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第3話 最悪は案外続く

 拝啓皆々様、如何お過ごしですか?

 僕は先輩の家に行く事になりました。


 無事に眼鏡も直ってほっとした。

 さて、これでこの面倒ごともお終い。今日は幸いバイトも無いからのんびりと夕飯を作って、だらだら積み本を読むか配信を見よう。

 そう思っていたのに、加納先輩が手を離してくれません。


「あの、本当にありがとうございました」

「ううん、俺の方こそありがとう」

「……手、離して頂いても宜しいでしょうか?」

「え?」


 ……いや、その「え?」の意味が分からない。何故に僕は捕まえられているのです?


「もう少し一緒にいようよ」

「いや、何故」

「…………まだちょっと怖い」

「……」


 今一瞬、へにゃっと下がった犬耳と尻尾が見えた。


「ダメかな?」

「……」


 長身イケメンが肩寄せて首傾げて上目遣い風って、狙ってる? 天然? どっちにしてもあざとい!

 正直、ちょっと悪くないんだよな。


「はぁぁぁぁ……もう少しだけですよ」

「ありがとう、ミオ君!」


 パッと表情を明るくして僕の手を両手で握って全力笑顔を向けてくる先輩。それ、他の人の前でやらないでください。多分落ちる女子がいます。


 途端にルンルンになって手を繋いだまま「何処行く?」なんて言う人が隣にいる現状。落ち着かなくてたまらない。

 まず凄く視線を集めている。誘蛾灯みたいだな、この人。そして僕はモブ。

 よく王子様キャラとモブがくっつく話があるけれど、そのモブって意外と顔がいいんだよな。眼鏡を取ったら……とか。髪型と服装かえたらとか。それも萌えるけれど。

 僕の場合は眼鏡取ったら目つきの悪いモブになるだけなんで。


「ミオ君って、普段何してるの?」

「本読んだり、配信見たり……あと、たまに映画に行きます」

「映画! 何見るの?」


 途端、パッと先輩の表情が輝いた。これはきっと映画好きなんだろうな。


「ジャンルで言えばなんでも。あまり騒々しいのは好みませんが、見ないわけではありません」

「いいね。それならさ、今から映画行かない?」

「いいですよ」


 意外と好ましい方向に話が転がってゆきます。しめしめ。

 スマホを取りだし近くの劇場を検索。上映している映画を見てみると、見たいと思っていたミステリーが丁度近くでやっている。


「これなんてどうでしょう?」


 スマホ画面を見せると、先輩はけっこう真剣な表情で内容を読んでいる。そして頷いた。


「面白そうだね」

「では、決まりで」


 そのまま席を予約して、僕達は一路映画館へと向かった。


◇◆◇


 映画が終わって出てきたのは夕方。これから夏に向かう季節、日は少しずつ長くなってくる。


「面白かったね!」

「そうですね」


 隣を行く加納先輩は満足そうな顔をしている。表情もずっと明るくなっていて、僕としては安心した。どうやらいい気分転換になったみたいだ。

 僕としてもこれは意外と悪くない。映画は一人では腰が重くなる。わざわざ出かけてまで見るか? という、見る前段階の葛藤が出てくるのだ。

 けれど誰かに「行こう」と言われれば行くんだろう。嫌いじゃないし。


「ミオ君はミステリー好きなの?」

「割と見ます」

「俺はシックス・センスとか好きだったんだけど」

「名作ですよね。特にラストが良かったです。何となく違和感は感じていたので、最後にスッキリしました」

「分かる! 最初ホラーっぽくて身構えたけれど、あれは良かったよね」


 こうして、好きなものの話が出来るのも『誰かがいる』からだ。一人ではないメリットの一つなんだと思う。


「他にも見る?」

「横溝正史好きですよ」

「金田一耕助シリーズ?」

「昔は年末にやってましたよね。僕は古谷一行の時代が好きです」

「古いね!」

「映像の荒さが作品の世界観に合っていて、余計におどろおどろしく思えるんです」


 現代は映像が綺麗すぎる。あの時代にはあの時代の良さもあったんだ。と、僕は思っている。


 そんな話をしていると久しぶりに楽しく思える。それは先輩も同じだったみたいで、こんな提案をされた。


「そうだ、夕飯食べていかない?」

「ダメです。流石に無駄遣いが過ぎます」


 そこはぴしゃりと言った。

 たかが外食、されど外食。特に僕は一人暮らしで家賃なんかも払わないといけない。学費は両親がなんとかしてくれているんだから、甘えてもいられません。そんな人間が過度の贅沢をするのは言語道断。


