目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第26話

 西園寺も日南も黙って北野の話を聞いていた。

「現実世界では『創造禁止法』というのがあって、クリエイティブな活動が一切禁止されてるの。でもインターネットに、ひそかに創作活動を続ける人や、過去の作品を探す人たちが集まっている『graveyard of stories』という裏サイトがあるんだ。わたしたちはそこで協力者を集めることにした」

「どうやって?」

 たずねたのは日南だった。

 北野はちらりと彼に視線をやってから答える。

「あなたの想像した作家キャラを教えてください、って書き込んだんだ」

 日南ははっとした。自分がまさしくそれだということに気づいたからだ。

 北野はそんな彼を少し気にするようにしながら言う。

「日南さんが作家として物語を愛し、守ろうとしてくれたことから、他にも同じように同意して、協力してくれる人がいるかもしれないって考えたの」

 その時のことを日南はまだはっきりとは思い出せない。しかし、物語を守りたいという思いはたしかに胸の中にあった。

「なるほど。それで?」

 西園寺がうながし、北野は続ける。

「すでに何十人ものキャラクターが集まった。わたしたちはこれから、手分けして彼らに会いに行って説得するの。一人でも多く『幕開け人』になってもらえれば、今度はきっと『幕引き人』に勝てる」

 彼女の口調には確固とした決意が見え、日南はうなずいた。

「反撃開始ってわけか。いいじゃねぇか、さっそく始めようぜ」

「ありがとう、日南さん」

 北野がどこか嬉しそうに頬をゆるめるが、西園寺は不安げに言った。

「それ、俺もやらなきゃダメなのか?」

 日南は黙って様子を見、西園寺へ顔を向けた北野が半ば困ったように言う。

「うーん、無理強いはしないつもりだけど……西園寺さん、だったでしょ?」

 西園寺は困惑をあらわに眉尻を下げた。

「そうだけど、仕事とプライベートは分けたいんだ。もちろん北野ちゃんの言うことは分かるし、協力もしてあげたいけど、悪用するわけにもいかないっていうかさ」

 サラリーマンとしての彼がそう言わせているらしい。ただでさえ真面目な男だ、仕方のないことではある。

 日南は彼の考えを理解し、ため息をついた。

「西園寺は気が小さい男だからな。どうせいつもみたいに、じっくり考えてから結論を出したいんだろ?」

「うん、できれば時間がほしい」

 申し訳なさそうに西園寺が返し、北野は言った。

「分かった。それなら、今すぐに返事はしなくていいよ。結論が出るまで、待ってるから」

「ありがとう、北野ちゃん」

 ほっとしたように西園寺が表情をゆるめ、北野と日南はさっそく行動を開始することにした。


 西園寺の部屋を後にして、駅へ向かいながら北野が言った。

「まずは三鷹にいる月野弥月つきのみつきって人に会いに行こう」

 先を行く華奢きゃしゃな背中を見つつ、日南はたずねる。

「そいつはどういうやつなんだ?」

「たしか絵本作家だったかな。すごく優しいお話を書くんだって聞いた」

 と、北野はどこかわくわくした様子で答える。

「優しい、か」

 絵本作家という職業からすれば、ありがちな設定だ。日南は心の中でそう思いながらも顔には出さずに返す。

「まあ、行ってみればどんなやつだか分かるよな」

「うん、そうだね」

 北野は嬉しそうにうなずくと、ふと思い出したようにたずねた。

「そういえば、三鷹ってどうやって行くの?」

 と、日南を振り返る。

 日南はすぐに答えた。

「ここが中野だから、中央総武線で一本だな」

「あ、そうなんだ。けっこう近い?」

「いや、六駅くらいだったはずだ。ちょっと遠いな」

「ふーん、そうなんだ」

 と、北野は納得したように首を振った。どうやら彼女は地理にうといらしい。

 なんとなく妙な気がしたものの、日南は深く考えるのはやめて彼女を追った。


 三鷹駅から徒歩十分ほどの距離に、月野弥月が住んでいるというアパートはあった。

「桜木ハイツ、ここだね。部屋は二〇一号室」

 北野がさびた鉄階段を上がっていく。日南は何気なく周囲を観察しながら後をついて行った。

 建てられてから数十年は経っていそうな古びたアパートだ。外壁は風雨により変色して、薄汚れたクリーム色になっている。

 廊下を奥まで進み、二人は扉の前に立つ。

「二〇一、月野。よし」

 部屋番号と表札を確認してから、北野はチャイムを押した。ピンポンというありがちな音が聞こえた。

 しかし、返事はなかった。

 北野がもう一度ボタンを押す。耳を澄ませて待ってみたが、応答がない。

「留守なのかな?」

 と、北野が首をかしげながら日南を見る。

「うーん、いないならしょうがねぇな。少し待ってみるか?」

「そうだね」

 名残なごり惜しそうに扉を見てから、北野は階段の方へと歩き始める。日南も後をついて行きつつ、ふと思った。

「裏から見てみるのはどうだ? 部屋の様子、見えねぇかな」

「ああ、それいいね。窓の方に回ってみよう」

 階段を下りて建物の裏手へと移動する。

 バルコニーと呼ぶには躊躇するような、小さなスペースが見えた。どの部屋にも物干し竿が設置されているが、洗濯物はどこにも干されていない。

 二〇一号室の窓を見上げ、日南は言った。

「カーテンが開いてるな」

「中の様子までは、ちょっと見えないね」

 北野がつま先で立ちながら返し、日南はうなずいた。

「ああ、残念だがな。それにしてもこのアパート、他には誰も住んでないのか?」

「え?」

「どの部屋にも洗濯物が干されていない。アパートの周辺もやけに静かだ」

 言われて初めて気づいたのか、北野は周辺をきょろきょろと見回す。

「たしかに、全然人がいないね」

 アパートの正面へと戻りながら彼女は言う。

「でも、ここは作者さんの想像の中の三鷹だから、静かな町っていうイメージなのかもしれない」

「だとしても、変な気がするけどな」

 日南はどうしても違和感が拭えなかった。しかし、具体的な言葉として表せない。

「うーん、だけど建物はちゃんと存在してるんだよね。ゆらいでる感じもしないし……」

 と、北野が考え込む様子を見せ、ふと日南はたずねた。

「その、ゆらいでるってどういう意味なんだ?」

「えっと……わたしたち限定の感覚でね、安定していれば、現実世界と同じように物に触れるんだけど、そうじゃない場合をゆらいでるって言うの」

 北野は階段の手すりに触ってみせた。軽く拳を作ってたたけば、コンコンと音が鳴る。

「つまり、物語が消えかけていれば、そこにある物には触れなくて、感触が曖昧になるってこと。時間とともにくずれていって、登場人物たちも一緒に消えちゃうんだよ」

「消えた物語はどうなるんだ? 戻らないのか?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?