですか?

 騒がしい朝を乗り越えた僕はこれから講義です。


 一年には必修科目が割と多い。大教室は前に教壇があり、生徒が座る席は段々になって後ろに行くほど先生を見下ろす形になる。

 僕が定位置にしているのは後部の座席で入口に近い通路側。中の方に行くと出るのにわざわざどけて貰う必要がある。そういうのが煩わしいんだ。


「本当にごめん! 俺が巻き込んだせいでミオ君まで絡まれて」

「あの、本当にいいです」


 というか、寧ろ目立つから止めてほしい。

 現状、イケメンに平謝りさせている眼鏡モブの図である。悪目立ちが過ぎるんだ。


「あの、お昼一緒に」

「そこまで気を遣って貰わなくていいです」

「でもまた絡まれるかも!」

「しっかり火に油注ぎましたもんね」


 去り際に見た女性達の視線がもの凄く怖かったです。


 しょぼくれた加納先輩を見て、僕は苦笑する。なんていうかな、憎めないんだ。基本良い人だし、案外素直で擦れてないし。見た目キラキラしたイケメンだからって避けたくなるけれど、それはこの人の責任ではないんだしな。


「……二限終わったら学食行きます」

「! 俺も行く!」

「どうぞ」


 それだけ言って、僕は色んな視線のなか大教室へと入った。

 教室に入るのが少し遅れたせいか、席があまり残っていない。どうしようか考えていると一人の女性がこちらを見て手を上げた。


「澪、こっち」

「亜紀ちゃん」


 呼ばれて、僕は彼女の隣、お決まりの通路側に座った。


 彼女は梢亜紀。僕の幼馴染みだ。

 幼稚園、小中高と一緒で家は向かい同士。家族ぐるみのお付き合いであるが、ここにラブロマンスは存在しない。そういう不思議な幼馴染みである。


「あんた、とんでもないのに絡まれたって?」

「……あぁ」


 十中八九、加納先輩の事だろうな。

 亜紀ちゃんは大きな溜息をついて呆れた顔をしている。小柄で、割と可愛い顔をしていると思うのにニヒルな笑い方とかするんだよな。


「学校中の女子が噂してるよ? 我が校のプリンスに小汚い男子がキスしたって」

「ディスるにしても酷いな」


 これでも清潔にしている。


 それにしてもプリンスか。妙に納得できるのが流石。


「そんなに人気なんだ」

「澪、あんたも少し情報収集しなよ。ってか、これ知らないレベルはかなりヤバイ」

「僕はそういうの疎いから」

「相変わらず三次元に興味なさ過ぎて草」


 教授が入って来て講義が始まる。配られたプリンを手にプロジェクターに映し出された資料と講義を聞いている。


「実際、凄く人気なんだよ。まず顔がいい」

「それは分かる」

「そんで、凄く優しい」

「それで誤解女子産みまくってるのか」


 まぁ、一日一緒にいただけでもそれは滲み出ていた。

 基本、あの人は人が良くて優しい。それは特定の誰かではなく、広義としての皆だ。

 例えば目の前で困っている人がいれば、あの人は相手が誰であっても手を貸すだろう。老若男女、国籍すら問わず。例え解決できなかったとしても一緒に悩んで動いてくれる。人はその優しさを尊いと思うものだ。


「実際、私の友達も前に助けてもらってちょっとファンになった」

「何したの?」

「お腹痛くて動けなくなってた所に手を貸して座らせてくれて、温かい飲み物をくれて、その子の友達が来るまで側にいてくれたって」

「王子だね」

「これで名前も言わずに『よかったね~』って居なくなるんだからさ、質の悪い男だよ」


 亜紀ちゃんはジト目をしている。でもこれには理由がある。

 彼女は過去の事があって、男が嫌いだ。

 唯一家族と、その時に彼女を助けた僕と僕の父だけは例外となっている。


 それにしても、あの人のそういうところが色んな事態を招いているのは確かだろう。流石に自己紹介してただ頷いていただけで惚れられたのは酷いが、亜紀ちゃんの友人がファンになったっていうのはもう納得しかない。


 やっぱりあの人、後ろから刺されるんじゃないだろうか?


