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第4話 告白

「あ、優斗!おはよう!!」


大学の門にいつもの男が立っていた。

あれ?昨日の試合の後、すっげー怖い顔してたけど、

ん?いつも通りか。

なんだったんだ、俺、変なことしたのかと心配したわ。


「おはよ。昨日、おまえすごかったな!

まさかあんなにサッカー上手いとは思わなかったわ。

優勝祝いに、今日の昼、奢るわ。」


「わーい!優斗!ありがとう!!!

じゃあトンカツ定食にしようかなー?」

「はぁ!?1番高いやつじゃねーか、少しは遠慮しろ。」


教室に向かって歩いていると

中庭の真ん中で突然、透が立ち止まる。


「あ、あのさ、あの、昨日のやつと、

俺……。い、いや!なんでもない!!あー、昼飯楽しみだわ」


「は?何?はっきり言えよ」

途中で言いかけて辞めるなんて、

1番モヤモヤする。

「う、うん、な、なぁ、…昨日の奴って。

優斗の、友だち?」


「に、西岡くんの、こと?…な、なんで?」

やば、名前言うだけで

顔が熱くなる。


「なんか、高校ん時から友だち、いないって、言ってたろ?優斗。だから、ちょっと、意外な新キャラ登場ーって思ってびっくりしてさ。」


「友だち…じゃ、ない。友だちなんて、いない。

昔も、今も…」


あれを友だちというのなら、

世の中の一般的な人間は

全人類友だち!というレベルだろう。


連絡先もしらない、話したこともない。

住所も家族構成も、好きな食べ物だってわからない。


なのに、

好きだった。

アホみたいだ。


「今、も?」

「言ったろ?友だちいらないって。」


がしっと両肘を掴まれる。

いつもへらへら笑っているくせに、突然の真顔で顔を覗き込まれる。

なに?怖いんだけど。


「じゃ、じゃあ、俺、俺は!?」

「は?…おまえは……ボディガード…だろ?」


へにゃっと泣きそうな顔をされる。

え?何?間違ったこと、言った?

だって、透が言い出したことだろう?


「ふはっ、正解!よくできました!」

今度はケラケラ笑い始める。

大丈夫か?こいつ。



「そうだ、俺はお前を守るボディガードだ。いつでも守ってやるからな」

「は?うざ。」


俺は

この時、

透の気持ちなんて、これっぽっちも気がついていなかったんだ。






その後も俺たちの関係は変わることなく、

お互いの事を特に干渉したり、プライベートな事に踏み込む事も無かった。

そして、気がついたら夏が終わり、

中庭のけやきも紅く色づき始めていた。




「あ、ちょっと俺トイレ行ってくるわ。優斗も行く?」

「俺は平気。待っとく。」


ピコン!

メッセージの通知だ。

珍しい。誰だろう?


「え!?」


西岡からだ。

そういえばあのサッカーの決勝で会った後、数回メッセージをやり取りしたが、

忙しさもあって、その後全く連絡していなかった。


『今度の土曜日、会えないかな?話たいことがあるんだ。時間は名波に合わせるよ』


え、なに?なんだ、話って?

久しぶりの連絡に思わず口角が上がってしまう。

もう、すっかり気持ちは無いと思っていたが、

やはり連絡がくると嬉しい。


『OKです。バイト終わりで21時すぎになっちゃうけどいい?』

『りょーかい!店は◯◯駅前のどこかにしよう。』


高校の時の自分が見たら卒倒するだろう。

それくらい、当時の俺からしたら

ありえないことなんだから。



「ほーい、おまた…せ。?なんかいい事でも、あった?」

「は?別に。何でだよ」

「え?すんごい嬉しそうな顔してるから。」


いつもと同じ表情のつもりなのに、

何でバレたんだろう。


「もしかして、好きな奴からの連絡?」


ボッと顔が燃えるように熱くなる。

「うるせー、プライバシーの侵害だ!」

ずんずんと学食に向かって透を置いて歩いていく。


「…そっか、まだ、連絡とってるんだ。そっか。」

後ろでボソボソ何か言っている気がしたが、

全然聞こえなかった。








「あ!建野くんおはよう!わー、急遽ヘルプ助かるー!ごめんねー!体調不良3名もでちゃってー」

「いえいえ、暇人大学生なので、大変な時、いつでも呼んでください。」


駅前のファミレス。土曜日の夜はかなり混雑する。

透は週3回ほどのシフトだが、

今日は欠員のため呼び出された。

特に予定もないし、逆に稼げてラッキーだ。



夕飯のピークも何とか落ち着いた21時過ぎ、

見たことのある顔が入ってきた。


あれ、あいつ、西岡だ!

