リエトは慣れた様子でカフェの扉を開けた。
「こんちはー」
「やあ、いらっしゃい」
カウンターで仕事をしていた、二十代後半らしき端正な顔立ちの男性がこちらを見て驚く。
「そちらの方は?」
「お客さんや。どうやら、久しぶりにゲートが開いたっぽくてな」
「へぇ、もう開かないものかと思ってた」
店員と思しき彼は長めの茶髪に引き締まった体をしており、ギャルソンの制服がよく似合う。
日南たちはリエトにうながされて近くの四人席へ腰を下ろした。
「お客さんら、お腹空かしてるんやて。何か食わしてやってや」
「分かった」
すぐに男性はキッチンへ移動し、調理へ取りかかる。
日南の隣へ座りながらリエトは言った。
「彼はここの店員で、今は一人で店を仕切ってる
「もしかして、彼は?」
「ああ、おたくらと同じか、近い世界から来てるんちゃうか?」
日南は向かいに座っている北野を見る。
「どうやら、日本人もいるらしい」
「うん。魔法学校って言うけど、まずは設定を理解した方がいいかも」
北野がそう返した直後、扉が開いて小柄な女性が入ってきた。
「魔法医学科三年、エクレア・バターサンドです」
と、頭を下げてから隣のテーブル席へ、小動物のような動きで腰かける。
「あとでまとめて紹介するさかい、ちょっと待っててな」
「うん」
エクレアは焦げ茶色のストレートヘアで、やはり緑色のケープを羽織っていたが、小さな体に不似合いな豊かな胸の持ち主だった。
作者の好みなのだろうがどうにもちぐはぐな印象だ。日南は何とも言えない気持ちになりつつ、人が集まるのを待った。
終幕管理局の建物には慣れたつもりだったが、
勇気を出して職員証を扉脇の機械へかざした。自動的に扉が開き、日南は中へ足を踏み入れる。
「おはようございます」
声をかけると、室内にいた白髪まじりの男性と小柄な女性が振り返った。
「おはよう、日南くん」
「おはようございます」
二人が笑顔で迎えてくれたことにほっとし、日南は彼らのいるデスクへと近づく。
「えっと、今日からお世話になります、日南隆二です」
「記録課の課長を務める
「主任の
二人ともいい人そうだ。長尾課長は気さくな雰囲気で、一坂は日南と同年代に見える。
わずかに緊張から解放される日南を見て、すぐに一坂が席を立った。
「日南さんの席はそちらです。パソコン操作はできるんですよね?」
「あ、はい。できます」
「じゃあ、まず起動させてください」
「はい」
日南は彼女の真向かいの席に腰を下ろし、すぐにパソコンの電源を入れる。
一坂がそばへやってきて、モニターにホーム画面が映ったところで口を開く。
「記録課という名前の通り、わたしたちがやっているのは記録です。アカシックレコードのどこにどのような情報があったのか、記録に残しているんです」
「わざわざ記録を?」
と、日南が聞き返すと一坂は言う。
「はい。ちょっと不思議に思われるかもしれませんが、効率よく情報を消去していくのに必要な作業なんです」
彼女が「ちょっと失礼しますね」と、マウスを右手に握って丸いアイコンをクリックした。
「これが現在のアカシックレコード、惑星インフィナムをリアルタイムに映したものです。情報が目に見える形で表されているの、分かりますか?」
「ええ、緑色になってるやつですよね」
球体を覆うようにして大量の緑色の光が散らばっていた。
「そうです。ただし、リアルタイムと言ってもおおよそです。正確な情報ではなく、あくまでも視覚的に表示させているだけです。これで確認するのは緯度と経度、そして時間度です」
「時間度?」
聞き慣れない言葉に日南が首をかしげると、一坂は教えてくれた。
「古い情報ほど下の方、つまり核に近い部分にあるんです。新しい情報は上の方にあるわけですが、アカシックレコードに反映されるまではタイムラグがあるんです。なので、この画面で見るべきは、先ほども言ったように緯度経度、そして時間度となり、どこが片付けられたか記録することで、消去の効率を上げているんです」
「はあ、なるほど」
まさに裏方の仕事だと日南は感じた。どの位置にあった情報を消去したか、事前に把握していれば仕事の効率が上がる。記録課はそれを支える仕事だ。
一坂は説明を続けた。
「ちなみに情報にはいくつか種類がありますが、それらすべてがごちゃまぜになってアカシックレコードに記録されています。なので、こちらでそれらを分ける必要があります。詳しいことはまた後で話しますね」
次に一坂は表計算ソフトを起動させ、フォーマットを表示した。
「これがテンプレートです。緯度、経度、時間度の記入が主ですが、内容が分かる場合はそれも記録してください。簡単でいいですよ。例えば……」
一坂は先ほどのリアルタイム映像へ戻り、端にあるボタンをクリックした。
「ここのボタンを押すと、受信データが表示されます」
黒い画面にプログラミング言語のような文字列がずらりと並ぶ。
「これは業務課の、通称『幕引き人』の人たちが消去した情報です。これが午前と午後、一日二回送られてくるので、ここから欲しい情報を抜き出します。
えっと、これは物語の墓場にあったやつですね。緯度110、経度90、時間度2020とあるの、分かりますか?」
示された部分を見ると、たしかにそれらの数字が並んでいた。
「はい」
「内容はここに書いてあります。今回のは……ああ、物語のタイトルで大丈夫ですね。クロスオーバーマンションだそうです。
では、これらの情報をテンプレートに記入してみてください」
と、一坂がマウスから手を離す。
すぐに日南はマウスを取り、先ほどの表計算ソフトを表示させて記入を開始した。
「これでいいんでしょうか?」
「はい、完璧です」
画面を見た一坂がうなずき、少し困ったように笑ってみせた。
「これをひたすらやるのが私たち、記録課のお仕事です」
彼女の言葉の裏に含まれた感情を察し、日南も笑みを返す。
「分かりました。難しくはないですが、ちょっと退屈ですね」
「そうなんですよ。でも急ぐ仕事でもないので、自分のペースで進めて大丈夫です」
「ありがとうございます」
「では、もう一人でできますか?」
問いかける一坂へ日南は確認する。
「俺はずっとこの、物語の墓場のデータを記録すればいいんですよね?」
「ええ、そうです。私は懐旧のデータを記録するので、物語の墓場は日南さんにお任せします。十件ほど記録できましたら教えてください。私がチェックしますので」
「分かりました」
日南はうなずき、さっそく仕事を始めるべく画面へ目を向けた。