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第30話

 田村の後ろで土屋が何かに気づいたように、眼鏡をかけた青年へ話しかける。二人の視線は日南梓の背後へ向けられていた。どうやら北野を見ているようだ。

 ひとしきり笑ってから田村は深く息を吸い込むと、苛立ちをにじませながら冷たく言い放った。

「さっさと消えろよ、ゴミ」

 ドキッとして日南の胸が鼓動を速くする。

 田村は日南を見すえながら言った。

「お前らはいらねぇんだよ。価値のない想像なんざ、ゴミでしかねぇ」

 存在を否定されているのが全身で分かった。急激なストレスから両手がぴりぴりとしびれるのを感じ、日南の呼吸が乱れそうになる。しかし、それよりも抑えきれない言葉が口から飛び出た。

「ふざけんな! オレたちはゴミじゃねぇ!!」

「はあ!? 人間様に生意気言いやがって! てめぇらは全員、虚構なんだよ!」

「虚構でも生きてる! オレたちだって考えるし傷つくんだぞ!?」

「勝手に傷ついてろよ! っつーか、マジ邪魔だからさっさと消えろ!」

 と、田村がしびれを切らしたように片手を後ろへ回した。土屋たちがそれとなく彼から距離を取る。

 日南は田村が大きな鎌を取り出すのを見ながら言った。

「北野、オレがここで死んでも、もう一回復活させてくれるよな?」

「当然でしょ!? でも、ここで消させたりしない!」

 涙まじりに北野が叫ぶが、日南は冷静に返した。

「いや、たぶん無理だ。お前たちだけでも逃げてくれ」

 日南の覚悟を察した西園寺が北野の手を取る。

「逃げよう、北野ちゃん」

「で、でも……っ」

 戸惑う北野へ日南が叫ぶ。

「いいから行け! お前たちだけでも生き延びろ!!」

 二人が駆け出していくと、田村が鎌を両手にかまえた。日南へ向かって大きく振り上げる。

「何度復活したって無駄だ。オレが何度だって殺してやる」

 夕日を反射させた刃が勢いよく振り下ろされる。――どこかでまた、建物がくずれる音がした。


 どうやらうたた寝をしていたようだ。

 日南隆二はまどろみの中、頭を上げてあくびをする。窓の外はすっかり暗くなっていた。

「千葉くん、終わったのかな……」

 ぽつりとつぶやき、再び机に頬をつけて両目を閉じる。何か心に引っかかるものがあるような気がしたが、睡魔がすぐにそれをかき消した。


 局長の執務室で川辺部長は深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。『幕開け人』を取り逃がしました」

 報告を受けた嵯峨野は眉間に深いしわを寄せて沈黙した。表情には苛立ちと困惑が入りまじり、冷ややかな調子で聞き返す。

「取り逃がした、というのは? 墓場はすべて壊せたのだろう?」

 日南隆二は北野響から作戦を聞いていた。裏サイトで作家キャラクターを集めて協力を持ちかけ、作家キャラクターたちに「幕開け人」になってもらうというものだ。そうして人数を増やされてはたまらないため、終幕管理局は裏をかいた。

 あちらが行動を開始する前に、集められた作家キャラクターを捕らえては監禁し、接触できないようにしたのだ。そして物語の墓場を破壊することで、追い詰めたはずだった。

 川辺は緊張に表情を強張こわばらせながら、そっと頭を上げた。

「はい。たしかに物語の墓場は再生不能なまでに破壊しつくしました。もう住人はいないものと思われます。ですが、その……」

 言いよどむ川辺を嵯峨野は無言でにらみつける。言い訳など聞きたくなかった。

 察した川辺は背筋を伸ばすと、覚悟を決めた様子で告げた。

「『幕開け人』は墓場の外へ逃げていったとのことです。虚構の住人を一人連れて、です」

「……何故そうなる」

 と、嵯峨野は呆れて息をつく。

 川辺は答えられずに黙り込み、やっと見つけ出した言葉を口にする。

「以前、『パラサイトドリーマー』のお話がありましたよね。これは私個人の意見になりますが、おそらく『幕開け人』はそれの変異種のようなものではないかと思うのです」

「変異種だと?」

「はい。と言いますのも、墓場から脱出する際に想像の力を使ったと思われる痕跡がありました。また、それだけではなく『幕開け人』に協力している者は、どうやら『幕開け人』によって想像された人物らしいのです」

 嵯峨野の頭がこんがらがりそうになった。

「つまり、『幕開け人』が『幕開け人』を想像していると言うのか?」

「はい、そうなります」

 川辺がしっかりとうなずき、嵯峨野はめまいがした。額に片手をやり、川辺の言いたいことをはっきりと理解する。

「そうか、それで『パラサイトドリーマー』の変異種だと……」

 なんてことだ。想像には限界がないとは言え、虚構世界でそのような事態が具現化していたら、何度消しても無駄だということになる。まさに「パラサイトドリーマー」、想像に寄生する厄介な虫だ。

 頭を抱えたくなる嵯峨野だが、終幕管理局の局長としてうろたえるわけにはいかなかった。常に毅然きぜんとした態度を保ち、「幕開け人」に屈しない姿勢をとり続けるのだ。

「他に分かったことはないか?」

 あらためて川辺へ視線をやると、彼は何故か半歩前へ進み出た。

「『幕開け人』と対峙した六組C班からの報告が上がっています。北野響と見られる人物についてなのですが……」

「何だ、早く言いなさい」

「は、はい」

 川辺は浮かない顔をし、少し考えてから言葉を継いだ。

「その……C班の者が気づいたのですが、局長は昨年の春に起きた事故を覚えていらっしゃいますか?」

 嵯峨野は目をみはった。終幕管理局が「幕開け人」を知るきっかけとなった事故だ。

「そうか、北野響……!」

 思い出した。同時に頭が混乱して嵯峨野は信じがたい気持ちになる。

「いや、しかし……いったいこれはどういうことだ?」

「分かりません。現在、警察が拠点と見られる部屋を家宅捜索しています。じきにすべて判明するでしょう」

 希望を持たせる言い方をした川辺だが、嵯峨野は苛立ちを覚えるだけだった。

「そうだといいんだが」

 苦々しく吐き捨てて頭を振る。脳裏には昨年の忌々《いまいま》しい記憶がよみがえっていた。

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