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第2話 電話

※過呼吸表現あり。苦手な方はお気をつけ下さい※




「じゃあ、また明日!あ、そうだ優斗!あの、明日さ…!」

毎日毎日飽きる事なく、

くっついてくる陽キャ。

ボディガード宣言をされてから毎朝大学の門の所で

忠犬ハチ公のごとく待っていて、

帰りは駅前で手を振られる。

いや、尻尾か?


どーせ『明日も待ってるから』だろ。

話しを遮るように

「電車くるから。」と駅の改札を通った。

あいつはどうやら大学の近くに住んでるようで、

駅までご丁寧に寄り道してくれているらしい。



あいつの前で倒れてしまってから、もう半月。

夏も真っ盛りで毎日うだるように暑い。



俺は相変わらず大学とバイト、家を往復するルーティンだ。

いつもの電車に乗り

一人暮らしのアパート近くのスーパーへ行く。

ここが俺のバイト先だ。


接客が苦手という俺のわがままを聞いてくれ、

品出しや陳列、発注と裏方の仕事を任せてもらえている。

24時間営業なので、稼ぎたい時は深夜帯に入る事もあるが、

それを続けていたら

さすがに大学で居眠りをしてしまったので

休み前にしか深夜バイトは入れていない。


そういった融通を利かせてくれて、本当にここの店に感謝だ。




8月のある朝、バイトを連勤していた為か、

うっかり寝坊した。

「やべ、1コマ目間に合うかな…」

急いで身だしなみだけを整えて、リュックを担ぎ、駅まで走る。


『あいつ、俺がこないから、心配してるかな』


っておいおいおい!!!あいつが勝手にボディガードとか言ってるだけだろ!

俺が何であいつの事気にしてんだ!?


あー寝不足のせいだー!とぶるぶると頭を振って、

陽キャの顔を頭の中から抹消する。


講義に間に合うギリギリの電車に乗り込み、

駅から大学までダッシュした。



いつもいるはずのあいつは

門の所にいなかった。


『あ、あれ?…あぁ、もう飽きたのか?

詐欺にのってこないから、次のターゲットに切り替えたかな?…のわりには、昨日、別れの挨拶も無かったけど…な。』



時間ギリギリに教室に入って、陽キャを探すが…やっぱりいない。

どうしたんだ?

休み?

だから!あいつの事なんて、どーでもいいだろ。


なんだかモヤモヤする心を無理矢理仕舞い込んで、

講義に集中した。


昼の空き時間になっても

やっぱり陽キャは現れなかった。


さすがに、少し、少しだけ、心配になる。

あぁ、授業サボって呑気に昼飯でも食べてるのかも?


学食はちょうど昼時で、混み合っていた。

キョロキョロと見回すが、

やはりあいつの姿は見当たらない。


ボディガード本当に辞めたのか?

それとも、体調でも悪いのか?

スマホを取り出す。

あいつの連絡先は勝手に入れられたままで

一度も連絡したことなどない。

だから

あいつは俺の連絡先を知らない。

当たり前だ。詐欺師に連絡先を渡したら最後だ。どんな悪用されるか、わかったもんじゃない。



メッセージアプリを開いて

文字を打ちかけるが、

手を止めた。

おい、何するつもりだ?

あんな奴、付き纏われて迷惑だったろ。

あれほど目立ちたくないって言ってんのに

無駄にイケメンなあいつといると

嫌でも人の目についてしまっている気がする。



「あれー!?!?透のお気に入りくんじゃーん!?

んーと、優斗?だっけー?今日は1人ぃー?」


やけにミニスカートの女子軍団が話しかけてきた。

「本当だ!めっずらしい!…ねぇねぇ、透とどういう関係?友だち?友だちにしちゃキャラ違うよねぇ?

まさか!付き合ってたりしてぇーー!!!!」


「えー!透ってそっちだったのー!?えー、無駄な努力してたってことー!?」


「あんたも透くん狙いだったんだ!やばー!」

キャーキャーと大きな声を出される。


え、なに?

