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第15話

 北野は感心した様子で何度もうなずき、日南へ言った。

「すごいね、さすがは探偵さんだ。作家としての能力も発揮されてて、たぶん今一番輝いてるんじゃない?」

「ん、そうか?」

 思わず嬉しくなった日南へ、しかし北野は呆れた顔をした。

「皮肉だよ。それくらい分からない?」

「なっ……馬鹿にしやがって!」

 思わず大きな声を出すと、北野も強い口調で言い返してくる。

「日南さんだってさっき、わたしのこと馬鹿にしたじゃん!」

「先に馬鹿にしたのはお前だろ!?」

「だって『幕開け人』としては、わたしの方が先輩だもん!」

「うっわ、生意気! 生意気だぞ、お前!」

 荒らげるだけ声を荒らげる日南だったが、ふと北野がくすりと笑った。

 思わず力が抜けてしまった日南は、怒るのをやめるとそっぽを向きながら小声でつぶやいた。

「ったく、調子が狂うぜ……」

 まったく彼女には振り回されてばかりだ。しかし、嫌ではない。むしろ心地よいとすら感じてしまい、日南はどぎまぎするのだった。

 おかしそうに笑っていた北野がふと空を見て言う。

「まだ時間があるし、もう一件やっちゃおうか」

 日南は横目に彼女を見てたずねる。

「ああ、今度はどこだ?」

「浄霊事務所かな。あそこもだいぶ時間が経ってる様子だし、明日にはみんな消えてるかもしれない」

「それはまずいな」

「うん。ちょっと急ごう」

 と、北野が足早に進み、日南も歩幅を広げた。


 シズナ町にある能木浄霊事務所にいたのは、茶を出してくれた茶髪の女性だけだった。

「えっと、所長は?」

 戸惑いをあらわにたずねた北野へ、女性は困った様子で首を振る。

「それが分からないんです。午前中はいたはずなのに、いつの間にかどこかに行っちゃったみたいで、帰ってこなくて」

 日南と北野は顔を見合わせ、うなずきあった。本気で急がないと消えてしまう。

 北野は真剣なまなざしを彼女へ向けた。

「分かりました。まず、あなたのお名前を教えてもらえますか?」

園井灯里そのいともりです」

「園井さんですね。わたしは北野で、こっちが日南です」

 日南は軽く会釈をし、園井も目で返す。

「次は……そうですね、浄霊士についてくわしく教えてもらえますか?」

 北野の問いに園井は少したじろいだ。

「そんな場合ではないような」

「すみません、そんな場合なんです」

 彼女にこちらの事情を説明している暇はない。今は一刻も早く園井がいる物語の設定を把握して、「最初の一行」を与えなければならない。

「はあ……」

 怪訝そうにうなずき、園井は応接スペースを手で示した。

「あちらにどうぞ」

「ありがとうございます」

 ソファに腰を落ち着けて、園井が向かいに座る。

「そもそも霊感というのは、ネガティブな気持ちから発生するものなんです。それで、ネガティブな気持ちが強ければ強いほど、悪霊を浄化する力も強くなるんです」

「そういえば、悪魔の浄化もするそうですね」

「ええ。でもそれができるのは、その……」

 言いよどんでから、園井はあきらめるようにため息をついた。

「過去にひどい虐待を受けたことがある人だけでして」

 黙って聞いていた日南だったが、思うところがあって口を開く。

「ネガティブな気持ちというのは、精神的に不安定であるということなんですね」

「ええ、そうです。その方が霊も寄ってきやすいので、浄霊士に向いているってことになるんです」

 浄霊士という特殊な職業については理解できた。

 北野は誰もいないオフィスに目を向けながらたずねた。

「この事務所には何人いたんですか?」

「……五人、だったはず」

「所長をふくめて?」

「はい」

 日南はさっそく思考を働かせ始めた。以前に会った能木所長についてまず考える。気の弱そうな人だったが、どことなく品がよかった。所長だからといって威張る風でもない。

 一方で北野が園井へたずねた。

「どんな人たちだったか、覚えている範囲で教えてもらえますか?」

「……自荷とは、この事務所ができる前から知り合いでした。というより、彼が事務所を持つって決めた時から、ずっと支えてきたのがボクで」

 日南はおやと思い、片眉を上げた。彼女の一人称を初めて聞いた。

「二人三脚でやってたんですけど、一年後くらいにあの双子が入ってきて」

「鷹野兄弟ですね」

「ええ……ゆきくんも、せつくんも、いい子でした。一番力が強かったのはゆきくんで、最初の頃は本当に大変でした。閉所恐怖症だからエレベーターには乗れなくて、双極性障害も重いから出勤できない日も少なくなかった。弟のせつくんもずいぶん苦労していた様子でした」

「けっこう覚えてるんですね」

 北野が驚きをふくめてそう返すと、園井は困った顔で微笑んだ。

「弟分のように思ってたんです。ゆきくんは生意気で、時々言い合いになったりもしたけど、ボクは二人のことが好きでした」

 以前、所長は双子について悔しく思っている様子だった。彼らのことを逸材だと言っていたことからしても、やはり病気が重ければ重いほど浄化する力も強くなるのだろう。

 北野は次の問いを投げかけた。

「それじゃあ、残りの一人については?」

「ほのちゃんですね。彼女もいつの間にか消えちゃいました。あの子はまだ、うちに来てから半年も経ってないはずです」

 日南は以前来た時に見た年若い女性のことを思い出す。彼女はこの事務所では新入りだったようだ。

「ほのちゃんは、ゆきくんやせつくんと仲がよかったんです。元々、二人と出会ったことがきっかけでこの業界に入ってきたっていう話で、もしかしたらあの子にも悪魔を浄化できるかもしれないって。そう、あの子もネガティブな気持ちの強い子でした」

 つまり、虐待されていた過去がある。

 ふと気になって日南はたずねる。

「鷹野兄弟ですが、せつの方はどうだったんですか? 彼も何か病気を?」

 園井は少し遠い目をしてから答えた。

「軽度の双極性障害だけです」

「ということは、ゆきの方が重かったんですね。その理由は知ってますか?」

「……幼い頃に両親を亡くして、別々に育ったという話でした」

「ああ、なるほど」

 おそらく引き取られた先でゆきはひどい扱いを受けたのだろう。閉所恐怖症というくらいだから想像にかたくない。

 一方でせつの方はまだマシだった。そのために兄の面倒を見ていた可能性が考えられる。そんな二人が出会ったのがあの女性、いや、少女と呼ぶべきか。

 日南はこらえきれずため息をついた。

「泥沼の三角関係も考えられたわけだ。シリアスどころの話じゃないな」

「見えたの?」

 北野が問いかけ、日南はうなずいた。

「だいたいはな。チャンスはどれだけある?」

「五回はいけると思う。彼女も高橋さんと同じで、だいぶ安定してるから」

「分かった」

 日南はまっすぐに彼女を見つめた。

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