「んで、昨日騒ぎになったって聞いたけど実際は?」

「あぁ……」


 僕は昨日の奇天烈な出来事を彼女に話した。


「……なる。で? 何サラッとファーストキスしてんのあんた」

「……あ」


 呆れ九割で言われ、頭も抱えられてしまった。そして言われて気づいた。


「あ。ってねぇ」

「別に、男のファーストキスなんて取っておくものじゃなくないか? さっさと卒業したほうがいいだろ」

「甘い! ファーストキスと童貞は本当に好きな相手が出来るまで取っておくべきだ」

「公共の場で不適切発言するなよ」


 ヒソヒソ声とはいえ、周囲に人はいるのだ。

 大体、童貞は適切な年齢で卒業するほうがいいだろう。そのうち敬遠される材料にもなりうるだろうし。何より三十歳までに捨てないと魔法使いになるらしいしな。


「だいたい、それを言えば僕は捨てる場がない」

「陰キャオタクの隠れ腐男子で三次元に興味のない奴だからね」

「百合女の亜紀ちゃんには言われたくない」


 そう、お互いそういう趣味趣向の事情によりここには友情と幼馴染みという以外の感情がない。お互いそうした特殊な癖の持ち主だ。

 癖と現実は違うといわれるかもしれないが、僕達に限ってはそうではない。

 僕は男性が好きだし、亜紀ちゃんは女性が好きだ。


 そういう癖だから、先輩の距離感に戸惑う。三次元に興味はないが、あんまり近付かれると困る。僕から見て、先輩は立派に性的対象になりえるから。

 ただあまりにキラキラしていて、僕みたいなのはとても触れられる気がしないから意識も何も出来ないんだ。


「先輩に惚れる?」


 こちらの顔を覗き込んで聞かれて……僕は首を横に振った。


「現代と異世界の遠距離くらい次元違って、想像できない」


 これが所詮は現実だった。


「……澪はいい男だよ。私が保証する」

「ちんちくりん眼鏡だよ」

「中身に惚れるよ」

「男の僕には惚れないくせに」

「男前な親友としては惚れてる」

「僕も男前で強い亜紀ちゃんに惚れてるよ」


 互いに親友。そして同士。互いの幸せを願いながら、「僕に構わずお前は先に行け」と言い合える仲間。それが僕達の間にある友情だ。


「でも本当に気をつけたほうがいいよ。一部過激だって聞くし、さっきの話もかなりマズいし」

「同居してる叔父さんが刑事だから、そこに相談した。適切な部署に相談してくれるって」

「それでも万が一はあるって知ってるだろ?」

「うん」


 それも知っている。

 だからこそ、多分あの場で知らんぷりができなかったんだ。


「……澪のお人好し」

「五月蠅いな」

「きししっ」


 なんて笑っている間に、授業は終わっていた。


◇◆◇


 大教室を出た所で先輩は待っていた。

 僕と一緒にいる亜紀ちゃんを見て驚いた顔をしている人に、僕は彼女を紹介した。


「へぇ、幼馴染みなんだ! しかも一緒に上京って……あっ、俺もしかして邪魔?」

「そういうのとは違います」

「そうそう。お互い幼馴染みで戦友ってだけです」

「戦友?」

「……秘密です。気になるなら澪に聞いてください」


 それだけで亜紀ちゃんは友達に呼ばれて行ってしまった。


「なんか、俺嫌われた?」

「割と平気だったと思いますよ。彼女、男の人が嫌いなので」

「え! あっ、ごめん。無神経だったかな?」

「平気でしょう。彼女も挨拶くらいはできますし、適切な距離であれば大丈夫です」


 乗り越えてきたんだよな、大学通うために。

 その努力の日々を知っているから、僕は素直に彼女の強さを称えている。


「で、昼ですか」

「あっ、そうだね! 行こうか」


 僕の隣を平気な顔で歩くこの人が、僕の性癖や恋愛対象を知った時どんな顔をするのか……それは、あまり見たくないと思う。だからどうか、上っ面の付き合いだけにしてほしい。広く浅い関係を望む。僕の事なんて何も知らないままでいて。僕も、言うつもりなんてないんだから。


 ふと、そんな臆病な考えに囚われる。これも悩める拗らせオタク故の卑屈さだって、いつの日か笑い飛ばしてやりたいんだ。


敬具


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