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第2話

 リエトは慣れた様子でカフェの扉を開けた。

「こんちはー」

「やあ、いらっしゃい」

 カウンターで仕事をしていた、二十代後半らしき端正な顔立ちの男性がこちらを見て驚く。

「そちらの方は?」

「お客さんや。どうやら、久しぶりにゲートが開いたっぽくてな」

「へぇ、もう開かないものかと思ってた」

 店員と思しき彼は長めの茶髪に引き締まった体をしており、ギャルソンの制服がよく似合う。

 日南たちはリエトにうながされて近くの四人席へ腰を下ろした。

「お客さんら、お腹空かしてるんやて。何か食わしてやってや」

「分かった」

 すぐに男性はキッチンへ移動し、調理へ取りかかる。

 日南の隣へ座りながらリエトは言った。

「彼はここの店員で、今は一人で店を仕切ってる元夢もとむさんや」

「もしかして、彼は?」

「ああ、おたくらと同じか、近い世界から来てるんちゃうか?」

 日南は向かいに座っている北野を見る。

「どうやら、日本人もいるらしい」

「うん。魔法学校って言うけど、まずは設定を理解した方がいいかも」

 北野がそう返した直後、扉が開いて小柄な女性が入ってきた。

「魔法医学科三年、エクレア・バターサンドです」

 と、頭を下げてから隣のテーブル席へ、小動物のような動きで腰かける。

「あとでまとめて紹介するさかい、ちょっと待っててな」

「うん」

 エクレアは焦げ茶色のストレートヘアで、やはり緑色のケープを羽織っていたが、小さな体に不似合いな豊かな胸の持ち主だった。

 作者の好みなのだろうがどうにもちぐはぐな印象だ。日南は何とも言えない気持ちになりつつ、人が集まるのを待った。


 終幕管理局の建物には慣れたつもりだったが、日南隆二ひなみりゅうじは記録課へ入るのに緊張した。少人数らしいことは聞いていても、やはり初めての場所、初めての仕事には緊張がともなう。

 勇気を出して職員証を扉脇の機械へかざした。自動的に扉が開き、日南は中へ足を踏み入れる。

「おはようございます」

 声をかけると、室内にいた白髪まじりの男性と小柄な女性が振り返った。

「おはよう、日南くん」

「おはようございます」

 二人が笑顔で迎えてくれたことにほっとし、日南は彼らのいるデスクへと近づく。

「えっと、今日からお世話になります、日南隆二です」

「記録課の課長を務める長尾和直ながおかずなおだ」

「主任の一坂律子いちさかりつこです。よろしくお願いします」

 二人ともいい人そうだ。長尾課長は気さくな雰囲気で、一坂は日南と同年代に見える。

 わずかに緊張から解放される日南を見て、すぐに一坂が席を立った。

「日南さんの席はそちらです。パソコン操作はできるんですよね?」

「あ、はい。できます」

「じゃあ、まず起動させてください」

「はい」

 日南は彼女の真向かいの席に腰を下ろし、すぐにパソコンの電源を入れる。

 一坂がそばへやってきて、モニターにホーム画面が映ったところで口を開く。

「記録課という名前の通り、わたしたちがやっているのは記録です。アカシックレコードのどこにどのような情報があったのか、記録に残しているんです」

「わざわざ記録を?」

 と、日南が聞き返すと一坂は言う。

「はい。ちょっと不思議に思われるかもしれませんが、効率よく情報を消去していくのに必要な作業なんです」

 彼女が「ちょっと失礼しますね」と、マウスを右手に握って丸いアイコンをクリックした。

「これが現在のアカシックレコード、惑星インフィナムをリアルタイムに映したものです。情報が目に見える形で表されているの、分かりますか?」

「ええ、緑色になってるやつですよね」

 球体を覆うようにして大量の緑色の光が散らばっていた。

「そうです。ただし、リアルタイムと言ってもおおよそです。正確な情報ではなく、あくまでも視覚的に表示させているだけです。これで確認するのは緯度と経度、そして時間度です」

「時間度?」

 聞き慣れない言葉に日南が首をかしげると、一坂は教えてくれた。

「古い情報ほど下の方、つまり核に近い部分にあるんです。新しい情報は上の方にあるわけですが、アカシックレコードに反映されるまではタイムラグがあるんです。なので、この画面で見るべきは、先ほども言ったように緯度経度、そして時間度となり、どこが片付けられたか記録することで、消去の効率を上げているんです」

「はあ、なるほど」

 まさに裏方の仕事だと日南は感じた。どの位置にあった情報を消去したか、事前に把握していれば仕事の効率が上がる。記録課はそれを支える仕事だ。

 一坂は説明を続けた。

「ちなみに情報にはいくつか種類がありますが、それらすべてがごちゃまぜになってアカシックレコードに記録されています。なので、こちらでそれらを分ける必要があります。詳しいことはまた後で話しますね」

 次に一坂は表計算ソフトを起動させ、フォーマットを表示した。

「これがテンプレートです。緯度、経度、時間度の記入が主ですが、内容が分かる場合はそれも記録してください。簡単でいいですよ。例えば……」

 一坂は先ほどのリアルタイム映像へ戻り、端にあるボタンをクリックした。

「ここのボタンを押すと、受信データが表示されます」

 黒い画面にプログラミング言語のような文字列がずらりと並ぶ。

「これは業務課の、通称『幕引き人』の人たちが消去した情報です。これが午前と午後、一日二回送られてくるので、ここから欲しい情報を抜き出します。

 えっと、これは物語の墓場にあったやつですね。緯度110、経度90、時間度2020とあるの、分かりますか?」

 示された部分を見ると、たしかにそれらの数字が並んでいた。

「はい」

「内容はここに書いてあります。今回のは……ああ、物語のタイトルで大丈夫ですね。クロスオーバーマンションだそうです。

 では、これらの情報をテンプレートに記入してみてください」

 と、一坂がマウスから手を離す。

 すぐに日南はマウスを取り、先ほどの表計算ソフトを表示させて記入を開始した。

「これでいいんでしょうか?」

「はい、完璧です」

 画面を見た一坂がうなずき、少し困ったように笑ってみせた。

「これをひたすらやるのが私たち、記録課のお仕事です」

 彼女の言葉の裏に含まれた感情を察し、日南も笑みを返す。

「分かりました。難しくはないですが、ちょっと退屈ですね」

「そうなんですよ。でも急ぐ仕事でもないので、自分のペースで進めて大丈夫です」

「ありがとうございます」

「では、もう一人でできますか?」

 問いかける一坂へ日南は確認する。

「俺はずっとこの、物語の墓場のデータを記録すればいいんですよね?」

「ええ、そうです。私は懐旧のデータを記録するので、物語の墓場は日南さんにお任せします。十件ほど記録できましたら教えてください。私がチェックしますので」

「分かりました」

 日南はうなずき、さっそく仕事を始めるべく画面へ目を向けた。

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