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第2話 加納彰と女難の相

 拝啓皆々様、こんにちは。

 僕はつい先程出会ったばかりの先輩とファミレスにいます。


 突然見知らぬ男性との交際宣言をされてから一時間、現在非常に目つきの悪い状態でファミレスにいます。


「それにしても凄い顔だね。目、そんなに悪いんだ」


 目の前にいるのだろう人の顔もぼやけて見えている。だが、頑張れば見えるのだ。だからこそきつく眉根は寄り、目つきも悪くなってしまう。

 更に言えばフレームが歪む程の力で叩かれた左頬がかなり痛い。熱を持って腫れているようで、現在氷で冷やしている。


 こんな状態だというのに、その原因を作った人物が余裕なのは理不尽に思える。自身の心の狭さを知るようで敢えて口にはしていないのですが。


「悪いですが、頑張れば見えるので頑張ってしまってこの顔です」

「そういうものなんだね。コンタクトにしないの?」

「短時間であれば使用しますが、圧倒的に眼鏡に慣れてしまっていますので、こちらが楽なのです」


 とはいえこのような事態を想定して鞄に入れておくなりしておけばよかった。もしくは予備を持ち歩くべきか。


「直るまで一時間くらいだから……後三十分くらいか。本当にごめんね」

「いえ、それはもう構いません。それどころか新しいフレーム代を出して頂き、ありがとうございます」


 あの後、真っ先に眼鏡屋に駆け込んだ。幸いチェーンの物なので持っていくと、フレームは新しくした方がいいとの事。レンズには傷がないのでそのまま使う事にした。

 その時のフレーム代を、この加納先輩が出してくれた。正直金銭的にかなり助かる。


「俺のせいで壊れたんだから、当たり前じゃない」

「……先輩って、案外まともですね」

「ヒド!」

「いきなり見知らぬ通行人Aを巻き込んだ人なので」

「うっ、それはごめん。本当に怖くて焦っちゃって」


 まぁ、そう言いたくなるのも納得の女性ではあったけれど。


 改めてじっと観察してみる。

 見た目は非常に整っていて、芸能人やモデルという方が納得の容姿をしている。身長も高く手足も長く引き締まった体つきに思える。ちんちくりんの僕からしたら羨ましい限りだ。

 性格は……話した感じ、まともだ。あれだけ非常識な状況から一変、今は誠意ある謝罪と賠償をきっちりと行っている。正直、あまり怒る気がしない。そういう意味でも他人の毒を抜くのが上手い人かもしれない。

 後は……けっこう話せる。出会ってまだ一時間程度の相手と普通に会話ができている。面倒くさがりでオタクと自覚している僕にしては珍しい事だ。


「あっ、改めて自己紹介ね。経済学部三年の加納彰です」

「渡良瀬澪、文学部一年です」

「ミオ君っていうんだね! 綺麗な名前だね」


 頬杖をついて……多分にっこりと笑っているのだと思う。そしてそんな風に人の名前を褒めるのって、この顔だと問題が起こりそうだ。

 誰だってイケメンが近い距離感で褒めてくれたら嬉しくはなる。そこには好意が見られるから。


「あぁ、なるほど。先輩が悪い」

「え! 何突然」

「距離が近いです。あと、ほぼ初対面の相手を褒めるの癖ですか? 自分の容姿を考え、適切な距離感でいないと勘違い女が量産されてそのうち身に覚えのない彼女が沢山できますよ」

「うえぇぇ!」


 びっくり顔で引いているけれど、種蒔いてるのこの人だ。


 まぁ、悪い事じゃないし、人間性としては良いことだ。初対面の相手とも接する事が出来て、人の良い面を見つける。日本人は特に悪い面に目を向けがちらしいからこういう人は好まれる。

 問題はこの人の顔が良すぎる事。

 人間、何だかんだで見た目が大事だ。中身がどうでもいいというわけではなく、そもそもの見た目や印象が悪いと最初に悪感情が生まれ、人間関係が進まなくなる。結果、中身を知ってもらう機会が生まれにくいということだ。

 ただこの人の場合、見た目が良すぎて異性から過剰な好意を寄せられやすく、更には自覚無く誰でも褒めるので更に好感度が上がる。

 思い込みが激しい勘違い女子なら、これらを都合良く合成して彼氏確定させるのかもしれない。


「なんか、友達にも同じような事言われるから気をつけてるんだけどな」

「自覚が足りません。冷たいくらいでいいと思います」


 それはそれで「クールなイケメン好き!」という人が釣れる可能性はあるが……今よりは圧倒的に減るだろう。


 加納先輩はそれでも「うーん」と唸る。そして次には苦笑いだ。


「それは、なんだか俺じゃないんだよな。自分に違和感って、ちょっと。キャラ付けとかもボロ出そうだし」

「そのうち後ろから刺されますよ」


 誰にでもいい顔をすれば知らない所で恨みも買う。そういうものが巡り巡って自身の身に降りかかる。

 そういう事を言ったのだが、先輩は途端に青い顔をしてギュッと自分の腕を強く握った。


「加納先輩?」

「あっ! ううん、気をつける」

「?」


 なんだろう、今の違和感。正直表情とかはっきり見えないから分からないけれど……恐怖、だろうか。

 何にしてもセンシティブな問題に他人の僕が踏み込むのはいいことじゃない。適切な距離感というやつだ。


「それにしても、凄い人でしたね。どうしてあのような状態になったのですか?」


 昼食のオムライスを食べながら問うと、先輩は困ったように唸り出す。腕を組んで悩むけれど、そんな薄っぺらい接点であれだけの執着をされたのだろうか。


 正直、一瞬考えてしまった。本当はこの先輩がどうしようもない女ったらしで、気のある事を彼女に告げて欲求を満たすようなクソ野郎だったらどうしようかと。

 この場合、彼女が怒るのは当然だ。粛正されるべきは先輩になる。

 ただ……あの時はこの先輩の言葉を素直に真実と感じたのだけれど。


「俺もよく分からないんだ」

「分からない事はないでしょう。ご自分の行動を思い出してください」

「いや、本当に思い当たる節はないんだよ! 四月の終わりにサークルの新歓コンパがあって、そこで自己紹介したら、なんか」


 困り果てた様子は凹む犬みたいだな。

 肩が内に入ってしょんぼり項垂れるのはちょっと可愛く見える。あざといってこういうことなのでしょうか?


「それ、本当ですか? 気のある態度とか、勘違いされそうな事とかありませんでしたか?」

「ないよ、本当に! 高校からの友人も気に掛けてくれていたし、事前に言われてたから」


 なるほど、それなら可能性は下がるのか。最悪そのご友人に聞けば裏が取れるな。


「どのような会話を?」

「えっと……それぞれ自己紹介してから席移動自由になって、俺は友人とずっと一緒で、そこに彼女を含む女子がきて話して。俺は誤解を招きやすいから、相づち打つくらいにしとけって言われてたからそうして」

「……可愛いね、みたいな会話は?」

「してたと思う。でも、酒も入る場なら社交辞令みたいなものじゃない?」

「一般的にはそうですね」


 経験もないし、したくもないが……そういう場では話の入りとして褒める事が推奨される。悪い気はしないのだし。だが……それに相づちを打った事で都合良く取られたのだとしたら最悪だ。

 もうこうなったらこの人の責任だなんて言えないだろうな。


「分かりました」

「え? 何が?」

「先輩の女運はきっと最悪だって事です」


 世の中こんな人もいるんだと、一つ勉強になった今日この頃です。


敬具


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