1人か?それとも彼女と一緒か?


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「2人で。後からもう1人、少し遅れてきます」



「それでしたら窓側のお席へどうぞ」

「あ、あれ?君、サッカーの優勝した子だよね?

名波と知り合いの!」



「あ、はい。お久しぶりです!」

「じゃあまたこの前の3人集合だな。名波、バイト終わりにくるからさ。」



これか。これだ。

優斗が嬉しそうにしてたやつ。

こいつとデートかよ。


俺とは『バイトあるから』

の一言で何回も誘い断ってるくせに。



やべ。仕事中だけど、

今すぐ帰りたい。

なんで、好きな奴のデートしてる所

見なきゃいけないんだ。


どうにか接客しなくて良いように

裏の皿洗いを黙々と手伝う。


「建野くん!5番テーブルお願いできる?」


うわ。5番て、あいつの席だ。

「あ、は、はい。今いきます。」


こんなにもオーダー取るのが嫌な事ってない。


優斗。いつの間にか来店していたんだな。

そんな顔、やめろよ。

何で話していていちいち頬赤くしなきゃいけねーんだよ。


そいつは優斗のことなんて、好きじゃないだろ?


「お待たせ致しました。

ご注文をお伺いします。」


「うわっ!びっくりした!おまえ、何で??え、バイト先ここだったんだ!」

優斗が今は俺だけを見ている。

そうだそのまま俺を見とけ。

目の前に座っているやつは

優斗を幸せにはしてくれないぞ?

なぁ、優斗。お願いだ、優斗。


もう淡々と仕事として優斗を接客する事でしか、

心を保っていられなかった。










「びっくりした!あいつのプライベート、何も知らないから、さ。」

「そうなんだ。名波と、彼、すごく相性良さそうだけどね?」


ずずずっと運ばれてきたメロンソーダをすすりながら西岡が言う。

「あ、相性良い!?そ、そんなわけないよ。

で、でさ、は、話ってな、に?」


俺がカフェラテを啜るのをじーっと見ながら

ぽつりと西岡が話し始めた。


「俺さ、結婚、するんだ。

俺も、彼女も19なんだけど、その、彼女のお腹に、赤ちゃんがいて、ね。

若いから親にも反対されたんだけど、

付き合いも高校からずっとだし。2人できちんと話し合って仕事もして、ちゃんと育てて行こうって。」


驚きすぎて、しばらく固まってしまった。

「…西岡く、ん、お父さんに、なるんだ?」


「お父さん…お父さんか。なんか、むずむずするな。

まださ、実感は全然無いんだけど。

俺、高校の時にずっと1人で見えない何かと戦っている名波を見て、すごい驚いたんだ。助けてあげたかったんだけど、結局誰にも頼る事なく、卒業しちゃって。今、何してるのかなって卒業してからもずっと、気になっていたんだ。

だからかな、なんか、名波にこの、不安な気持ちと、決意を聞いてほしかったんだ。…なんか、勝手だよな俺、ごめん。」


「西、岡くん。そんな、俺、なにも…」


女性の店員が、頼んでいたパフェとチョコレートケーキを運んできた。


「でもさ!俺この前、すんげー安心したんだ!

さっきの彼、名波のことすごく大事にしてくれてる友だちなんだろ? 

お前の事見る目がすんげー優しかった。ってか、俺に敵対心燃やしてたしな。それは意味わからんけど」


「え!?な、なに、それ。いや、あいつ、友だちじゃ、な、ないし」


突然透の話になり、

頭の整理が全くつかない。


パフェをぐるぐるとかき混ぜ、一旦落ち着こうと深呼吸する。


「え?友だちじゃない?

