目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第6話

 電車を七駅行ったところで別の路線に乗り換えて五駅目。そこにあるのがシズナ町だった。

 日南の知らない町だったが、改札を抜けたところで北野が待っていた。背が高く美人なためによく目立つ。

「おはよう、日南さん」

 にこりと笑う彼女に日南はため息を返した。

「お前はいったい何なんだ」

「北野響」

「名前は知ってる。職業や最終学歴なんかを聞いてる」

「うーん、今はまだ言えない。それより、早く行こう」

 と、北野が歩き出し、日南は少しの苛立ちを感じながらも後をついていった。


 シズナ町はどことなく暗い雰囲気が漂っていた。駅構内も都内であるのが嘘のように、所々に平成の香りを残していて薄汚い。

 まだ午前中だというのに薄暗い通りを進み、赤いレンガ壁のビルの前で北野は立ち止まった。

「着いたよ。ここの三階」

 彼女が指さした看板を見て、日南は眉間にしわを寄せずにはいられなかった。

「浄霊事務所? インチキ霊媒師れいばいしか?」

 眉をひそめる日南をよそに、北野は気にする素振りもなくビルの入り口に向かって歩き出す。そのまま自動ドアをくぐって、さっさとビルの中に入ってしまった。

 仕方なく日南も後を追うが気分は乗らなかった。ただでさえ今回の事件にはオカルトな匂いしかしないのに、霊媒師まで出てきたら呆れ返るしかない。


 エレベーターで三階に上がって中へ入ると、綺麗なオフィスが広がっていた。

 職員も圧倒的に若く、日南が勝手に想像していたようなインチキ臭さはどこにも見当たらない。詐欺さぎを思わせるワークショップの掲示などもなく、一見しただけでは何の事務所か分からないほど普通だ。

 想像していたのとはまったく違う光景に、日南は少々面食らいつつも平静を装う。

「こんにちは。今朝連絡をさせていただきました、北野です」

 彼女がそう声をかけると奥から銀縁の眼鏡をかけた男性がやってきて、二人をにこやかに迎えた。

「お待ちしておりました。どうぞ、あちらのソファへおかけください」

「ありがとうございます」

 入ってすぐ横に、二人がけのソファがローテーブルを挟んで向かい合わせに置かれていた。パーテーションで仕切れるようになっているところを見ると、どうやらここが応接スペースになっているらしい。

 北野と並んでソファに腰かけると、先ほどの男性が対面に座って言った。

「僕は能木のぎ浄霊事務所の所長、能木自荷みずかと申します」

 と、丁寧に名刺を差し出してくる。まだ三十前と思しき、痩せ型で背の高い男性だ。服装はオフィスカジュアルで清潔感があり、真面目そうな印象だ。

 北野は名刺を受け取ってから名乗った。

「探偵の北野響です。こちらは助手の日南です」

 いつお前の助手になったのかと問い詰めたい日南だが、何も言わずに能木所長へ笑みを返す。探偵として名刺は持っていたものの、出せる雰囲気ではなかった。

 北野がさっそくたずねる。

「それで、消えたスタッフについておうかがいしたいのですが」

「ええ、それなんですが……」

 所長が言いよどみ、ロングスカートを履いた可愛いらしい女性が茶を出す。彼女が明るい茶色に髪を染めてピアスまで装着しているところから見て、この事務所には身だしなみに関して規定はないらしい。

「現在、連絡がつかなくなっているのは鷹野たかのゆき、鷹野せつと言いまして、双子の兄弟なんです」

 所長が話し始め、北野が問う。

「行方不明になったのはいつですか?」

「四日ほど前です。ですが、これ以上のことは何も話せません」

「何故?」

 怪訝な顔をする北野へ、所長ははっきりと告げた。

「たしかに彼らはいたはずなんですが、いなくて当然だったような気がしてきているんです」

 日南は内心で舌打ちした。彼もまた記憶が曖昧になっているようだ。

「さらに言わせていただくと、もうほとんど覚えていないんです。パソコンやスマホのデータには残っているので、それだけが彼らの存在を証明しているんですよ」

「なるほど、データですか」

 日南は半ば無意識につぶやいた。マンデラエフェクトだか何だか知らないが、データに変化がなければそれが存在したことの証明になる。

 北野が確認するようにたずねた。

「では、兄弟のことはもう、ほとんど知らないわけですね」

「ええ、そうなります。うちもこういった商売ですから、常に世界の異変には敏感なのですが、今回ばかりはどうにもできなくて困っています」

 と、所長が力なく笑う。

 日南は念のためにたずねてみた。

「看板に浄霊ってありますけど、霊を退治するのが仕事なんですか?」

「ええ、そうです。時には悪魔を浄化することもありますが、どうやら鷹野兄弟にはそれができたらしいんです。悪魔の浄化は才能のある浄霊士にしかできないので、そんな逸材いつざいが僕の事務所にいたのかと思うと、こう、歯がゆいと言うか何と言うか」

 彼は心から悔しそうに顔をゆがめた。四日前までいたはずのスタッフに対して、そんな気持ちを抱くのは変だ。むしろ誇らしく思うべきだろうに、そうできないのは記憶が失われているせいか。

「そうでしたか。では、世界の異変について、何か思うところなどはありますか?」

 北野の問いに所長はスタッフたちを振り返った。先ほど茶を出してくれた女性がこちらを見て首を横へ振る。もう一人、高校を卒業したばかりだと思われるあどけない女性もいたが、何も言うことはなかった。

 所長が北野たちへ視線を戻し、ため息まじりに言う。

「おかしいとは思っていますが、僕らの出る幕ではないようです」

「分かりました。ありがとうございました」

 北野が日南に目で合図をした。もう引き上げるつもりらしい。

 日南は茶を一口だけ飲んでから立ち上がった。


 能木浄霊事務所のあるビルを出ると、日南はたずねた。

「特に収穫はなかったわけだが、お前は何が目的なんだ?」

「何って、わたしも大量失踪事件について調べてるだけだよ」

 と、薄暗い通りを駅方向へと戻る。

「だったら一人でやれよ。オレには依頼人がいるんだ。彼女の娘の行方を本気で調べなくちゃならない」

「だったらなおさら、大量失踪事件について調べた方がいいんじゃない? 明らかな異常事態だし、その娘さんも消えた一人なわけだし」

 言い返されると日南は反論できない。代わりに別の質問をぶつけた。

「っていうか、メッセージで言ってたのは何なんだ? 世界に何が起きてるかって、お前、すでに何かつかんでるんじゃないか?」

 北野はにこりと不敵に微笑んだ。

「さすがは探偵さんだね、鋭い」

「探偵じゃなくてもそれくらい分かるだろ。さっさと教えろ」

 日南が苛立ちながら言うと、北野は歩く速度をにわかに早めた。

「待ってね、まだその時じゃないから」

「は?」

 まったく意味が分からない。北野から離れまいとして日南も足を早めたが、彼女の口はすでに固く閉ざされていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?