「ミオ君って、一人暮らし?」

「そうです」

「……それじゃ、うち来る?」

「……え?」


 もの凄く軽いノリで言われて、僕の方が驚いて先輩を見た。

 言ってはなんだが、僕と先輩は今日が初めまして。自己紹介すら数時間前。そんな人間を自宅にと言いました? ヒステリー女にビクビクしておいて? 危機管理どうなってんだこの人。


「先輩、そういう所です」

「え?」

「危機管理ザルですか。今時小学生だってもう少し慎重ですよ。僕と先輩は出会って数時間です。何家バレしようとしてるんですか」

「えぇぇ!」


 いや、それはこちらのセリフですが。


 なんか、頭痛いな……これ、相手の女に家バレしてないだろうな? 教えてなくても尾行とかされてたらアウトだろ。

 でも先輩はちょっと不満そうに口を尖らせる。なんだそれ、可愛いか。


「俺だって、誰にでも教えてるわけじゃないし。ミオ君なら大丈夫って思ったの」

「その根拠は?」

「嫌な奴なら、俺の事助けてくれなかっただろうし、こんなに楽しい時間を過ごせてないよ」

「っ!」


 驚くくらい素直な……キラキラした笑顔を向けられた。

 ……僕は陰キャだ。現実の恋愛なんかに期待していない。

 そんな僕の卑屈な思いを一瞬吹き飛ばす笑顔が、この世の中には存在するみたいだ。


「ミオ君?」

「っ! それでも危なっかしいです」

「ダメ? 俺、もう少しミオ君と映画の話とかしたいし、君の事が知りたいんだけど」

「だから、そういうのが危険なんですよ!」


 わざとらしく視線を外して歩く僕の隣に先輩はいて、捕まえられた服の裾はそのまま。

 結局、今日の事とかをご家族にも話したいからと言われて渋々同意したのだった。


 先輩の家は意外にも僕のアパートと近かった。


「では、今は叔父さんと住んでいるのですか」


 道すがら、自然と会話はそちらに向かった。

 それによると先輩の両親は海外暮らし。先輩はそこでの生活が合わなくて、父方の叔父の家に小学校高学年から居候させてもらっているらしい。


「独身で結婚の予定もつもりもないからって、甘えちゃってるけれどね。でも家事とかはしてるんだ。仕事柄、家を空けがちだから」

「顔良くて生活力高いって、何処を目指しているのですか」


 これ以上設定を盛ってどうするんだ、この人。


 なんて呆れながらも会話をして、マンションへ。オートロックを開けて部屋のある階へと上がり、家の前に立った僕達は……呆然と立ち尽くした。


「なに、これ……」


 家の前には沢山のゴミが散らばっていた。そのほとんどは紙で、乱雑に破り取られたメモみたいなもの。そこに「彰好き」「死んで」「遊びだったの?」「許さない」なんて走り書きがされている。

 これはもう……素人の手には負えないかもしれない。


「先輩、警察行きますよ」

「え?」

「現場写真撮ります。その後で適当な袋にこの紙を入れて」

「待って! 大丈夫だから!」


 焦った様子で止められた事に僕の方が疑問だ。


「この状況見えてます? 明らかにヤバイ人に家バレしてるんです。最悪叔父さんにも被害がいくかもしれないんですよ」


 あのヒス女だとしたら、これはかなりマズい方向に向かっている。ビンタ一つで終わった事が幸運とすら思えてくる。

 先輩は震えていた。でもその手で誰かにメッセージを送っている。


「……相談、した」

「誰に?」

「叔父さん。刑事なんだけど」


 マジか。心強いな。


「でも、今日はどうしても仕事で帰れないって……」

「あ……」


 家の前には明らかにヤバイ証拠が散乱。家バレ確定。そして今夜一人きり。


「……仕方が無い。僕の家に行きましょう」

「……え?」

「とりあえず写真撮って、証拠回収してからですよ」


 こうして僕の家に先輩が泊まる事になった。


敬具


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