やめて、

やめて。


学食にいた全員の視線が自分に突き刺さった。


あ、

や、やばい、

やばいかも。

一気に血の気が引いていく。



「え?優斗くん?大丈夫?え?顔、真っ青だけど!」


やばい、目の前がぐらぐらする。

あぁ、気持ち悪い。


「だ、い、じょぶで、す」

それだけ言うのがやっとだった。


フラフラと学食からでて、

中庭に向かう、

あそこなら、ベンチあるから、

そこで、横に、なろう。


大丈夫、大丈夫倒れるな、俺。あと、少し、あと、少しだから、


地面が歪んでいるかのように真っ直ぐ歩けない。

はぁ、はぁっ、ひゅうっ、はぁぁっ、


苦しい、助けて、助けて、

誰か助けて、

助けて、透。

お前、俺の、ボディガードなんだ、ろ


ベンチに辿り着く前に立っていられなくなり、地面にべたっと座り込んでしまう。


苦しいよ、

助けて。

ねぇ、透。


持っていたスマホの通話を押し

そこからは

もうほとんど意識は無かった。








今日は高校OBと現役とのサッカー大会で

午前中は大学の講義は休んだ。

昼前には終わる予定だから

お昼からは優斗に会えるな。


昨日、帰り際にサッカー大会の事を伝えておこうかと思ったけれど、

全く興味なさそうに改札口へいってしまった。



この半月、毎日優斗と一緒にいる。

なのに、一向に距離は縮まらない。

でも、でも、最近は本気で嫌がられているわけじゃなさそうな気もする。

いや、俺の勝手な妄想かもしれない。

あれから、優斗の連絡先も教えてもらえていないし、バイト先、アパートの場所ももちろん教えてくれない。


ただ、学食ではいつもA定食を頼んでいること、

ネギは少し苦手らしいこと

甘いコーヒーしか飲めないこと

講義中にこっそり居眠りしてることがあること、

服装は朝選ぶのが面倒くさいからいくつかの組み合わせをルーティンしているということ、

たまにじっと空を見てぼーっと考え事をしていること。


半月でゲットできた情報はそれくらいだ。


ほとんど知らないのと一緒だ。

それほど、俺の恋は全く進展していない。



母さんがちょうど休みだったので

高校から大学まで車で送ってもらえた。


大学まであと少しという所で、


ピリリリリリッ

スマホが震える。ん?知らない番号だ。

何だ?まーたくだらない勧誘かな?


でも、なぜか、

どうしてもこの電話に出なくてはいけない気がした。


ピッ

「はい?どちら様でしょう?」


『はぁっ、はぁあっ、はぁっ、た、たす、けて』



え?

え…この声、

まさか…ゆ、優斗???

え?


頭がフリーズする、え、何で、優斗が?

しかも、この呼吸、…まさか、発作?


「優斗?優斗なの!?どこどこ!?今、すぐ行くから、もうちょっと、あとちょっと、待ってて!」


『なか、にわ、ひゅっぅ…ひゅう、はぁっ、』


ちょうど大学の目の前についた。

「透?大丈夫?お友だち?」

「うん、母さん、ありがとう!!!」


バタン!と思い切り車のドアを閉めると

中庭に向かって、力の限り走った。



大きなけやきの木の下で

うずくまっている優斗を見つけた。


「優斗!優斗!!!!ごめん、ごめん、側にいなくて!ごめん!」

身体を抱きかかえ、背中をさする。

苦しいのか、思い切り手を握りしめてくる。


「息、吐いて。そう、ゆっくり、すって、吐いてー。俺に合わせて。そう、上手。大丈夫、すぐに、落ち着くからね。」


5分ほどしただろうか、

優斗の顔色も血色が戻り、

呼吸も落ち着いてきた。


過呼吸のショックからか、ぼーっとしている優斗の身体を抱きしめる。

「ごめん、俺、ボディガード失格だ。自分から言ったくせに。こんな、優斗に苦しい思い、させて」


「はぁ、でも、すぐ、来てくれた。はぁ、

怖かった、1人で、こわかっ、た。」


ぎゅっと俺に抱きついてくる

優斗の大きな瞳から宝石みたいな涙がポロポロ落ちてくる。そのひとつひとつを大切に指先で掬う。


こんな時なのに、俺、最低だ。

最低だ。

今、思い切り、キス、したい。

だめだ。せっかく、俺を頼ってくれたのに、

優斗の信頼を少しずつ築いていかなくては。


「電話、してくれて、嬉しかった。

俺、優斗に嫌われてるとばっかり思ってたから。」


「きらい。あんたみたいな、陽キャ、

でも…助けに来てくれて、嬉しかった。

ボディガード、クビに、しない。

でも、いない日は、ちゃんと言え。」


「え!?い、いいの!?まだ、側にいて、いいの?

今日、今日は、高校サッカーの大会あってさ。

本当にごめん。昨日、ちゃんと、伝えてたら良かったよね。」


だんだんと落ち着いてきた優斗が

慌てたように俺を突き飛ばす。

残念。もっと抱きついていてほしかったのに。


「でも、優斗は俺のこと、嫌いなんだな、やっぱり。

ちょっと、傷ついたわ。」


「は?」

かなり落ち着いてきた優斗をそっと立たせ、

柔らかい手をそっと握った。


「でも、全力で守るから。優斗のこと。」


「あ、うん。」


うざったそうに手を振り解かれた。

でも、その優斗の目元が少し紅く色づいている気がした。

見間違いでない事を、祈ろう。



この日、少し、少しだけ、優斗との距離が

近づいた気がした。



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