あぁ、太陽みたいな奴だな、と思った。
彼に初めて会ったのは大学の学食。
俺はいつものA定食。
今日のメインは魚フライだ。
特に友だちもいない。
髪の毛も大学に入って初めて染めた。生まれつきの猫っ毛でどうセットして良いかもわからない。
背も170センチには届かないまま、おそらく止まった。
なるべく目立たないように、服も暗い色しか着ていない。今日なんて黒いポロシャツに黒のスキニーだ。
全身真っ黒だ。猫っ毛以外。
大学なんて、勉強して、単位とって、好きなことだけやっておけば、あっという間に就活だ。
別に1人は寂しくない。
高校の一年の夏のあの日から、俺の周りには誰も寄り付かなくなった。
「やべぇ!こいつホモだ!!!きもっ!」
カバンに入れていたBL漫画。
表紙にカバーをしていたのに、クラス代表のバカ騒ぎするアホに奪われ、見られた。
その時、目の端に入った長身の男。
哀れむような眼差しでみられていた。
こっそりと誰にもばれないように。決して表には出さないように、と隠していた恋心は
ガラスの破片のように粉々に砕け散った。
ピエロでも見るかのようなクラスの奴らの顔を
俺は一生忘れられないだろう。
そこから、俺はずっと1人だ。
大学は高校の誰とも一緒にならないように
都内の大学へ決めた。
母に負担はかけたくないと、バイトも毎日頑張って、少しは大学の授業料と、1人暮らしの生活費にあてている。
そう、俺はこんな風に、
空気のように、生きていくんだ。
「あの、ここ、空いてます?」
美味しそうなラーメン定食のお膳が隣に置かれた。
顔も上げずに
「はい」
とだけ頷いた。
昼時の学食は混んでいるが、
他にも空いている席があるのに、
変なやつ。関わらないでおこう。
どんなキモいやつかと、ちらっと横目で見る。
え、
普通にイケメン。
ラフなTシャツの上からなのに、筋肉がさりげなくついているのがわかる腕。
きりっとした眼差しに、
すらっとした鼻筋。
ワックスでゆるくふわっとさせた茶髪が
太陽の光で輝いていた。
まるで、この前テレビで見た、歌って踊る男性アイドルにいそうな雰囲気だ。
横に座った感じでは、俺より10センチは背が高そうだ。くそ。
俺とは真逆の世界の人間だ。
男性アイドル様の方は決して見ないように身体の向きをかえる。
「え、そっち、向かないでよ。
君ってさ、いつも1人で食べてるよね?
でも、俺たち、取ってる講義、結構被ってるんだけど、俺のこと、見たこと、ないかな?」
なんだ、新手の詐欺か?
ぶんぶんっと頭を振る。
「あ、そっか、ごめんね、急に話しかけて。
俺、前から君のこと、気になってて。いつも1人でいるからさ。」
「別に、1人が、すきなんで。」
話したくないとアピールをこめて魚フライに齧り付く。
「あのさ、名前、名前教えてくれない?」
「嫌です。友だち、いらないんで。」
やべーやつだ。しょっぱなからぐいぐい話しかけてくる。いわゆるこれが陽キャってやつか。
「えー、名前だけ、いや、できたらLINEも聞きたいけど!俺はこれ!」
アイドル様は
がさがさっと有名なブランドのロゴの入ったリュックの中から、ペンケースを取り出し、
付箋にカツカツっとボールペンを滑らせる。
『建野 透』と書かれた付箋をお膳に付けられた。
「たてのとおる、だよ。よろしくね。
俺もあんま、気の合う友だちいなくてさ。君を講義や学食でいつも見ていたから、気になってて、声かけちゃった」
うざい。
友だちいなくて可哀想な奴に愛の手をってか?
とっとと離れて欲しい。
こんな陽キャの側にいたら
勝手に目立つポジションにいれられてしまう。
ばっと付箋とボールペンを奪うと
『優斗』
とだけ書き、ラーメン定食のお膳に貼り付ける。
「ゆうと、くん?ありがとう!!!
