データ入力は自動プログラムに任せて、日南隆二は三年前の記録を検索していた。
終幕管理局が設立されてまだ日が浅かった頃らしく、記録の付け方が一定でない。試行錯誤があったのだろうとポジティブに捉えてもよかったが、今の日南にとっては面倒くさくて厄介なだけだ。
「白と黒、白と黒……」
渡に教えてもらったタイトルを検索しても引っかからず、虚構記憶に限定して人力で探すしかなかった。
ひたすらデータを見ていること数時間、そろそろ目が疲れてきた。
画面から一度視線を外し、両目を閉じて左右の肩や首を回す。咎める人が誰もいないのをいいことに、数分ほど休んでから椅子へ座り直す。
あらためて気合を入れると、日南は再び作業へ取りかかった。
数日ぶりにやってきた千葉は、めずらしく興奮した様子だった。
「あのクローヴ博士に会ってきた。より精密な検索がしたいと伝えたら、そのために作ったプロトタイプがあると言って、僕に託してくれたんだ。さっそく試してみたら、これまで検索に出なかった些事記憶や無意義記憶まで得られた」
いつもより早口でまくしたてる千葉に少々気圧されつつ、渡は冷静に返す。
「えっと、記憶の核が検索できるようになったってこと?」
「いや、それはまだだ。これから僕がプロトタイプを改良して、より細かく検索できるようにシステムを組む」
「千葉くんが?」
と、隣の部屋から東風谷が顔を出す。
「ああ、時間はかかるだろうがそれしかない。楓に協力してもらえたらいいんだが、デバイスの充電を忘れてて切れてしまった」
「充電するのはかまわないけど、位置情報バレないようにしてもらわないと困るねぇ」
東風谷が眉を下げながら笑い、千葉は「そうだよな」と肩を落とす。
ここにいる間、個人のデバイスは使用しないことがルールだ。どうしても連絡する必要がある場合は、一度外へ出るしかない。
すると、玄関の方から音がした。誰かやってきたようだ。
渡がすぐに玄関へ向かい、扉を開けた。
「やあ、タイミングがいいね」
と、渡の声がして千葉がはっとする。
じきに田村が部屋へ入ってきて、千葉は言った。
「楓、検索システムを組むのを手伝ってくれ」
いきなり頼まれて理解できるはずもなく、田村は「は?」と返す。
千葉が先ほどの説明を繰り返すと、田村はうなずいた。
「そんなことになるだろうと思って、ちょっとずつ組んでたよ」
「えっ、まさかすでに!?」
驚く千葉へ、田村は鞄のポケットからメモリーカードを取り出した。
「まだ途中だけど、プロトタイプと合わせればいい感じになるだろ」
「か、楓……!」
感激した様子で叫んだ千葉は、すぐに鞄からノートパソコンを取り出して食卓へ置いた。
「すぐに始めよう」
と、椅子を引いてノートパソコンを起動させる。
田村は向かいの席へ移りつつ、「その前にオレの報告も聞いてくれ」と渡たちを見た。
「アヌンナキに会ってきた。量子システムを完全に起動させられるのは、限られた人間だそうだ。その条件を聞いたら、パラサイトドリーマーとよく似てた。つまり、一部の想像力が豊かな人間だけが、脳にある量子システムを使いこなせるってわけだ」
渡は腕を組みながら「それで?」とうながす。
「できるだけ雑念のない状態で、強く願えば記憶の核が反応する。その状態こそが量子もつれの関係にあるってことだ。後は前に話したように、観測者が記憶の核の情報をパラサイトドリーマーに与えることで、記憶が取り戻せるはずだ」
とうとう計画の成功が見えてきた。渡は東風谷と顔を見合わせ、ハイタッチをした。
「いけるよ、純人」
「ああ、今度こそ成功させよう」
決意を込めた目でうなずき合ってから、渡は言った。
「その前にそのパソコン、位置情報を切って」
はっとして千葉はすぐに設定画面を開き、位置情報をオフにした。
「ネットにつなぐのはかまわないけど、発信するのはなしで」
「ああ、分かってる。大丈夫だ、たぶん」
言いながら千葉は設定を一つ一つ確認し始め、渡は声の調子を穏やかにして言った。
「僕たちはあっちで残りの作業を進めてる。二人とも、泊まっていってくれていいから」
「ありがとう、助かる」
設定を確認し終えた千葉はそう返しながら、田村がSDカードを挿したカードリーダーとパソコンをつないだ。
定時後、建物を出たところでデバイスに着信があった。
日南は歩きながら操作し、千葉からのメッセージだと気づく。開いてみると短く一言「青空が広がっています」とあった。
計画が順調なことを示す連絡だ。
日南は嬉しくなって「こっちもやっと晴れたよ」と返信した。ずいぶんと時間はかかったものの、計画に必要となる記憶の位置をやっと入手できたところだった。
「東風谷、デバッグを頼んでもいいか?」
あくびをしながら千葉が言い、東風谷は快く差し出されたノートパソコンを受け取った。
「いいよ。エラーがあったら、前の動作を含めてリストにまとめておけばいい?」
「ああ、それで十分だ。修正は後でする」
「分かった。じゃあ、千葉くんはもう寝な」
「うん……」
おぼつかない足取りで千葉はソファの前へ座り込む。ソファでは田村がすうすうと寝息を立てており、千葉は彼へ寄り添うようにして眠り始めた。
ダイニングから様子を見ていた渡は、できるだけ静かに東風谷へと近づく。そして小さな声で話しかけた。
「たったの二泊三日で作っちゃったんだ、すごいね」
「ああ、俺たちはとんでもない天才たちと知り合ってしまった」
にやりと笑いながら東風谷も小声で返し、渡は小さく笑った。
「日南さんのおかげだね」
出会ってから
「彼なくして計画は成り立たない、ってね」
と、東風谷が言い、渡はうなずいた。
「僕も本当にそう思う」
「ところで、画面デザインができたから確認してもらっていいかい?」
「ああ、やるよ」
東風谷は席を立つと、ノートパソコンを持ってダイニングへ移動した。
入れ替わりに渡はパソコンチェアへ座り、画面を見る。「物語を考える物語」もまた、完成へ近づきつつあった。