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第23話

 ビデオ通話であっても会議は疲れる。国際会議となれば倍の疲労がたまる。

 嵯峨野は接続が完全に切れたのを確認し、ため息をついた。

 アカシックレコードの問題は深刻だ。各国で対策を練ってそれぞれに行動を起こしているが、中でも日本は群を抜いて想像力が豊かなため、毎回槍玉に挙げられる。

 特に今回は「幕開け人」の件がある。各国から浴びせられた視線を思い出すだけで、嵯峨野は胸が悪くなるようだ。

 これではいけないと気を取り直し、嵯峨野はデスクの上のデバイスを操作した。

「川辺くんを呼んでくれ」

 すぐに秘書の返事があり、数分後には川辺部長が執務室へやってきた。

「お疲れさまです」と一礼する川辺に対し、嵯峨野は一瞬目を閉じ、疲労を悟られないよう真面目な表情を作った。

「先ほど会議が終わった。早急に共有しておくべき点があるから、よく聞いてくれ」

 川辺が表情を引き締め、嵯峨野は言葉を続けた。

「欧米諸国では現在、『パラサイトドリーマー』と呼ばれる厄介者が現れているそうだ」

 川辺の眉がわずかに動く。

「『幕開け人』のようなものですか?」

「いや、どうもそれとは異なるらしい。説明を聞いた限りでは、特に想像力が豊かな者たちをそう呼ぶらしいんだ。『幕開け人』は既存のものを再生させるのに対し、『パラサイトドリーマー』は新たに想像を生み出すという。ほとんど無尽蔵にな」

 最後の言葉に川辺が驚いた顔を見せる。

「それはまた厄介な……」

「局所的に情報が増えるそうだから、見つけるのは容易らしい。だが、我が国でそんなことが起こればどうなってしまうか」

 こらえきれずにため息をつく嵯峨野へ川辺は言った。

「今後はより注意して監視するよう、指示を出しておきます」

「ああ、頼む」

 と、嵯峨野は返しながら、部下に頼りっぱなしであることを深く恥じた。せめて「幕開け人」の件だけでも、無事に解決しなければならない。


 久しぶりにオフィスへ戻ってきた土屋美織みおりは首をかしげた。

「あら、千葉くんは?」

 ソファに寝転びポータブルゲーム機で遊んでいた田村は、目だけを向けて返す。

「日南隆二の世話役やってます」

「世話役? 聞いてないんだけど」

 やや機嫌を損ねたように言いつつ、彼女は自分のデスクへ歩み寄った。

「オレが消去した日南梓の持ち主が日南隆二。そんで、そいつが今後『幕開け人』に接触するかもしれないから、先に保護したってわけ」

 と、田村は寝返りを打って上半身を起こす。

 パソコンを起動させながら土屋は椅子へ腰を下ろした。

「誰が決めたのよ、それ」

「知りませんよ。けど、日南隆二を見つけたのは航太です。一番情報を持ってるから世話役に任命されたって話です」

 彼の言葉にうなずきつつ、土屋は自分が不在の間にたまった知らせへ目を通していく。

「世話役って言うより監視ね。それにしても、便利に使われ過ぎじゃない?」

「でも、これで汚名返上できましたよ」

「ああ……それはそうね」

 土屋は少しほっとしたように表情をゆるめ、田村がふとたずねる。

「それより、もう墓場はいいんすか?」

「ええ、『幕開け人』が一向に現れないから人数を減らされたの。じきに研修も再開される予定よ。でも千葉くんがいないんじゃ、私たちはしばらく仕事にならないわね」

「そうっすね。けど、これで給料もらえるんだからラッキーです」

 と、田村がにやりと笑う。

 土屋は彼を横目ににらんでから、黙ってパソコン操作へ集中した。

 日南梓を消去してから一週間が経過していた。物語の墓場における警戒は続いているが、異常事態どころか「幕開け人」の痕跡すら発見されていなかった。


 コロニー内の空は今日も晴れていた。頭上を覆うのは人工的な空であり、雲一つない。

 降雨装置の開発は進んでいるが実用化にはまだ遠く、安定して雨を降らせることができずにいた。また、そもそも水が極めて貴重な資源であるこの時代、気象現象を人工的に再現しようとする試みそのものに、反対意見を持つ人々も少なくなかった。

 千葉は椅子に座ったまま、窓際に立つ日南隆二の背中を見ていた。東京の町並みを模した景色をながめている彼へ、ふとたずねてみる。

「どうしてやめちゃったんですか?」

「え?」

 驚いたように振り返った日南へ、千葉は穏やかに問いかける。

「昔、小説を書いてらっしゃったんでしょう?」

 日南はドキッとしたように肩を揺らし、視線を泳がせた。

「それは、まあ、こんな時代だし……」

 曖昧な言葉で濁そうとする日南から視線を外し、千葉は少し考えてから告げた。

「実は僕、本を読むのが好きなんです」

「……『幕引き人』なのに?」

 日南がおずおずと問いかけ、千葉はおもむろにまぶたを閉じる。

「僕が『幕引き人』になったのは、大学の天体物理学科で惑星の研究をしていたからです。教授が調査班の一人だったので、僕も同行させてもらいました」

 実質的なアカシックレコードである惑星インフィナムでの経験は、言葉では言い表せない。難解かつ膨大な量の記憶があちらこちらにあり、目には見えるのに触ることができないという、とても不思議で忘れがたい体験だった。

「他国からも大勢調査員が派遣されていました。解読班だけでなく、惑星そのものを調査する人たちなどもいて、驚きと発見の連続でした」

 日南がそっと椅子を引き、腰かけた。

「千葉くんはすごい人だったんだな」

「いえ」

 千葉は小さく首を振り、スリープ状態にしてあるパソコンを見下ろす。

「そのうちに誰かが気づいたんです。この惑星は限界を迎えようとしている、このままでは破裂してしまうと」

「それで?」

急遽きゅうきょ、国際会議が開かれ、アカシックレコードの保持のために『創造禁止法』が制定されました。クリエイティブな活動はすべて悪とされ、娯楽における人類の進歩は止まりました」

 初めてニュースで知った時の驚きや戸惑いが思い出され、千葉はため息をついた。

「正直に言って、最初は受け入れられませんでした。ですが、人間の想像があの惑星を圧迫しているのも事実です」

 日南がうなずくように小さく首を動かす。彼もまた、千葉と同じように狭間で揺れ動いている人間だった。

 しかし、千葉は言う。

「僕は悩んだ末に、これまでの人類を、地球で生きて発展してきた人間という種族を、守ることにしました」

 日南が乾いた笑いを漏らした。

「はは、壮大だな」

 自嘲とわずかな尊敬、劣等感と諦観。いくつもの感情が複雑に絡み合った表情だった。

 息をついてから千葉はにわかに声をひそめる。

「ここだけの話ですが、僕は幼い頃、本を書ける人をとても尊敬していました」

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