じゃあ、恋人?だったかな?ごめんね、友だちなんて、言っちゃって」


顔が燃えそう。なに、何言ってんだ、西岡くん。

恋人?はぁ?あいつは

ボディガードだ。

ただの。


でもなんだか、おかしい。

大好きだったはずの結婚報告を聞いても、何も感じない。というか、心から応援したくなった。

やっぱり、好きだっていう気持ちは

勘違いだったのかもな。

若気の至りってやつか。



それより、

誤解を解かなくては!

透は、あいつはただの…


「伝票、こちらに置いておきますね」


話題に出ている男の声が頭上から降ってきた。

え?こいつが優しい?この詐欺師の陽キャが?


ちらっと透の顔を見ると

バッと目をそらされた。

ほら。優しくなんか、ないだろ?


「ははっ、ごめんごめん。誤解されないように、ちゃんと今日のこと、彼にも伝えておいてね!

それじゃ、俺は彼女家で待ってるから。

聞いてくれてありがとう!また、今度、彼も呼んで、3人でランチでも行こうな」


さっと伝票を取ると、ばいばーいと

手を振りながら、会計を済ませていってしまった。


結婚かぁ、すごい、すごいや。

それより、最後の透に関して、わけわかんないこと言ってたけど。

もー、色々ありすぎてびっくりだ。


残りのパフェを食べながら

浮かんできたのは

ボディガードのやつの顔だった。











あぁ、限界だ。

俺はいつまでも、友だち未満。

ボディガードっていう名目がなければ

優斗の側にいさせても、もらえない。


優斗のあんな嬉しそうな顔。

照れた表情、

何、話してたんだ。


もう、優斗を思い切り抱いて、閉じ込めて、俺だけのものにしてしまいたくなる。

恐ろしい。こんな考え。


だから


もう、側にいるのは

潮時なのかも、しれない。

いつまでも報われない恋して、

心の中では優斗をめちゃくちゃに抱いて。

いつか、

本当にしてしまいそうな自分が怖い。

いつか、止まらなくなりそうな、自分が怖い。



まだパフェを食べている優斗を目に焼き付けてから、

帰る身支度をした。










もう、22時過ぎた。のんびり西岡くんのびっくり結婚妊娠報告と、パフェの美味さの余韻に浸り過ぎた。


帰ろう。


ファミレスの階段を降りていくと、

透がいた。


「おぅ、お疲れ。バイト終わりか?」


「ゆ、優斗に、話があって。」


「なんだよ、今日は西岡くんも、おまえも、俺に話しって。」


透は頭を振って、

ぐっと眉を寄せたあと、一息に告げてきた。

「俺、ボディガード、やめるわ」


「…え?」

頭から冷水をかけられたような気分になった。


「ほ、ほら最近は発作もないだろ?だから俺、いなくても平気だろうって思って。優斗も俺がしつこく付き纏うの嫌がってたからさ。だから、今日で、おしまいにしようと思って!」


ははっと楽しそうに笑いながら言われた。

「そっか。まぁ、おまえが、言い出した事なんだから

おまえが、決め、たらいい、んじゃん?」


声が勝手に引き攣る。なんでだ?


「じゃー!最後にボディガード任務完了の握手!しよう!!」


今日は俺の脳みそはもう、許容範囲をとっくに過ぎている。なにももう情報処理しきれない。


握手というより、強引に手を握られぶんぶんと振られる。ん?笑ってるのか?泣いて、るのか?

わからない透の顔を覗きこむ。


「ん?とおる?」


ぼろっと透の目から涙が溢れた。え!?やっぱり泣いてる!?

涙を見せない、とでもいうように強く抱きしめられた。


「さ、さいごに、初めて、なまえ、呼ぶのは、反則、だろ…。ずっと、気がついて、もらえなかったけど、

優斗。好きだったんだ。今まで、側に、いさせて、くれて、ありがと、な。」


骨がみしっと音がしそうなほど

強く抱きしめられた後、

「ははっ、なんつって。ごめんな、最後に困らせて。じゃ、」


何が起きたのか、何を言われたのか、

わからないまま

小さくなっていく透をみているしか、できなかった。





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