え、苗字は?」
「名波」
「七つの海?名前の波?」
うぜぇ。
「名前の波」
付箋に勝手に苗字を書き足す陽キャ。
「名波 優斗くんかぁ、ありがとう!
これから、よかったら毎日一緒にご飯たべようよ!」
ぐびぐびっと食後の水を一気飲みして
立ち上がる。
「お断りします。あなたと食べたい人なんて、沢山いるんじゃないですか?では。」
大急ぎで食べ終えたA定食のお膳と、リュックを持って立ち上がり、大股でその場から離れて行った。
なんなんだ、マジできもい。
慈善活動かなんかか?
あんな眩しいやつ、近寄らないで欲しい。
「名波、優斗。名前も、可愛い。あぁ、名前、聞けた。声も、聞けた。
良かった。良かった。あ、無くさないように。」
ドクドクとうるさい心臓の音と共に、
付箋をスマホケースの中へとしまう。
「次は、LINE、聞きたいけどな。ガードかなり固そうだな。はぁ。前途多難。」
ずるずると伸びかけた麺をすすっていると
「あーー!!透くーん!見つけたー!ねぇ、一緒に食べようよー!なんで急いでいなくなっちゃうのよー!!」
2人の女の子に左右を囲まれてしまった。
目でちらちらと追っていた優斗が、
学食のドアを開ける前に、
こっちを見た気がするような。
俺の、願望だろう。
毎日が何となく過ぎていく。
大学に入って、すぐに友だちもできたし、
小、中、高でもやっていたサッカーのサークルにも入った。
まぁ、夕方はバイトがあるから、あまりサークルには参加していない。
試合前の人数調整で呼ばれた時に顔を出すくらいだ。
授業もなんとなくわかるけれど、
あんまり興味はない。
就職の為に、大学にいる、そんな感じだ。
でも周りにはいつも沢山の友だちがいてくれて、
告白してきてくれる女の子もいた。
でも、何だか付き合う気持ちにはなれずに
断っている。
中途半端な気持ちでは相手を傷つけるだけだとわかっている。
はぁ、
なんか、心突き動かす何か、大学では見つかるかと思ったんだけどな。
雨の続く6月のある日、
2コマ目の講義の時、ふと目の端に
毛先のくるっとしたダークブラウンの髪の子を見つけた。
女の子?いや、男か。
目はぱちっと二重で、肌も白い。
高校でも運動部じゃなかったのかな?
女の子にモテそうな可愛い系男子から漂う儚さから
何故か目が離せなかった。
ずっと捕まえていないとどこかへ逃げていってしまいそうな…。
その日からずっとその彼ばかりを目で追ってしまう。
いつも彼は1人で、つまらなそうな顔をしていた。
笑ったらどんな顔するんだろう?
見てみたい。
声は?
以外とめっちゃ低かったりして!
よし、
いつも彼が座っている、席の辺りへ講義の前に陣取った。
「おーい!とおるーー!?なんで今日そんな端っこいるんだよ?こっちこいよ」
友だちが呼んでくれたが、
今日は、今日こそはあの子の声を聞きたい!
それが俺のミッションだ!
友だちの誘いを適当に断って
彼が来るのを待った。
あ!きた!
「あ、ねぇ席、席空いてるよ、ここ。」
1番端の席を指差す。
ちらっと大きな目で見られただけで
通り過ぎられてしまった。
彼は俺の座る2つ上の席に静かに座り、教科書をパラパラめくり始めた。
ミッション失敗。
でも、学食でいつも1人で食べているのを知っている。
逃げられないように、食べている時に話しかけてみよう!!
自分でもなんでそんなにムキになっているのか、
わからなかった。
声を聞きたい、名前を知りたい、彼の笑顔が見たい。
そればかり、ここ1ヶ月ずっと考えていたんだ。
学食で陽キャに絡まれて以降、
何故か毎日、絡まれている。非常にうざい。
「優斗!こっちこっち、一緒に座ろう!!」
はぁ?その陽キャ集団の中に誰が入るか。
陽キャは陽キャで仲良く群れてろ。
無視していつもの端の席に座る。
はぁ。
教科書、ノートをリュックから出していると
背後に気配を感じた。
「優斗が来ないから、俺がこっちにきたよ。」
なんだ?
