翌日、終幕管理局の総務部記録課に知らせがあった。
「明日から一人、配属になるんでよろしく」
と、軽い口調で言って片目をつぶってみせる
「一人って、新人ですか?」
「そういうこと」
肯定する課長だが、すぐににやにやと笑いながら説明する。
「でもねぇ、それがなんと『幕開け人』とつながってた、あの日南隆二くんなんだよねぇ」
「えっ」
ますます驚く一坂だが、課長はどこか楽しそうにしているばかりだ。年齢は五十代で髪には白髪がまざっているが、年齢にそぐわないと言うべきか、普段から真面目なのか不真面目なのか分からない男だ。
「席はりっちゃんの向かいでいいよね。前まで事務やってたっていう話だし、パソコン操作に問題はないはずだから、記録の付け方と見方だけ教えればいいでしょ」
「あの、もしかして私が……?」
苦い顔で一坂がたずねると、課長は首を動かして左から右へと室内を見回した。
デジタルデータの収められた棚が四方を囲み、中央にぽつりとデスクの島があるだけの殺風景なオフィスだ。
そして課長は分かりきっていたことを口にする。
「うん、りっちゃんしかいないからね」
記録課は元々少人数だったが、つい先月、一人が退職したばかりだった。そのため、日南隆二が入ることになったのだろうが、それにしても急である。
一坂は「分かりました」と、ため息まじりに返して自分のデスクへ戻った。椅子に腰を落ち着けたところで、ふと疑問が浮かぶ。
「あれ? でも、何でそんな人が? たしか、保護されてたんじゃなかったでしたっけ?」
首をかしげる一坂へ、すぐに課長が答えてくれた。
「もぬけの殻だったらしいよ。現実世界でも『幕開け人』に逃げられたってこと」
と、不謹慎にもくすりと笑う。
一坂はほぼ無意識に思考回路を働かせてひらめいた。
「そっか、それで身内にしちゃったわけですね」
日南隆二が今後「幕開け人」と接触する可能性はまだ残っている。最悪の場合、命を狙われることだってあるだろう。彼はあちらにとって裏切り者だ。
そうした事情から上層部は彼を終幕管理局の一員とすることで、実質的に保護を継続するつもりらしい。敷地内には独身寮もあるため、日南にある程度の自由を与えつつ、常に手が届く範囲にいてもらうことが可能だ。
一坂は何とも言えない気持ちになったが、気を取り直して仕事に取りかかった。昨日破棄された物語の墓場の記録がまだ済んでいなかった。