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第6話 けやきの下で

※過呼吸表現あり 苦手な方はご注意下さい※



やってしまった。


触れるだけのキスでも、最後にできたらな。

なんて思っていたのに。

あそこまでしてしまった。

自分を止められなかった。

優斗、震えてたな。最後に怖がらせてしまった。



男子トイレの個室へ慌てて駆け込む。

…誰も今くるなよ。…


優斗に触れたことで、こんなにも興奮してしまう自分が怖い。

っくそ、痛い。

痛いくらいに反応してしまっている自分の身体に、自分が1番戸惑っている。


“優斗、優斗、優斗。可愛い、可愛かった。

キス、全然知らなかった。

優斗のもちゃんと、反応していたよな?

可愛かった、もっと、もっと触れたかった。


優斗の……見たかった。思い切り俺が身体に触れて、あの瞬間の顔みたかった。声、聞きたかった。


優斗の誰にも見せたことの無い所……

どんな感触なんだろう。

もう、触れることも叶わない…。

できることなら思い切り、この熱を潜り込ませ、打ち付け、泣かせてみたかった。

妄想の中の優斗の感触と、リアルな優斗の感触がごちゃ混ぜになって、頭が混乱している。


ほんと、何したんだ、俺。

優斗はただ、話をしたがっていただけだろう。


あんな無理矢理キスをして、触れて…


最低だ、俺。

ボディガードとか言っておきながら、こんな風に

好き勝手、自分の都合の良いように…優斗の気持ちもきちんと聞かないで、暴走して…。



だからこそ、

もう、離れなきゃいけないんだ……。


っぅっ、…はぁ、っやばい、限界だ。


カラカラカラカラッ!!

トイレットペーパーを勢いよく引っ張り出し、

熱すぎる場所へ押し付ける。


優斗優斗、優斗”

あ、っくっっっ!!


っはぁ、はぁ、はぁっ、

もう何度目だろう、優斗思いながら、自分の思うままに欲望を吐き出してしまったのは。



今までの妄想の中の優斗とは違すぎる、強烈なほどのリアルな優斗の呼吸、舌の感触、唇の柔らかさ、

どうしても、思い出してしまう。

吐き出したはずの熱が全くおさまらない。


どうすんだよ、これ。

やばいだろ。


誰も来ませんようにと、祈りながら、

優斗との別れを、絶望しながら、


2度目の熱を吐き出した。


講義開始のベルの音が遠くで聞こえた。

講義なんて、いい。


やっとで熱が引いたそこを収め、

便器の上に座り込む。


っく、っひくっ、優斗、優斗、ごめん、優斗。




目から溢れる涙は、全然止まってくれなかった。










あの、濃厚なキスをされてから

1週間が過ぎた。

やはりまったく透は俺に関わってこなかった。

本当にさよならのつもりなんだな。



これだけ人数のいる大学だ。

関わったことの無い人の方が多いくらいなんだ。


ただ、同じ大学に通ってる



それくらいしか透と俺には接点がない事に

気がつかされた。


やっぱり、一緒にいるほうが不自然な俺たちだったんだよ。



陽キャ達の塊を

必死に見ないように俯きながら端の席に座る。


リュックから必要な教材を出していると

「あっ!」


ガシャンッ!!!!

缶のペンケースがすごい音を立てて床に落ちた。

近くにいた学生たちの視線が一斉に俺を刺す。


あ、やばいかも。いや、だめ、だめ。

息吐く、吐いて、大丈夫、もう、発作なんて、何ヶ月も起きてない。

大丈夫、大丈夫、息できる、大丈夫。


じとっと冷や汗が額を流れる。


震える手でペンケースを拾う。


大丈夫、俺、1人で、大丈夫。

ほら、ちゃんと、息できてる。

ふぅ、ふぅ、はぁぁ。

呼吸を確認しながらゆっくりと立ち上がる。

うん、大丈夫、大丈夫。



「ねぇー!この講義、急遽休講ってー!!!」

近くに立っていた男子学生が大声で叫ぶ。

教室にいた全員の視線が一斉に突き刺さった。


ぐにゃり。


視界が一気に曲がった。


やばい、なんで、なんで、こんな続けて。

大勢の突き刺してくる視線から逃げるように

リュックをかかえて教室をでる。


はぁっ

はぁっ、はぁぁっ、く、苦しい。

苦しい。怖い。

だめ。


『優斗、息吐いて、吐くよ。そう、俺に呼吸合わせて、そう、上手』

以前の発作の時の透の言葉を必死に思い出す。


中庭、中庭行こう、ベンチで、休めば、大丈夫。


ぐにゃぐにゃとうねる地面を必死で歩く。

もうすぐ、もうすぐ、中庭についたら、

きっと楽になる。


大きなけやきの木が見えて来た。

視界がぼやけてくる。


『優斗、こんなの、優斗、困るだろ?