きも。詐欺師は俺の隙をねらってんのか?
隙なんかみせるもんか。
その日の講義は背中がぞわぞわして
全然頭に入らなかった。
いつもより長く感じた講義がやっと終わり、
逃げるように立ち上がると、
手を掴まれた。
「ねぇ、優斗、一緒にご飯食べる約束したよね?
ここ1週間近く、どこで食べてるの?学食、何で来ないの?」
「っ!離せっ!約束してない!俺は、1人がいいっていった。」
「お願い!優斗!!お願いだから一緒に食べよう!」
陽キャが大声で話すから
周りの人達がこっちをジロジロとみる。
この感覚、あの時、あの教室、みたい。
ぶわっと冷や汗が噴き出てくる。
目の前がぐらぐらと揺れる。
はぁ、はぁ、はぁっ、く、苦しい
あ、ヤバい。
そう思った時には
目の前が真っ暗になっていた。
真っ暗なトンネルから、
やっと抜け出せた。
そっと目を開くと、目の前に陽キャのドアップ。
うっわ、ドアップでもイケメンですってか。
良いことで。
「あっ!!!!優斗!良かった良かった!!!」
「ん?ここ、どこ?」
「大学内の保健センターだよ?優斗突然真っ青になって倒れたから、ここまで連れてきたんだ。」
辺りを見回すと、初めて入った大学内の保健センター。真っ白なカーテンに、真っ白な布団。病院かと思った。
まだ少しふわふわする頭を押さえて立ち上がる。
「っ!!まだ、もう少し、休んでた方がいいんじゃないかな?急に立ったら危ない気がする!」
「ん、大丈夫、です。ご迷惑おかけしました。」
「迷惑だなんて。…あんなこと、よく、あるの?」
あまりに強い力でベッドに戻された。
俺とは筋肉の作りが違うんだろう。
「あんたに、関係、ない」
「ってことは、何回かあんなことあるんだ!?」
陽キャめ。どうして「関係ない」から「何回かある」って繋がるんだ。
俺はあんたと一緒にいたくなくて言ってんのに。
あの、高校の夏以降、
誰かに大声を出されたり、
大勢の目線を感じたりすると、あの時の絶望感が蘇ってきて、過呼吸になったり、今日みたいに貧血のように倒れてしまうようになった。
だから
だから、俺は絶対に目立ちたくないんだ。
誰からも、注目されず、空気のようにいたいんだ。
「あの時、俺が、大きい声だしちゃった、から?
怖がらせてしまったよね?俺のせいだよね?ごめん」
「別に、あんたのせいじゃない。
も、いいから。これに懲りて、俺に絡んでくるのやめて」
陽キャに両手を握られる。え、なに…。
ほんとこういうスキンシップさらっとやるやつは
ヤリチンで彼女も取っ替え引っ替えなんだろうな。
手を引き抜こうとするが、指を絡められる。
え、なに?俺、なんかした?がっしり捕まってんだけど。
「心配。心配だから、お願い、側に居させて、欲しい」
「いや、今まで、1人で、大学で発作起きたことねーから。」
「あ、やっぱり発作…今までもあるってことだよね!?」
げ、くっそー、カマかけやがったのか、こいつ。
こんなキラキラ顔しておいて、
さすがは詐欺師。
「目立ったり、知らないやつらにジロジロ見られたら誘発されんの。だから、おまえといたら、しょっちゅう発作起こすだろうから、二度と関わるな、詐欺師。」
「さ、さぎ…?ま、いいや。俺、優斗を守るよ?だから、大学にいる間は、ボディガードとして、守らせて下さい!はい、決まり!」
「はぁ!?おまえ、話聞いてたか?」
「これ、俺の連絡先、LINEに入れてあるから。
優斗の勝手に登録するのは、さすがに…と思って。
だから、優斗から俺に連絡してくれる?」
俺のスマホを渡される。
やっぱり!こいつ詐欺師だ!
