拝啓皆々様、如何お過ごしですか?
突然ではございますが、僕は先輩を泊める事になりました。
手早く現場写真を撮り、証拠となる紙片も持っていた袋に入れて撤収です。危険な場所に長居など無用。ひとまず安全が担保されるまでは近付かないのがベストです。
そうして向かった先は僕の家。築年数はそれなりに経っているが、リノベーションもされている内装は綺麗な1Kのアパートだ。
「お邪魔します」
「どうぞ」
途中コンビニで食べ物を買い込んで上がり込む先輩は見回して、ちょっとほっとしたみたいだ。
「何か飲みますか?」
「あぁ、うん。とりま、座りたいかも」
力なく笑う様子から、今はけっこう無理をしているのだと分かってしまう。そのくらい、まだショックなのだろう。まぁ、かなりの衝撃映像ではあったし。
僕はサッと奥の洋室を見る。多分大丈夫な……はずだけど。一応確認はしておきたい。
「あの、部屋の方一度片付けてきていいですか?」
「いいけど、俺気にしないよ?」
「貴方が気にしなくても僕は気になるんです」
一応戸締まりと、念のためチェーンロックもかけておく。面倒だけれどこれが案外土壇場で役に立ったりもするから。
先輩に椅子だけ出してサッと奥の洋室へ駆け込んだ僕は、自分の慎重な性格を今日は褒めてやりたい。
別に洗濯したままカゴに入れっぱなしになった下着やら、脱ぎっぱなしの服やらはいい。ただ本は問題だ。
「やっぱり置きっぱだった」
枕元にあるお宝本を素早く回収し、ついでに本棚からもごっそり漫画と小説を抜き取ってクローゼットの中に入れる。これを事情を知らない人に見せる訳にはいかない。僕が死ぬ。
他にもローテーブルの上や下、本棚をもう一回確認してから、僕は先輩を部屋に入れた。
「どうぞ」
「なんだ、綺麗にしてるじゃん」
綺麗にしたんだよ。とは言えない。やっぱり人を招くのは計画的にしなければダメだ。
先輩は辺りを見回し、素早く本棚へと向かっていく。そうしてラインナップを見てうんうんと頷いた。
「この漫画面白いよな。俺も読んでる」
「あぁ、いいですよね」
ごく一般的な少年漫画を手にして立ったまま読み始める先輩を見て、僕は買ってきた弁当を適当に温めてローテーブルに置いた。
「食べませんか?」
「あぁ、そうだね」
慌てて本を本棚に戻して近付いてきた先輩がどっしりと腰を落ち着けて手を合わせて「いただきます!」と言う。
この人、こういう所律儀だよな。
同じく「いただきます」をしておにぎりにかじり付く僕。これとレジ横惣菜の唐揚げが好きだ。
「ミオ君って小食?」
「普通では? どちらかといえば先輩が食べ過ぎです」
唐揚げ弁当におにぎり二つ、これにスイーツまで買って、更に夜食用にとカプ麺まで購入していた。細い体の何処にこれだけの物が入るんだ?
「俺、直ぐ腹減るんだよ。痩せの大食いって言われる」
「それでその体型は羨ましいです」
「そんなに運動してないよ?」
「いっそ殺意が湧きますね」
別に太っているわけではないが、油断をすれば腹の肉が怖い。運動もしないインドア派だ、自分を甘やかしてはいけない。
今もまったく筋肉はない。弛んでもないけれど、薄っぺらい体である。
でもまぁ、見ている分には気持ちいい。自分がそれほど食べられないから、大食いというのは汚くなければ見ていて感心する。料理も作るから、これだけ食べてくれたら嬉しいというのも分かる。食費の事を考えなければ。
「ちなみに、ミオ君は料理するよね」
「何故分かるんです?」
「キッチンに使用の痕跡あり。それに調理器具も充実してたし」
「見てるんですね」
「俺もするしね」
なんて、楽しげな笑みを浮かべる人は少し浮上したようだ。
やはり人間食べると元気が出る。空腹は人の心を貧しく荒ませるというのは、多分本当だ。好きな物を食べるだけで、人は笑顔になるのだから。
「ちなみに、得意料理なに?」
「カレーですね」
「食べたい!」
「作りませんよ」
この人に食べられたらあっという間だ。
「ぶぅ、ケチ。俺は生姜焼きとか、牛丼とか! あっ、オムライスとチャーハンも得意だよ」
「いいですね、食べたいです」
「うん、いいよ。今度作ってあげる。改めてお礼もしなきゃだしね」
話の流れだったんだが……でもまぁ、ただ飯は有り難く食べたいものなので、機会があればご相伴にあずかろう。
そうして見る間に弁当とおにぎりは先輩の胃袋に収まった。
食べて人心地ついた所で先輩のスマホに通知がくる。それを見て、先輩の表情は険しくなった。
「どうしました」
「叔父さんから、明日の朝一で迎えにきてくれるって」
「そうですか」
警察官の叔父なら万が一があっても大丈夫だろう。
「あっ、住所とかいります?」
「あぁ、平気。GPS入ってるから」
「それ、いいんですか?」
常に居所掴まれてるって、僕は落ち着かないけれど。まぁ、安全面としては是非入れておいてもらいたい。
「写真も送って、証拠も手元に残してるって伝えたら『よくできた!』だって。こっちは心臓痛い思いしたってのに」
大きな溜息をついて後ろにバタンと倒れた先輩は、何処か遠い目をしている。そうするとキラキラは薄れて、何処か色気のある憂い顔にも見えてくる。疲れたイケメンって、需要あるんだろうな。
「みんな何で、俺に向かってくるんだろう。いっそ顔変えればいいのかなって、ちょっと悩む」
「馬鹿らしいので却下です。貴方は被害者なのですから、堂々としていればいい。異常な行動をしている奴が大きな顔でのさばって、被害者が小さく隠れるようにしているなんて僕は認めません」
ぴしゃりと伝えたら、先輩は驚いた顔でこちらを見て……次には泣きそうな顔で笑った。
「強いよね、ミオ君」
「厚かましいっていうんです」
「格好いいよ。俺のヒーローだし」
「貧相なヒーローもいたものです」
「凄く格好いいのに。でもほんと、ミオ君で良かった。本当にそう思ってるよ」
ふにゃっと微笑んだ人の無防備な様子に、僕はちょっと距離を置く。その心中は慌ただしくて……悔しくもある。不意にドキリとさせられるなんて癪だ。こちらは何の感情もないってのに。
「どうしたの?」
「先輩なんていつか誰かに丸っと食べられればいいと思いまして」
「ヒド! えぇ、俺嫌われた? 何したっていうのぉ?」
「人を巻き込んでストーカー女を追い払い、そのせいで殴られ、眼鏡も破損し、現在泊める事になっています」
「重ね重ねありがとう! 必ずお礼します!」
なんて、冗談だけれど。
でも楽しいとも思ってしまうんだ。一人では出来ない言葉のラリーが出来ている。これが案外心地良い。消極的なのは僕の方なのに、求めるものはこれなんだから。
「……怒ってる?」
「怒ってませんよ」
「優しいね」
「貧乏くじ引きまくるタイプなんです。あと、今日の運勢きっと最悪です」
「俺はきっと悪くなかったよ」
そんな事を気の抜けた顔で言うんだ。本当に質の悪い人だな。
こんな風に過ごす夜は多分初めてで、誰かがいることを煩わしいと思う半面、今が楽しくもあって。
人間、矛盾した生き物なんだなと実感しながら長い一日が終わったのでした。
敬具。