だからさよならしよう。ごめんな、こんな強引なこと、して。怖かったし、嫌だったろ?』


透に最後に言われた言葉が蘇ってきて

胸を抉る。

そうだ、もう透はボディガードじゃない。

誰も助けてくれないんだ。

自分で、自分で。


ベンチにやっとで手をかけたが

あまりに呼吸が苦しくて

地面に座り込んでしまう。


ひゅっ、ひゅうっ、はぁ、はぁあっ

息、どうやって、吐くの?

できない、できない。

苦しい、苦しい。助けて。


スマホをポケットから取り出す。

冷たくなってきた手で必死に

透の番号を出す。


俺、まだ透に頼るつもり?


だめ。もう、他人に戻った。 


助けて、苦しい、助けて、透

助けて、



ひゅっっっと喉が鳴って、

目の前が真っ暗になった。




「優斗!!!優斗!!!!おい、優斗!!!」


あ、俺、幻聴まで聞こえる。

深い水の中いるように全く息ができない。

このまま

このままずっと目を閉じていたら

楽になれるのかもしれない。



身体を抱きかかえられ、背中を大きな手がさすってくれる。

「優斗、息、吐いてごらん、俺のこと見える?

ふぅーーー、だよ。そう、ゆっくりで、いいから」


優しい声。

「ふうっ、ひゅっ、ふぅふぅ」

「そう、上手、少しずつ身体から出していこう。大丈夫だよ。俺の呼吸に合わせられたら、合わせてみて。」


だんだんと視界がクリアになってくる。

あ、息、できてる。

少しずつ、呼吸の仕方を身体が思い出してきた。


抱きかかえてくれている男の

胸の動きに、自分の呼吸を合わせる。



「とおる、ごめん、迷惑、かけて。

ボディ、ガード、おわった、のに。」


「ごめん。気が付くの遅くなっちゃって。

ペンケース落としちゃって、一瞬、苦しそうにしたのは見てたんだけどさ。

その後、ちゃんと呼吸できてそうだったから、あぁ、もう大丈夫なのかと思ってたんだけど…。

でもやっぱり心配になって。優斗が行きそうな所、探してたんだ。トイレとか、学食とか…。最初から中庭来てたらよかった、な。」


「なんで、たすけて、くれた、の」

ふわっと汗ばんだ髪を優しく撫でられる。

「好きな奴が、苦しんでるかもと、思ったら普通放っておけないでしょ?って、未練がましいよなぁ、俺」


また置いて行かれてしまいそうで

ぎゅっとしがみつく。


「俺っ、この、まえ、透にされたの、

嫌じゃ、なかった。」


「…っ!?ま、待って、待って。やめて。

ちょっと落ち着こう、優斗。

俺、必死で、我慢してるし、必死で、優斗の事、忘れようって頑張ってるから。もう、終わったんだ。この気持ちは。」


慌てたように透はしがみつく手を離そうとしてくる。

せっかく会えたのに、せっかく話ができたのに。


「なぁ、ボディガード、もう一回、やってよ。」


「だ、だから、俺は、これ以上、優斗の側にはいられない。ボディガードもできない。守るどころか、いつ、暴走してもおかしくないくらい、ずっと、優斗のことばかり、考えてる。でも、もう終わりにしようって、ちゃんと、心の整理してるから、さ。」


「な、なら!一緒にいろよ!

俺は、おまえが側にいないと…さ、寂しい!

ずっとぽっかり胸に穴があいたみたいだった!!!

こんなして、抱きついていたら胸があったかくなるんだ。いつも、いつも…あの時、ボディガードやめるって言われた時から、

お前の…いや、と、とおるのことばっか、考えてるんだ!

これは何?これは、好き?ってことじゃないのか?なぁ、教えてくれよ。」



視界全てが透の顔で埋め尽くされた。

ちゅっ。

唇に触れられただけの、優しいキス。


「も、もっと…」

「だ、だめ。さっき、過呼吸、してたでしょ。

苦しくなっちゃう。

ねぇ、優斗?今の、言葉本当?優斗、俺の事、ずっと考えて、くれてたの?」

こくんと頷く。


「お、俺、透のこと、好き、なのかな?」


「なのかな?…じゃなくて、ちゃんと言って欲しい。

俺は優斗のこと、好き。大好き。優斗無しじゃ狂いそうなくらい、辛かった。優斗、好きだよ。」


頬を包まれ、視線も外せないまま

真っ直ぐ伝えられた言葉に

勝手に涙がぽろぽろと溢れる。

「っお、おれもっ、とおるの、ことっ、す、すき。

もっと、キスしたいくらい、すき。

ずっと、側にいて欲しいの、すき。っううぅうぅーーーー」


透があまりに嬉しそうに涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑っている。

その胸に思い切りしがみついた。


「好き、好きだ。優斗。離さない。もう、離せないよ?」

うん、うんうん、涙がどんどん溢れて、

頷くのが精一杯だった。




2人を祝福するかのように

けやきの葉っぱが風に吹かれ、

赤い薔薇の花びらのようにひらひらと舞っていた。



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