「マジで、無理。お願いだから俺に構わないでくれ。
自分の顔、鏡で見たことあんのか?」
「う、うん、毎朝ちゃんと見てるけど…」
「あんたみたいな、女がキャーキャー寄ってくるような顔の側にいたら、目立つだろーが。あ、それとも自分の引き立て役に指名してんのか?最低。」
さすがに頭の中がクリアになってきた。
指の絡まりが弱まった隙に、手を振り解く。
「?優斗が何言ってるのかわからないけど、
とりあえず、今日から、ボディガードさせてもらいます。よろしくお願いします!」
きも、本当に無理。
会話通じない。
あれ?もしかして俺か?ここ何年もまともに誰かと会話してないから
俺が日本語忘れてんのか?
椅子の上に置かれていたリュックを乱暴に掴むと
詐欺師から逃げるように急いで部屋のドアを開け小走りで廊下へ出た。
足の長さを見せつけてきてるのか、俺が急いでるのに、悠々と歩きながらついてくる。
「俺、優斗と一緒にいられて、嬉しいよ。」
アイドルスマイルってやつか?
そんなん彼女か、ファンにでも振り撒いとけ!
とりあえず無視だ、無視。
詐欺師は詐欺に乗って来なかったら諦めて
次のターゲットにいくらしいから
それまでの辛抱だ。
この気持ちが恋だとハッキリ自覚したのは
あの学食での初めて言葉を交わした時だ。
目を合わせてこない優斗。
きっとシャイなんだろう。
近くで見たら本当にまつ毛も長くて、頬もほんのりピンクで、
おとぎ話に出てくる王子様かと思った。
なによりあのくるっとした猫っ毛に触ってみたい!
という欲求を抑えるのに必死だった。
名前を知ったあの日、
家に帰ってからも優斗との少しの会話を何度も思い出して居たら
勝手に下半身が熱くなっていた。
え、嘘。
俺、男もイケんの?
すぐにスマホで男同士のセックスの仕方を検索した。
わ、俺、優斗相手なら、全然イケるわ。
優斗の乱れた姿を想像したら、とてつもなく興奮してしまった。
女の子に告白されても
付き合ってもあんまりピンときてなかったのは
このせいだったのか…?
ゲイなのか?とも思い
優斗以外の男を想像したら一気に萎えた。おえっと吐き気までしてきた。
優斗だ、優斗が、好きなんだ。
そのまま、未知の行為を想像して、その日、2度も優斗を思いながら熱を吐き出してしまった。
その日から、毎晩、毎晩、優斗のいやらしい姿を勝手に想像してしまい、止まらない。
翌日に優斗を見かけると、すごく恥ずかしくて、後ろめたくなったが、
この気持ちをきちんと確かめたい欲が勝った。
そんな中、優斗が目の前で倒れた。
恐らく、俺のせいな気がする。
俺が大きな声出したから?思い切り手を掴んでしまったから?
俺以外の要因が思いつかない。
ただただ、申し訳なくて、
大切にしたいのに、
誰よりも側で守りたいのに。
罪滅ぼしとは名ばかりで、何とか側に居させてもらえるように
ボディガードといって、無理矢理側にいることにした。
そうでもしないと、
俺は相当、優斗に嫌われている。
友だちになりたい!なんなら、恋人として付き合って欲しい。などと言った日には、一生口を聞いてくれなくなるだろう。
基本、目も合わせてくれないし、
目が合うとしたら、たまにじろっと睨まれる時くらいだ。
でも、嫌われてても良いから
どうしても側にいたかった。
どうしてなのか、自分でもわからなかった。
しつこくしたら余計嫌われるかも?ともよぎったが、
それより、優斗と同じ時間を少しでも過ごしたかった。
あわよくば、
優斗に、触れてみたかった。
初めて握った手は、柔らかくて、ぎゅっとしたら潰れてしまいそうだった。思い切り振り解かれたけれど…。
俺はそんなことではめげない。
この恋を
この気持ちを
もう止められなかった。