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第4話

「ああ、最初は……誰やったっけ?」

 リエトが初めて曖昧あいまいな答えをし、ソヨが口を開く。

「魔法兵科の人じゃなかった?」

「え、総合科のあの人でしょ?」

 と、返したのはエクレアだ。

 それを皮切りに次々とみんなが口を開き始めた。ああでもないこうでもないと議論を重ねるが、具体的な名前や明確な情報は一つも出てこない。

 日南梓は嫌な感じを覚えて北野を見る。

「おい、北野」

「うん。みんな、記憶がおかしくなってるみたいだね」

 十五人しかいなかったのに、誰も最初に殺された人物を覚えていないのは不自然であり、異常だ。

「分かった。じゃあ、次の質問をする」

 と、日南は少し声を大きめにして言い、全員の視線を集める。静かになったのを確かめてから日南はたずねた。

「殺人事件ってことは、犯人がいるはずだよな? 誰か、怪しい人物を見かけてないか?」

 今度は全員が押し黙った。誰も見た者はいないらしい。

「……そうか。分かった」

 今回も「幕引き人」が関わっているのかと思ったが、現時点では可能性は薄そうだ。ならば何故、この異常事態が引き起こされているのか。

 探偵としての探究心が刺激され、日南はもっと情報が欲しいと思った。


 昼休み、日南隆二は長尾と一坂に連れられて食堂へ来ていた。

 長尾課長の隣に座るのが嫌だったのか、それとも気を遣われたのか、一坂は自然な動きで日南の隣へ腰を下ろした。

 昼食を進めつつ、日南は長尾の話に耳を傾けていた。

「実際はまだまだ未知なことが多くてねぇ。それでもある程度区別はつけないとならないから、現時点では六種類に分けてあるんだ」

 すかさず一坂が口を開く。

「個人的な思いや感情、記憶などを『懐旧記憶』と呼び、個人の思い込みや勘違いなどの改変された記憶を『無意義記憶』、創造された物語を『虚構記憶』と呼びます」

「歴史的な出来事は『人類史記憶』、取るに足りない個人史は『些事さじ記憶』、睡眠時に見る夢を『泡沫うたかた記憶』って言うんだ」

 残り半分を長尾が説明し、日南は「なるほど」とうなずいた。仕事上、必要になる知識であると同時に、個人的な知的好奇心も刺激されて質問をした。

「それで、主に消去しているのはどれなんですか?」

「『懐旧記憶』と『虚構記憶』の中でも無価値とされるもの、だね。分子構造とやらが強固で、どちらも勝手に消えてくれないんだ。それに『無意義記憶』や『泡沫記憶』なんかとくらべると、一つ一つの規模が段違いでねぇ。大きな物から優先的に消してるってわけ」

「ああ、そうなんですね」

 と、日南はスプーンを口へ運ぶ。宇宙で食べるカレーは美味しいが少し辛い。

 日南の脳裏に浮かぶのは「幕引き人」である友人、千葉ちばの姿だった。彼は主に「虚構世界」へ入って、価値のない想像を消去していると話していた。

 ふいに一坂がふうと息をついた。

「物語の墓場は『虚構記憶』の中でも、特に価値のないとされるものが集まっていた場所なんです。少し前までは研修の場として使っていましたが、突然破棄はきすることになって、完全に壊されちゃったんですよね」

 どこかうれいを帯びた目をする彼女を見てから、ふと日南は長尾に視線を向けられていることに気づく。目が合うなり、課長はにこりと笑いながらたずねた。

「日南くん、その辺の事情について詳しいんじゃないのかな?」

「えっ、俺は……」

 思わずドキッとしてしまった日南だが、たしかに事情はよく知っている。

 少し考えてから日南は答えた。

「あの、俺が『幕開け人』と接触していて、裏切ったことはご存知ですよね?」

「うん、もちろん聞いているよ」

 長尾がうなずき、一坂は何も言わずに日南を見つめる。

「その時の作戦なんですけど、まず『幕開け人』を増やすために、裏サイトで作家キャラクターをつのっていました」

 グレストは閉鎖され、運営していた人物や利用者などが、続々と逮捕されているとニュースで見た。罪悪感を覚えなくもないが、仕方のないことだったと日南は思う。

「そうして集まったキャラクターを、先に『幕引き人』が捕まえて、接触できないようにしたんです。そうして物語の墓場そのものを壊すことで逃げ場をなくす、というものだったんですが」

「『幕開け人』に逃げられちゃったんだよねぇ。追い詰めたはずなのに逃げられた、というのも変な話だけれど」

 長尾が軽く笑いながら言い、日南は結論を口にする。

「そうなんですよね。なので、結果的に墓場を壊すだけになってしまったというか」

「そういう理由だったんですね。まったく、これからどこで研修するのかと心配だったんです」

 と、一坂が少々機嫌をそこねたように言い、日南は苦笑した。

「でも、似たような場所が他にもあるって聞きましたけど」

「それはそうですけど、あそこが一番規模が大きかったんです。だからこそ研修もやりやすかったんだと思ってたんですよ」

 すると長尾がわずかに声をひそめながら言った。

「君たち、どうして墓場に『幕開け人』が現れたか、知ってるかい?」

「え?」

 突然の質問に、一坂と日南は同時に小さく声を漏らし、思わず長尾の方へ視線を向けた。

「どうしてですか?」

 一坂が問い返しながら、身を乗り出すようにして答えを待つ。つられるようにして、日南も少し前のめりになった。

「あれが起きる一ヶ月くらい前だったかな。『幕引き人』を大量募集して、人員を増やしたんだ。その研修が墓場で行われていたんだけど、どうやらそれが遠因だったっぽいんだよねぇ」

 二人は目を丸くした。

「解析されたデータを見たんだけどさ、研修でばんばん消去してたことで、墓場のバランスが崩れたみたいでね。想定外の事態が起きたことで、虚構の住人が『幕開け人』になる土台を作ってしまったとか」

「それ、本当ですか?」

 一坂が信じられない様子で聞き返すと、長尾はにやりと笑ってみせた。

「ああ、もちろん。ただし、この情報はまだ公開されてないから、誰にも言っちゃダメだよ」

 と、話の重さに反し、軽くウインクをして見せる。

 日南は苦笑いを返しながらも、心の中では千葉に聞いて確かめたいと思っていた。

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